第6話:王子、この世界に絆ができる
アルファ不動産に激震が走った。
本社から「IT化推進担当」の役員が、視察に来るというのだ。
「いいか、お前ら! 慌てるんじゃねえぞ。
とにかく『やってる感』を出せ!
難しい質問をされたら、適当に専門用語を並べて煙に巻くんだ!」
権藤課長が空回りしながら怒鳴り散らす中、一太郎は冷静だった。
いや、むしろ楽しんでいた。
「……ふむ。魔王の視察か。
佐藤殿、これはいわゆる『ラスボス戦』前の
イベントというやつですな?」
隣で真っ青になっていた佐藤さんが、メガネをクイと押し上げた。
「……羽柴くん、冗談を言ってる場合じゃないよ。
役員たちが求めているのは、我が社の阿鼻叫喚……
いや、アナログすぎる管理体制を『一瞬で可視化』することだ。
でも、そんな資料、数ヶ月かけても作れっこない……」
「……いいえ、佐藤殿。
私たちは、すでに『剣』を鍛え上げてきたではありませんか」
一太郎は、佐藤さんのパソコンに昨日インストールした
「一太郎特製・データ連携シート」を指差した。
実は一太郎、佐藤さんに仕事を教わりながら、
佐藤さんが長年蓄積してきた「紙のメモ」や「個人の手帳」という名の『秘伝の書』を、すべてデジタルデータとして裏で統合していたのだ。
そして、ついに役員たちが現れた。
権藤課長は、冷や汗を拭きながら「我が部署のIT化は完璧です!」
と大ボラを吹き、あろうことか適当なグラフを提示した。
「……ほう。では権藤課長、この三ヶ月の解約率の変動と、
各物件の修繕コストの相関関係を、今すぐこの場で出せるかね?」
役員の鋭い追求に、権藤が絶句する。
「え、ええと……それは、その、根性で調べれば一週間ほどで……」
その時。
「……失礼いたします。
そちらのデータ、こちらで準備が整っております」
静かに立ち上がったのは、一太郎――ではなく、佐藤さんだった。
一太郎は後ろでそっと頷き、佐藤さんにアイコンタクトを送る。
「佐藤、貴様! 何を勝手なことを!」
権藤が遮ろうとするが、佐藤さんは震える手で、
しかし力強くマウスを操作した。
「……役員。羽柴くんに教わりながら……
いや、私が長年培ってきた現場の知恵を、
最新の術式に流し込みました。ご覧ください」
モニターに映し出されたのは、
権藤の適当な資料とは比較にならない、美しく、
かつ残酷なまでに正確なデータだった。
一太郎が組んだ「論理の枠組み」に、
佐藤さんの「現場の経験」という魂が宿り、
会社の実態が魔法のように浮き彫りになっていく。
「……素晴らしい。
この分析の深さは、本社のシステム部でも見たことがない」
役員たちは感嘆の声を上げた。
「佐藤さん、と言ったね。君のようなベテランが、
これほど柔軟にITを使いこなしているとは。まさに我が社の宝だ」
佐藤さんの株は爆上がりし、役員たちは佐藤さんを質問攻めにした。
蚊帳の外に置かれた権藤は、ただ口をパクパクさせるしかない。
視察が終わった後の屋上。
佐藤さんは、夕焼けを眺めながら深くため息をついた。
「……羽柴くん。ありがとう。
俺、定年を前に、仕事がこんなに楽しいと思ったのは初めてだよ。
君が『設定(関数)』を整えてくれたおかげで、
僕の『記憶』が価値あるものに変わった」
「……何をおっしゃいます、佐藤殿。
私はただ、勇者に『聖剣』を渡した鍛冶屋に過ぎません。
実際に戦ったのは、佐藤殿……あなたという勇者です」
二人の間に、年齢を超えた、
そして世界を超えた「戦友」としての絆が結ばれた瞬間だった。
その様子を、清掃を装って陰で見ていた松代さんは、満足げに微笑んだ。
一太郎と佐藤さんの勝利。
しかし、それは大きな嵐の前の静けさに過ぎなかった。
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