第12話(最終回):王子、居場所を見つける
春。
アルファ不動産の事務所には、穏やかな朝の光が差し込んでいた。
「佐藤さん、このテナント契約の更新なんですが」
「お、いいところに来た! 羽柴くん、この数字ちょっと見てくれる?」
「了解です」
一太郎は笑いながら椅子に座る。
キーボードを叩く音。
電話の呼び出し音。
コーヒーの香り。
数ヶ月前、崩壊寸前だった会社とは思えないほど、
事務所は落ち着いた日常を取り戻していた。
壁のモニターには、あの「未来収益モデル」が表示されている。
しかし今は、以前よりもずっとシンプルだった。
現場の清掃データ。
テナントの売上傾向。
修繕履歴。
それらがゆるやかに連動し、会社の未来を静かに映していた。
「羽柴くん」
声をかけたのは九条だった。
以前の冷たい雰囲気は少し消え、スーツの袖をまくっている。
「この再投資プラン、君のモデルと照合した」
資料を差し出す。
「……かなり利益が出そうだ」
一太郎は目を通し、うなずいた。
「素晴らしいです」
九条は少し照れたように言う。
「……君の言っていた“現場データ”を使った」
「数字だけより、ずっと精度が高い」
その会話を、佐藤さんが遠くから見ていた。
「はは……なんだか、すごい会社になっちゃったね」
松代さんがほうきを持って現れ
「もともと、いい会社だったんだよ」
と言い、静かに笑った。
一週間後。
夕方五時。アルファ不動産に、軽やかな電子音が鳴り響く。
「お疲れ様でした!」
社員たちが一斉にデスクを離れる。
一太郎は自分のパソコンをシャットダウンし、
佐藤さんと肩を並べて事務所を出た。
「羽柴くん、今日は松代さんの家で、新しいゲームの続きをやろうか」
「ふむ、いいですな、佐藤殿。
あの『魔王』を倒す術式……
いえ、攻略法を昨夜エクセルでシミュレーションしておきました」
二人の笑い声が、夕暮れの街に溶けていく。
一国の王子、羽柴一太郎。
彼はもう、魔法で国を救うことはない。
だが、彼は今日もキーボードという名の剣を振るい、
誰かの「明日」を少しだけ楽にするために、
数式を魔法陣へと変えていく。
――名君は、城の中だけにいるのではない。
仕事場から帰路に着く、あの背中たちの中にこそ、
真の王の姿があるのだ。
羽柴一太郎の「再就職物語」。
それは、幸せな『=IF(…』の数式と共に、
これからもずっと続いていく。
(完)
最後までご覧頂き、本当にありがとうございました。
楽しんで頂けましたでしょうか?
また、来月
別のお話しでお会いしましょう(^-^)




