全てがびしょ濡れ
終始、俺にだけ敵対心むき出しの鞍手 あゆみだったが、鬼塚にはとても優しかった。
なんなんだ? この差は……。
同じクラスメイトの女子にここまで冷たくするものか?
「水巻、お前。マリンワールドは初めてなんだろ?」
「うん」
「じゃあ、最初はイルカショーがおすすめだって! こっちに来いよ!」
と俺の右手を強引に引っ張る鬼塚。
「ちょ、ちょっと待って……そんなに急がなくても」
「ダメだって。早くしないと良い席が埋まっちゃう」
鬼塚の言うイルカショーは、このマリンワールド全ての階から観覧することが出来る。
建物は3階建てだが、俺たちが入った入口は2階で、そのままショーのあるプールへ直行できる。
また1階では巨大な水槽を目の前にしたレストランがあり、イルカやクジラたちが泳いでいるところを眺めながら、食事を楽しむことができる。
そして、最後に3階はプールから一番離れてはいるが、高い位置から博多湾をバックにショーが楽しめる。
しかし鬼塚の目的は、それらと違い、ショープールの一番前の席が良いのだと言う。
なんでも真ん中の席が迫力があり、彼自身。マリンワールドが出来てから何度も通っているのだとか。
俺もこの水族館の存在は知っていたが、長年引きこもっていたため、一度も来たことがない。
転生して、まさかこいつと来るとは思っていなかったけど……。
「水巻、マジですごいから! ショーは一日に3回やるんだけど、絶対また観たくなるぜ!」
と席についてから、ずっと鼻息を荒くして説明している。
よっぽど、水族館が好きなんだな。鬼津のやつ。
ガキっぽくて、ちょっと可愛らしく見えて来たよ……。
しかし、10月とはいえ、いざ席に座ってみたら暑いな。
カーディガンを羽織ってきたけど、脱いじゃおうっと。
中はノースリーブのワンピースだから、涼しいや。
と考えていたら、どこからか音楽と共に若いお姉さんがマイクを持って登場。
『マリンワールドへお越しのみなさん、こんにちは~!』
一緒にアシカも現れて、パチパチと拍手している。
「おおっ! 観ろよっ、水巻! アシカが拍手してるぜ!」
「はぁ……」
俺は一体なにをしているんだろうな。
なんだか眠たくなってきちゃった……。
※
一連のショーを観ていても、興味のない俺はあくびばかりしていた。
対して鬼塚はアシカのボール遊びを見て、熱い拍手を送っている。
最後にイルカと巨大なクジラのショーが始まると、スタッフのお姉さんが観客へ注意をしていた。
『一番前に座っているお客様は、水しぶきに気をつけてください。今からでも席の移動されたらよろしいので……』
ん? 俺たちは一番前だし、真ん中の席だ。
しかし、鬼塚が「この席じゃないとあの迫力を味わえない」と豪語していた。
よく分からんけど、このままで良いのかな。
『では、巨大クジラの”よしこちゃん”が今から、皆さまに向かってジャンプします。水しぶきにお気をつけて!』
それを聞いた俺は、血の気が引いてしまう。
気がついた時には既に遅く、巨大なクジラが水槽の中から飛び出てきた。
客席から、大きな歓声と共に悲鳴も聞こえてくる。
クジラには何の悪意もない。ご主人様の命令により、ちゃんとお仕事しているからな。
「はははっ! やっぱこの席はすげぇや!」
と一人で喜ぶ、褐色肌の少年。
対して、隣りに座る俺は驚きのあまり、言葉を失っていた。
それもそのはず、頭から上半身は全てずぶ濡れになってしまったのだから……。
よしこちゃんはたった三回のジャンプしかしていないのに、この威力。身体が大きすぎたんだな。
ていうか、この濡れた身体。どうしたら良いんだ?




