10話:王子、魔王(頭取)と対峙する
---返済まで、あと四十八時間。
一太郎は松代さんの屋敷の地下室にこもり、
ノートパソコンの画面に向かっていた。
数千、数万のセルが絡み合い、
まるで巨大な魔導回路のようなシートが組み上がっていく。
「……羽柴くん。本当にこれを銀行へ持っていくのかい?」
佐藤さんが、差し入れの栄養ドリンクを机に置いた。
その視線の先には、常人には理解不能なグラフと数式が並んでいる。
三次元的に連動する収益曲線、金利スワップの変動モデル、
空室率の確率分布。
一太郎はキーボードから目を離さず答えた。
「ええ。銀行が恐れているのは『不確実性』という名の魔物です」
一瞬、指が止まる。
「ならば、その魔物を――数式で檻に閉じ込めるまでです」
画面にはタイトルが浮かんでいた。
《モンテカルロ・シミュレーション:未来収益モデル》
数万回の確率計算によって、
不動産価格、金利、空室率、景気変動――すべての未来を走査していく。
「最悪の未来でも、この会社は倒れない」
一太郎は静かに言った。
「それを証明します」
---
翌朝。
メインバンク本店、最上階。
通称――「魔王の玉座」
頭取室の扉を、一太郎は静かに叩いた。
中では、大河原頭取が腕を組んで待っていた。
その横には、九条の冷たい笑み。
「時間の無駄だよ、羽柴一太郎くん」
頭取が言う。
「どれほど美しい資料を持ってきても、
返済できない数億円の事実は変わらない」
九条が肩をすくめる。
「情熱で銀行は動きません。ここは金融の世界です」
一太郎は答えなかった。
静かにノートパソコンを開き、プロジェクターを接続する。
そして、言った。
「……頭取。私はお金を乞いに来たのではありません」
エンターキーを押す。
スクリーンに、黄金色の曲線が広がった。
未来五十年の収益予測グラフ。
老朽化したビル群が、改修と運用改善によって
ゆるやかな黄金のキャッシュフローを生み出していく。
九条の眉が動いた。
「……これは」
一太郎は続ける。
「アルファ不動産の全物件を再評価しました。
市場データ、周辺開発計画、テナント動向、金利推移」
スライドが切り替わる。
「さらに、現場社員が持つ清掃・管理データ」
佐藤さんたちの記録。
ゴミ量、テナント稼働率、設備故障頻度。
「あなたが“無駄”だと切り捨てた現場の情報は」
一太郎は九条を見る。
「マーケットの変動を最も早く察知する生きたセンサーです」
さらにスライドが進む。
巨大な確率分布グラフ。
「これはモンテカルロ・シミュレーションです」
画面に数字が走る。
1万回
2万回
5万回
未来の経済を何万通りも再現する。
「暴落、金利上昇、不況」
「すべての最悪シナリオを計算しました」
九条が身を乗り出した。
「……待て」
「このモデル……まさか」
一太郎が静かに答える。
「ええ。分単位の金利スワップまで組み込んでいます」
九条の顔から余裕が消えた。
一太郎は最後のスライドを表示した。
大きく書かれている。
DSCR:1.27(最悪シナリオでも1.12)
一太郎は言った。
「つまり」
「どの未来でも、この会社は返済できます」
頭取室が静まり返る。
一太郎はまっすぐ頭取を見た。
「頭取」
「銀行はリスクを嫌います」
「ですが――」
静かに言う。
「回収できる案件は、決して手放さない」
頭取の目が細くなる。
一太郎は続けた。
「この融資を引き揚げれば、あなた方は回収機会を失う」
「ですが継続すれば」
黄金のキャッシュフロー曲線。
「五十年の収益が残る」
やがて頭取が口を開いた。
「……九条くん」
「はい」
「君の言う効率化より」
頭取はスクリーンを見る。
「この若者の計算のほうが、銀行に利益をもたらすようだ」
九条が叫ぶ。
「頭取!これは理論モデルです!」
「金融は理論で動く」
「……認めよう。羽柴くん。君の『魔法』に、賭けてみたくなった」
頭取が、融資継続の書類に判を押した。
一太郎は深く一礼し、部屋を出た。
廊下の影で待っていた佐藤さんと抱き合い、二人は男泣きに泣いた
アルファ不動産は救われた。
――はずだった
だが。
敗北した九条は、震える手でスマホを取り出した。
「……まだだ。まだ、最後の手段がある。
銀行を動かせないなら、物理的に会社を『消滅』させるまでだ……」
「……計画を実行しろ」
勝利に沸くアルファ不動産に
最後の魔の手が、静かに伸びようとしていた。
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