負けたくない
2年1組の前にたどり着いた。
すると、先ほどまでの威勢はどこにいったのか。急に足が震え始める。
扉を開こうとしても、指が震えて掴みづらい……。
目の前に来て、なにをビビっているんだ俺?
お姉ちゃんの言った通り、あれは間違いなく犯罪。鬼塚の折れた腕を見たろ。
しばらくバスケットボールを掴むことができないんだ。
文句ぐらい、言っても悪くないだろう。
だが、扉の前で一向に動けずにいると……。
反対側から扉が開かれてしまう。
驚いた俺は思わず、一歩後ずさりする。
「あれ……お前はたしか?」
中から出て来たのは、俺より少し背の高い男子生徒。
髪色がちょっと明るくて、両耳には銀色のピアスをつけている。
典型的なヤンキーといった感じ。
文句を言いたかった男が、自ら現れてくれたんだ。
このまま、逃がすわけにはいかない。
でも、改めて本人と面と向かって見つめ合うと、こう独特のプレッシャーで押し潰されそうになる。
緊張から口の中が渇いて喋りにくい。
「あ、あの……天ヶ瀬先輩に話があって」
「はぁ!? なんて言ってんだよ? 声がちっせーよ!」
「ごめんなさい……」
恐怖から俺が謝ってしまった。
「それで、俺になんなの? ていうか、お前さ。前に俺のことを邪魔した”デカ女”だろ?」
「あ、そうです……」
以前、彼が鬼塚の股間にバスケットボールをぶつけようとした際。俺が止めに入ったことを言いたいのだろう。
「はぁ……一体、なにがしてぇの? 俺、お前みたいな暗い女嫌いだわ」
くっ! 言わせておけば、俺だってお前がハーフのイケメンでもお断りだわ。
ここで恐れて逃げてはダメだ、絶対に。
必ず鬼塚へのいじめを俺が防がないと……。
勇気を出そう!
俺としては怒りを力に変えて叫んだつもりだった。
でも、現実はか細い声でぼそぼそと喋っているだけ。
「あ、あの……鬼塚くんをいじめるのは、もうやめてください」
俺ができることは、これしか無かった。
「はぁあ!? 俺が鬼塚をいじめる? それ、あいつから聞いたの? 俺はバスケ部で仲良くしているつもりだけど!」
顔を真っ赤にさせて、廊下の壁を殴りつける天ケ瀬先輩。
めっちゃ怖い。こんなのと張り合っていたのか、鬼塚のやつ。
「だって……さっき鬼塚の右腕、折れてました。天ケ瀬先輩がしたんですよね?」
「それ、あいつが言ったの?」
「いいえ、私がそう思いました……」
「はぁ……お前さ、俺のことをなんだと思ってんの? あれは鬼塚がひとりで階段から落ちただけで」
先輩がまだ話している途中だったが、俺は胸の内で必死に感情を抑え込んでいた。
我慢していたけど、それらが一気に胸から流れてしまう。
全て、まぶたから涙として……。
「ぐすんっ。あの、お願いだから……もうあいつを、鬼塚をいじめないで……」
「なっ!? お前さ~ ここで泣くとか卑怯だろ? 本当に鬼塚の腕は俺じゃないって言ってるのに」
「で、でも……先輩はご両親のことや留年のことで、鬼塚を妬んでいるんでしょ?」
先輩の痛いところを突いてしまったようで、表情が一変する。
眉間に皺を寄せて俺の顔を睨みつけると、胸ぐらを掴む。
息ができない……苦しい。この人、相手が女でも容赦しないんだ。
「おい、お前。名前なんていうの? マジで頭に来たわ! 俺の親と留年の話、誰から聞いた!? 鬼塚からか!?」
「やめて……くるしい」
「うるせぇ! てめぇら日本人のそういうところが嫌いなんだよっ! 何かあれば、国とか血のせいにして……」
天ヶ瀬先輩は怒りで我を忘れてしまっているようだ。
このままじゃ、俺は殺されるかも……。そう思った時だ。
彼が現れたのは……。
「天ケ瀬! その手を離せっ! 水巻に何をする!」
ツンツン頭で背が低い少年。鬼塚が現れたのだ。
しかも彼ひとりじゃない。背の高い上級生が5人ほど並んで立っている。
恐らく三年生だろう。
そこからの記憶は曖昧だ。
天ケ瀬先輩の怒りの矛先が俺から、鬼塚に向けられて俺は解放された。
でも、鬼塚が連れて来たバスケ部の先輩たちと天ヶ瀬先輩の大乱闘が始まり……。
二年生の廊下は怒号と悲鳴で大パニックになり、最後は教師も混ざってしまう。
「水巻? 大丈夫か?」
心配する彼に対して、俺は合わせる顔が無かった。
止まらない涙を鬼塚の胸で隠すことしか出来ないでいた。
「ごめん。本当にごめんね……」




