呪術師カナンを幸せにしたい
呪術とは悪意を持って害をなす力であり、
その力を扱う呪術師もまた当然の如く忌むべき存在である。
フォレスト公爵家の長女カナンは、そんな共通認識が一般化している世の中で
呪術の才を持って生まれた。
俺はサリヴァーン男爵家長男であり、カナンとは幼い頃から何度も顔を合わせており、一緒によく庭を走り回って遊んでいた。
男爵家の長男と、公爵家の長女。
本来なら関わる事が無いほどに身分の差がある俺達が、幼い頃から顔を合わせている理由は両家の父親が関係している。
俺達の父親は学園時代からの顔見知りであり、身分の差を超えた親友同士だと本人達が周りに公言する程だ。
互いの子供の成長を自慢するかの様に、父は俺を公爵家によく連れていったのだ。
だがそんな平和な日々が唐突に終わりを迎えた。
カナンに呪術の才があると判明したのだ。
彼女の10歳の誕生日のお祝い中での出来事だった。
その日を境に父は俺をフォレスト家に連れて行くのを止めた。
父がフォレスト家の話題を話さなくなり、俺も幼いながらにも彼女の事について父に尋ねる事はしなかった。
それから学園に通う年齢になる迄、彼女と会う事は無かった。
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俺は魔術師になる為に15歳から学園に通う事になり、そこでカナンと数年振りに再開した。
カナンは俺を見て一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに暗い表情を浮かべ背を向けて去っていった。
彼女の事については、貴族同士の間では周知の事実として広まっていた。
貴族の社交パーティーに参加する度に、必ずと言っていい程話題に挙がるのだ。
フォレスト公爵に対して同情する者達が殆どだが、中には彼女に対して誹謗中傷を口にする者達も一定数存在していた。
かくいう俺も呪術師については良くない印象があった為、皆が口にする事に対して
一定の理解を示していた。
その為、俺は去っていく彼女の背中に声を掛ける事はおろか、追いかける事すらしなかった。
暫くして、カナンと第二王子殿下が婚約を結んだという噂が広まった。
フォレスト公爵家令嬢という肩書は国内でも屈指である為、裏では恐らく政略的なモノが絡んでいるのは間違いだろう。
ある日、学園内で彼女が第二王子と並んで歩いて光景を目撃した事があった。
第二王子は朗らかな笑顔で彼女に話し掛けており、カナンの表情も俺と再会した時に見せた暗い表情から一転して笑顔を見せていた。
俺は第二王子に尊敬の念を抱き、そして己を恥じた。
それからは卒業を迎える迄の間、私は彼女と殆ど接する事無く学園生活を送り
遂に卒業の日を迎えた。
卒業式が終わった後に開催された卒業パーティーには、殆どの生徒が参加していた。
そこで衝撃的な出来事が起こった。
「フォレスト・カナン嬢、君との婚約を破棄する」
第二王子がカナンとの婚約破棄を高々と宣言したのだ。
パーティーには卒業生の親である貴族達も多数参加しており、会場は大いにざわついた。
カナンの様子を見ると、驚愕の絶望が混じった何とも痛ましい表情をしていた。
「…わ、私が何か粗相をしてしまったのでしょうか?」
震える声で問い掛ける彼女に、第二王子は淡々と答える。
「君は呪術師だ。例え政略的結婚だとしても、我が王族の家系に呪術師の血が混ざる事を、私は許せない」
第二王子の言葉にカナンは何も言えずただ俯くだけだった。
