しれっと王子様
「じゃあねぇ~ 水巻さん、また明日!」
「う、うん! 鞍手さんも気をつけて……」
そう言って、中庭でお互いに手を振る。
俺が前世で夢見た光景だ……ようやく初恋の人が優しくしてくれた。
最近、会ってなかったけど、なんでいきなり仲良くしてくれたんだろう?
もしかして、地元の英雄となった俺のことを見なおしたとか……?
くぅ~ ついに来たか、あゆみちゃんルートが!
冷たい水でスニーカーと靴下を洗っていると、誰かが後ろから近づいて来た。
「おい……水巻、なにしてんだよ?」
振り返ると、少し髪が伸びた坊主頭の少年が立っていた。
学ラン姿だけど、まだ右腕は折れたままだ。
「あ、鬼塚。なんでここにいるの?」
「俺は今から部活の見学に行くから、体育館に向かう途中だよ。中庭を通らないとダメだろ」
「そ、そっか……」
「ところでお前。そのびしょ濡れになった靴はどうしたんだよ?」
手洗い場に置いているスニーカーを指差す鬼塚。
「これはその……ちょっと汚れちゃってさ。だから洗ってたの」
「ふ~ん、でもお前さ。こんな寒い時期に靴を濡らして乾くのかよ?」
「いや……このまま、我慢して履いて帰るけど」
俺がそう答えると、鬼塚はいきなり怒鳴り声をあげる。
「バカ野郎!」
「え……?」
「そのまま履いて帰るとか、風邪を引いたらどうするんだよ!?」
「だ、大丈夫だよ。帰ったらすぐにお風呂入ればいいし……」
「水巻、お前は女だろ? 身体を冷やすなって! ちょっと待ってろ」
いきなり女扱いされてしまった。
一体、鬼塚は何が言いたいんだ?
彼は肩にかけていたスポーツバックを地面に下ろすと、中からピカピカに磨き上げられたバスケットシューズを取り出す。
「これ、使えよ……」
と大きなバスケットシューズを俺に差し出す。頬を赤らめて……。
「え? どういうこと?」
「俺はどうせこの右手じゃバスケットボールは触れない。だからバッシュも当分使えないし、水巻に貸してやるよ」
「……なっ!?」
こいつ、しれっと俺に恩を売っていやがるな。
バッシュぐらいじゃ、この藍ちゃんの肉体は渡さないぞ!
「いらないよ……それって部活用の靴でしょ?」
彼が差し出したバスケットシューズを突き返そうとしたが、鬼塚の意思はそれぐらいじゃ曲げられない。
「いいから! 裸足で帰る気かよ? 今日、俺が水巻にバッシュを貸して試合に使えなくても構わない。俺には水巻もバスケと同じぐらい……いや、それ以上大切な存在なんだ!」
そう言うと、俺にバスケットシューズを押し付けて走り去ってしまう。
※
濡れた靴下とスニーカーは手に持ち、鬼塚が貸してくれたバスケットシューズを素足で履いてみる。
思ったより、サイズが大きいな……。
あいつ、小さな身体の割に足はデカいのか?
藍ちゃんの足じゃ、ぶかぶかだ。
ちょっと歩きづらいがこれで帰れるぞ。一応、鬼塚に感謝しておくか。
ひとりで校門まで歩いていると、トイレから戻って来た優子ちゃんが「待ってよ~」と追いかけて来る。
「あ、ごめんごめん」
「酷いよ~ トイレに行ってたのに……って、その足どうしたの? 藍ちゃんの靴は?」
「いや……実はさ」
俺はまた下駄箱の中に入れいていたスニーカーへ、いたずらされたことを優子ちゃんに報告する。
すると、彼女は顔を真っ赤にさせて怒っていた。
「またされたの!? 一体、誰がそんなことをっ!?」
「それが分からないんだよね……」
「もしかして、鬼塚くんを狙っていた天ヶ瀬先輩がやったってことはない?」
「あの人は無いでしょ。最近、学校で姿を見ないもん」
しばらく優子ちゃんから犯人の心当たりを聞かれていたが……再度俺の足元を見て、あることに気がついたようだ。
「ところで、その大きなバスケットシューズはなに?」
なんて冷たい声で話すんだ。
「えっと、これはね……鬼塚が部活やらないからって貸してくれたんだ」
俺がそう言うと、優子ちゃんの目つきが鋭くなる。
「あ、そういうことね。きっとあれだよ、藍ちゃんの素足の香りをバッシュにつけさせて、鬼塚くんに返したらなんかエッチなことに使う気だね。本当に男って最低!」
「……」




