先輩の生き方
香里と呼ばれた女性がその場から去っていくと、天ケ瀬先輩の態度が豹変し、俺の顔を睨みつける。
タバコに火を点けて「それでお前の話ってなに?」と凄む。
先ほどまで年上の女性に甘え、金を貰っていた男とは思えない。
「あの……だから、この前は私のせいでバスケ部をやめることになって。申し訳ないなと」
「はぁ~ もういいよ。そんなことでいちいち謝りに来られても……迷惑だわ」
「ごめんなさい。でも……天ケ瀬先輩も本当はバスケが好きなんですよね?」
「別に」
俺は耳を疑った。
「え? 好きだから、部活をやってたんじゃないですか?」
「いいや。今、日本じゃバスケがブームだろ。女の子にモテるからってやってただけ」
そんな下らない理由でスポーツをやっていたのか。
大体、この人がいなかったら、鬼塚はいじめられていなかったのかもしれない。
女ウケがいいからバスケに固執していたとしたら、鬼塚がかわいそうだ。
「じゃあ他のスポーツでも女の子にモテる部活だったら、そっちにしてましたか?」
「うん。絶対にモテるスポーツだね。アメリカにいた時はアメフトだったし。スポーツなんてモテるためにやるもんだよ」
「……」
性根が腐りきっている。
じゃあ彼はバスケ部に未練はないのだろうか?
「だからさ、もう俺にとってバスケ部なんてどうでもいいんだよ。正直そんなことしなくても、この一ヶ月で女にモテることはわかったから」
「は?」
「あ、お前は年下だから女として見てないぜ。この1カ月ぐらいかな、色んなところを歩いてたらさ。しょっちゅう声をかけてくれることに気がついてさ……」
これって、もしかして自慢話なのか。
「じゃあもうバスケに興味は無いんですね? それなら……鬼塚にも怒ったりしてませんか?」
「あぁ? なんで俺が鬼塚のことなんて考えなきゃいけないわけ? あいつのことは前に”同級生”だった奴らが可愛がってたからムカついただけだよ。それにもう俺、中学校をやめようと思っているから」
「え!? 中学校をやめる? そんな義務教育だから、やめることなんてできませんよ」
「いや……純粋な日本人のお前に言ってもわかんないと思うけど。俺、アメリカと日本のハーフなの。本当ならあと少しで卒業していたのに、”センコー”どもがうるさいからもう一回”2年生”をやっていたけど。今回の騒動でもう日本人の考え方に飽き飽きしたっつーか」
「じゃあ、登校拒否をするということですか?」
俺がそう言うと、天ヶ瀬先輩は苦笑する。
「そんな可愛らしいもんじゃないって。もう面倒くさいと思ったから、勉強より仕事。これからは働いて生きていこうと考えを変えたんだよ」
「……」
最初会った時は、なんて冷たい人間なんだと思ったけど。
俺の知らないところでは、苦労していたんだろうな……。
15歳なのに学校より仕事を選ぶとは。きっと日本の集団生活に耐えられなかったのだろう。
とひとりで考え込んでいたら、どこからか電子音が鳴り響く。
なんか懐かしい音だな……”ファミコン”のBGMみたいだ。
すると天ケ瀬先輩がくわえていたタバコをアスファルトに投げ捨てて、かかとで火を消す。
スタジャンのポケットの中から、懐かしい電子機器を取り出した。
かなりシンプルなデザインの黒いガラケー。
「あ、もしもし? 美穂ちゃん! うんうん、元気にしてるよ。今から? 全然いける! じゃあ天神で会おうね」
なんて甘えた声で話す、天ケ瀬先輩。
というか、先ほど濃厚なキスを交わした香里ちゃんは彼女じゃないのか。
電話を切り終えると、またタバコに火をつける天ケ瀬先輩。
そしてまた態度を豹変させて、俺を睨みつける。
「だからさ、今始めた仕事で十分食っていけるし……もう学校は行かなくて良いと思ってるんだわ」
って何を格好つけているんだ、この人。ただのヒモだろ?
でも、この時代。ガラケーってすごく高額なものだったはず……。
それこそサラリーマンだった父さんですら、会社から支給された携帯電話を仕事のために使っていただけ。
天ケ瀬先輩が金持ちでも、中学生が利用するのは難しいんじゃ……。
「あ、あのちょっと聞いてもいいですか? そのガラケー……じゃなかった携帯電話は自分で買ったんですか?」
「え? これのこと? 違うよ。この前天神を歩いてたら、知らないお姉さんと仲良くなってさ。いつでも遊べるようにタダで貸してくれたんだ」
「……」
やっぱこの人、ただのヒモだわ。
もう特に心配しなくても生きていけるかも……そう思った瞬間にまた携帯電話の電子音が鳴り響く。
「あ、麻実ちゃん? うん、元気だよ。いいね、天神で他の子も一緒だけど大丈夫そう?」
そのニヤついた顔を見て、もう心配していた自分が恥ずかしくなってきた。
天ケ瀬先輩ならこの調子で元気にやっていけそうだし……。