「君に私の気持ちが理解できるかい?君と会話をする時も、並んで歩く時も、
食事をする時も!君の機嫌を損なわない様常に精神を擦り減らしながら接していた私の気持ちが!」
「何故その様な事を…!」
「なんとも愚問だな、君が呪術師だからに決まっているだろう」
第二王子は淡々と告げる。
「呪術師である君の機嫌を損ねた、なんて馬鹿な理由で君に呪い殺されたくなかった。だから私は我慢して来た、だがそれも今日迄だ!卒業パーティーを利用するのは心苦しいが、ここに居る者達を証人して私は宣言する」
第二王子は高らかに宣言した。
「フォレスト公爵家令嬢、カナン嬢との婚約を只今を以て破棄する。またカナン嬢が存命の間に私が不審な死を遂げた場合、フォレスト家の一族を国家反逆の罪で極刑に処す。これは既に国王も承認した決定事項である!」
「そんなっ…!」
第二王子の宣言した内容は、実質的な処刑宣告だった。
例え不幸な事故や病で第二王子が亡くなった場合でも、老衰以外の死因は全て
彼女に責任が着せられる事はまず間違いない。
大事な娘1人とフォレスト家一族。
フォレスト公爵は第二王子が亡くなる前に、彼女を処刑するだろう。
フォレスト家を守る為、情を捨てフォレスト公爵としてそう判断する筈だ。
俺の予想した通り、第二王子が婚約破棄を宣言した日から暫くして、
1年後に彼女を処刑するという報せを耳にした。
彼女の処刑の日が近づく度に、第二王子の宣言を聴いた時の彼女の悲痛な表情が脳裏をよぎる。
呪術の才があった為に周囲から嫌悪され、信じていた第二王子も内心では自身を恐れていた。
それどころか、1年後には処刑される。
俺は卒業パーティー以降、ずっと考えていた。
魔術師の俺と呪術師の彼女に、いったいどれ程の差があるというのだ?
父親から処刑を言い渡される程の悪事を、彼女は働いただろうか?
これ程の仕打ちを受ける程に、呪術師という存在は悪なのだろうか?
世間に対する怒りなのか、彼女に対する同情なのか、何もせず傍観者だった
己の情けなさからなのか。
とにかく何かしなければと、漠然とした気持ちでひたすら呪術について調べた。
学園の図書館や実家の資料室、更には呪術師に直接話を聞きに行ったりもした。
1年後、俺は国内で最も呪術師に詳しい魔術師である自負があった。
呪術師に対する世間の評価を変える事が出来るかもしれない計画も練った。
だがもはや手遅れだ。
明日、カナンは処刑される。
その日の夜。
眠れずに屋敷の中を徘徊していると、途轍もない程強力な呪術の気配を察知した。
次の瞬間には視界が暗くなり、身体の力が抜け私は壁に持たれかかる。
息を吸っても肺が空気を取り込まない感覚を感じながら、俺は悟ってしまった。
これは彼女の呪いだと。
床に倒れ伏せる瞬間、窓から外の光景を目にする事が出来た。
月明かりに照らされた城下町は、しかし町全体が不気味な霧に覆われていた。
恐らく国中で同じ状況になっているだろう。
呪術師の負の感情に比例し、呪術はより強力になる。
この時初めて、俺は彼女の苦しみのほんの一部を知る事が出来たのかも知れない。
だが遅すぎた。
朦朧とする意識の中、幼い頃カナンと庭で走り回っている光景がよみがえる。
無邪気な笑顔を見せていた彼女は、今や国全体を呪える程の闇を抱えてしまった。
血涙を流し泡を吹きながら、俺は神に問い掛けた。
神よ、どうか答えて欲しい。
彼女はこうなる運命だったのか?俺達は彼女に呪い殺される運命だったのか?
俺は何か選択を誤ったのか?
