問題は後回し
結局、鬼塚への”水攻め”は止めることが出来なかった。
たぶんあれは、バスケ部の朝練が終わったあとのことなんだろう。
いじめの主犯である天ヶ瀬先輩を含めたみんな、同じユニフォームを着ていたから……。
つまりバスケ部内で行われている、いじめということにもなるのか。
顧問の教師はなにをやっているんだ? このままじゃ、鬼塚が死んでしまう。
いじめが行われている事実を知っているのに、黙って見ている……こんなの前世の俺が見たら、どう思う?
被害者からすれば、傍観者さえも加害者と同等の罪だ。
でも、非力な俺が何をすれば、この状態を良く出来るというのだ。
※
朝礼が終わっても、鬼塚がなかなか教室に入ってくることはなかった。
きっと、まだ天ヶ瀬先輩に可愛がられているのだろう……。
担任の”ねーちゃん”先生が、俺に声をかける。
「ねぇ、水巻さ。鬼塚を見てない?」
「あ、あの鬼塚……鬼塚くんなら、さっき中庭で見ましたけど」
「そっか。じゃあ、あんたさ。鬼塚のことよろしく頼むよ~」
そう言って、俺の肩をバシバシ叩く先生。
一体、何が言いたいんだ?
「え? なんのことですか?」
「もう~ しらばっくれなくても良いって! この前、”マリンワールド”で見たよ~ 二人とも仲良さそうだったじゃん!」
「なっ!?」
ヤベッ、先生にあの場を見られていたのか。
「先生もさ。鬼塚のことはなんとなく、知っているから。何かあったら教えてね」
そう言うと、ウインクしてみる先生。
これは……なんとなく、いじめのことを把握しているが、証拠が無いってことなのか。
だったら、すぐにでも俺が先生に今から……。
「すみません! 遅れました!」
と先生に相談しようと思ったら、その本人が教室の扉を勢いよく開ける。
なぜか体操服姿で。つまり半袖半ズボンというわけだ。
ユニフォームはずぶ濡れだから、仕方ないけど。
制服はどうしたんだ?
鬼塚に気がついた、ねーちゃん先生はその姿を見て驚く。
「あ、鬼塚。あんた何で体操服なの?」
「それはその……制服をベランダで干していたら、雨でびしょ濡れにさせてしまって」
「しっかりしてよね? バスケ部の先生から聞いているよ。一年生の中じゃかなり期待されてるんでしょ?」
「はいっ! 俺も期待に応えたいと思ってます!」
威勢だけはあるんだけどな……。
どうせ、さっきの制服がびしょ濡れになったものも彼が考えた嘘。
きっと天ヶ瀬先輩か、その取り巻きが制服を着られないようにしたのだろう。
彼らのやっていることは嫌がらせのレベルを超えている。
しかし、バスケ部が絡んでいるとなると……目的は鬼塚をバスケ部から追放したいのか?
※
寒いのに一日隣りで、半袖半ズボンの彼が一生懸命、授業を受けている姿はとても見ていて辛かった。
それでも、鬼塚はいじめのことを「先生たちに黙っていて欲しい」と俺に頼む。
全てはバスケのため。あと半年したら終わるからと……。
だが、そのあとも鬼塚は、授業以外の時間になると、天ヶ瀬先輩たちから必要に狙われていた。
体操服を着ていたのが、ムカついたのか。奴らは鬼塚をブリーフ一枚にさせて廊下を歩かせていた。
彼の着ていた体操服は取り巻きの奴らが持ち去り、どこかに隠している。
普段は反抗する鬼塚もこれには恥ずかしさから黙り込んでいた。
なんて卑劣な……俺もさすがにかわいそうに思い、彼に声をかけることにしたが。
「鬼塚、大丈夫?」
「ごめん……今は話しかけないでくれ」
そう言って俺に背を向ける。
なんて弱弱しい声なんだ……かつて前世で俺をいじめていた彼の姿はどこへ行った?