返事は無いと知りながら、しかしは神に問い続ける事しか出来なかった。
死の間際、彼女の背中を追いかけなかった事を後悔しながら、
壮絶な苦痛にのたうち回り、私は死んだ。
筈だった__
気付けば俺は赤ん坊の姿になっていた。
「あなた!ヴァイクが目を開けたわ!」
ベットに寝かされている俺を覗き込む母の姿を見て、俺は過去に戻ったのだと悟った。神のきまぐれか、俺は死ぬ前の記憶を持ったまま赤ん坊の頃に戻った。
何故か?いや、理由はこの際どうでもいい。
では過去に戻った意味は?そんなもの決まっている。
俺は唯一つの目標の為に、この先の人生を捧げると神に誓った。
彼女をあの悲惨な未来から救い出すと_
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神に誓いを立ててから、早くも15年の月日が流れた。
俺は15年間現在進行形で、呪術師を認知して貰う為の活動を行っていた。
呪術師に対する世間の根強い嫌悪感を全て払拭する事は、私の一生を掛けても不可能だろう。
大きく変える必要はない。
ほんの少しだけ、呪術師という者を理解して貰えるだけでその認識は変わる筈だ。
その信念を持って私は活動を行ってきた。
今年で15歳になり記憶通り魔術の才があった俺は、今年から学園に入学する事になっている。
この時点で私は、自身の未来の記憶から大きく変化していると確信を持っていた。
何故なら…
「ねぇヴァイク、明日は朝早くから学園の入学式に向けて出発するのだけれど…
どうしてこんな時間まで書斎に籠っているのかしら?」
「すまないカナン、丁度資料を纏め終わったところだ。もう寝るよ」
少しずつ、しかし確実に俺の活動は実を結んでいた。
現在、俺はフォレスト公爵家の屋敷に滞在していた。
サリヴァーン家の屋敷から学園まで凡そ1週間程掛かる為、
フォレスト男爵の計らいで、学園迄2日で行けるフォレスト家の屋敷に招待されたのだ。
カナンに呪術の才があると判明してから疎遠になった未来とは異なり、
両家の父親同士の仲も健在で今でも交流は続いている。
彼女も俺と同じく学園に入学する予定だ。
「出発時刻に遅れたら置いていくわよ。さっさと寝なさいな」
「分かってる。あぁそうだ、寝る前にコレを渡しておこう」
「あら、何かしら?」
彼女の為に纏めていた資料だったので丁度良いと、俺は資料を彼女に手渡した。
受け取った彼女は不思議そうに首を傾げる。
「呪術を応用した護身道具の開発案だ。学園で呪術を研究する前に一通り目を通して欲しくてな。今じゃなくても明日の学園へ向かう途中の馬車の中で構わない」
「そうね、今日はもう遅いからそうする事にするわ」
「明日は早いし、言われた通りそろそろ寝る事にしよう」
「…ねぇヴァイク」
椅子から立ち上がろうとした時、カナンから呼び止められた。
顔を向けると、神妙な面持ちをしたカナンの表情が目に入る。
「…貴方にはとても感謝しているわ」
「急にどうしたんだ?」
「呪術師は蔑まれて当然の存在だったのは知ってるわよね?」
「それは昔の話だ、今は違う」
「そうね、でもそれは全て貴方のお陰、それに…私知ってるのよ?
私が呪術師になると行った時、反対した私の父を貴方が説得した事を」
「…知ってたのか」
「そうよ、今の私がいるのは貴方のお陰なの!だからしっかり感謝を伝えておこうと思ったの」
「それにしても急だな」
「…別に感謝なんて何時しても構わないでしょ?」
そう言ってクスッと笑うカナン。
それだけで俺は十分だった。
国中の人々を呪い殺した未来の記憶の彼女とは似て非なるその姿に、俺は何時
死んでも後悔ないと断言出来る程に胸が一杯になった。
「…だからね、ヴァイク」
私が密かに感慨に浸っていると、彼女から声を掛けられた。
「貴方に何か望みがあるのなら何で好きに仰い、私が叶えて差し上げるわ!」
「何でもとは、随分大きく出たな」
「それ程貴方には感謝しているって事よ。すぐに思いつかないかしら?
ならそうね…こういうのはどうかしら?」
そういって彼女は私に近づき、その整った美しい顔をゆっくりと私に近づけ
そっと耳元で囁いた。
「誰か呪い殺してほしい人はいらっしゃる?」
思わず彼女に顔を向ける。
15歳にして妖艶な雰囲気が漂う彼女は、悪戯が成功した幼子の様なおどけた表情を浮かべていた。
「冗談よ、そんな事しないわ。貴方が今まで行ってきた活動が全て無駄にっちゃうものね」
「…そうだな、出来れば誰も呪い殺してほしくはない。俺もその様な人物は特にいないからな」
「なら私との婚約ではどうかしら?」
「流石にそれは無理だろう、身分が違い過ぎる。いくら父親同士仲が良くても俺達は貴族なんだ。それに俺はサリヴァーン家だぞ?あの土地から出る事は出来ないし、出るつもりもない」
「…貴方は昔から変わらないわね。まぁ考えておいて頂戴、貴方の望みを叶えてあげたいのは本心なのよ」
「その気持ちだけでも十分嬉しいぞ」
「考えておいて頂戴」
「…分かった」
俺の返事に満足したのか、彼女は書斎から出ていった。
俺は内心冷や汗をかいていた。
先程カナンが耳元で囁いたあの台詞…
冗談だと彼女は言っていたが、その目は本気だった。
呪術師として才とは、こういう部分の含めてなのだろうか?
だが現在の彼女は、俺の記憶の彼女より圧倒的に幸せに暮らしている筈だ。
ならば何も問題はない。
彼女の心に闇が巣食う要因を俺が排除していけばいいだけだ。
その為に俺は過去に戻ったのだから。
俺はそう結論付け、あてがわれた寝室に向かい明日に備えて眠る事にした。
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書斎でヴァイクと別れた後、カナンは自室に戻りベットの上で横になっていたが、眠る事が出来ないでいた。
枕に顔を埋め、足はパタパタと忙しなくと動いてる。
カナンは先程ヴァイクに放った台詞を思い出す。
なら私との婚約ではどうかしら?__
「…ッ!何であんな事言っちゃったのよ私は!」
顔を埋めたままべットの上を左右にゴロゴロと転がる彼女。
枕で隠しきれていない耳は見事に真っ赤である。
「ヴァイクもヴァイクだわ!公爵家の長女である私の口から婚約の言葉が出たのよ!?冗談で言う訳ないじゃない!あの様子じゃ絶対本気にしてないし!」
カナンはヴァイクに恋をしていた。理由は言うまでも無い。
彼女にとって彼は幼い頃からまさしく救世主であり、自身の味方であり、
絶対的な理解者だったのだから。
呪術師になる事を反対した父を彼が説得した時、彼は父から告げられていた。
「まだまだ世間の呪術師に対する当たりは強い…我が娘の将来を君に託しても良いかね?」
「はい、絶対に期待に応えてみせます」
廊下で会話を盗み聞きしていた彼女はそれはもう喜んだ。
公爵家の娘を託すという言葉の重みを、貴族である彼が理解出来ない筈がない。
それなのに一向に彼からその気が感じられない。
自分から告白するのははしたないと乙女の恥じらいが顔を出し、中々伝えられずに燻った気持ちが今日、遂に暴走してしまった。
羞恥心を抑え、表情に出ない様に全力で平常心を保ってでのあの台詞だった。
「それなのにヴァイクったら、本当に信じられないわ!」
サリヴァーン家の土地から離れないと断っていたが、彼女はサリヴァーン家に嫁ぐ気満々だった。フォレスト家の跡取りは妹にでも託す気でいた。
だが彼女は諦めてなどいない。
これから3年間、一緒に学園で生活する事になるのだ。
チャンスは沢山あるだろう。
一先ず落ち着いた彼女は、朝に弱いヴァイクを起こす為にも早く寝る事にした。
勇気を持って一歩踏み出した自分を褒めながら。




