表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

第七話 潜入

 軽い眩暈が消えると、景色は一転していた。

 そこはもう、見慣れた暁の女神亭のホールではなく、フォアロックヒルズ市近郊である。

 地下水道の入り口が、魔物の顎のように開いている。


「これが‥‥物理魔法‥‥」


 ルシアが呟いた。

 やや呆然とした顔は、ほとんどの仲間と同じである。

 五〇〇キロメートルに及ぶ距離を、一瞬で踏破したのだ。

 稀代の大魔法使いと呼ばれる男の実力を、改めて思い知らされた気分だった。

 まったく、ナンパばかりしている軽薄男とは思えない。

 ルシアをはじめとした九人を、こともなく転移させてしまうのだから。


「‥‥街の反対側で軍氣が動いてる」


 ぼそり。

 キースが言う。

 竜を半憑依させている状態。

 感覚が極限まで研ぎ澄まされている。


「行こう。

 あまりのんびりしている時間はない」


 フィランダーが先頭に立って歩き出す。

 メンバー唯一の職業軍人だ。

 その横に、ルシアとバロックが並んだ。

 中段には金慧、ディアナル、キース。

 後列は、フェザー、ロック、天極。

 最も戦闘力の低いディアナルを中心に入れ、遠距離からの攻撃もこなせるロックやフェザーを後列に置く。

 まずは無難な隊列である。

 どの方向から攻撃されても対応できる布陣だ。

 逆にいえば、どの方向にも特化しておらず、中央突破などには向かないかもしれない。

 スピード勝負の潜入作戦では後ろを振り返る余裕などないのだ。

 ひたすら前だけ向いて走る。

 となれば、前面にこそ強力なメンバーを配置すべきだったろう。

 全員が同格でリーダーが存在しない弱みが、すでに露呈してしまっていた。




 かつかつ、と。

 通路に響く音。

 息をひそめるメンバー。

 おそらくは巡回だろう。

 いちはやく察した冒険者たちは通路の奥に身を潜め、やりすごすつもりだった。

 堅実な判断である。

 地図の上では、三分の二ほどを進んでいる。

 ここで見つかっては、先に進むか撤収するか判断が難しくなる。

 もっとも、彼らに撤収するつもりなどなかったが。

 無限とも思える数秒が過ぎてゆく。

 自分と仲間の息遣いだけを友として。

 やり過ごせそうだ、と、誰しもが思った。

 だが、巡回のオークのうちの一匹が、何の前触れもなく振り返る。


「ぁ‥‥」


 ディアナルの声が漏れた。

 目が合ってしまったのだ。

 一瞬の沈黙。

 オークの口が開かれ、警戒の雄叫びがほとばし‥‥らなかった。

 飛燕の速度で接近したルシアが、豚鬼の喉を威勝で切り裂いたからである。

 見つかってしまったものは仕方がない。

 この上は、仲間を呼ばれるよりはやく息の根を止める。

 それしかない。

 全身に返り血を浴びながら、ルシアが次のオークを切ろうとする。

 しかし、その必要はなかった。

 彼女と同じことを考えたものが、他に八人いたからである。

 バロックとフィランダーが躍りかかり、一匹ずつの豚鬼を倒す。

 中列から飛び出したキースが、善勝で最後の一匹を仕留めた。

 まさに早業だ。

 安堵の吐息をつくバロック。

 しかし、安心はまだはやかった。

 かろうじて息のあったオークが、最後の力を振り絞って警笛を吹き鳴らしたからである。


「ちっ!」


 天極が咄嗟にオークの腕を切り落とすが間に合わなかった。

 地下水道に響き渡る甲高い音。


「走れっ!」


 ロックが叫ぶ。

 潜入が知れた以上、時間をかけてはいられない。

 とにかく急ぐしかないのだ。

 この際は、巧遅よりも拙速を選択するのがベターだ。


「潜入の法則その一は失敗したな‥‥」


 走りながら、心の中で呟くフェザー。

 魔銃に取り付けたサイレンサーを外し、捨てる。

 もはや消音に気をつかっている場合ではない。

 威力を落とす消音器など邪魔なだけだった。

 潜入作戦には、いくつかの法則がある。

 ベストとされるのは敵に悟られないことだ。

 侵入したことを悟られずに目的を遂げ、そのまま撤収できれば、これが理想である。

 よりわかりやすくいうと、本当に腕の立つ盗賊は泥棒に入られたことすら被害者に気づかせない、ということになる。

 次善の策は、できるだけ現場を混乱させる。

 敵の命令系統を滅茶苦茶にして、効率よく動けないようにするのだ。

 情報を錯綜させたりなども、ひとつの手段である。


「侵入者だぁ!

 東の水路に逃げたぞぉ!!!」


 オーク語で叫ぶバロック。

 むろん嘘の情報だ。

 小細工だがそれなりに効果が期待できるだろう。

 懸命に駆ける九人。

 前方に現れた敵は、問答無用で打ち倒す。

 後方はそもそも振り返らない。


「右だ!」


 キースが叫ぶ。


 作戦前にもらった地図は完全に頭に入れてある。

 曲がってから二〇〇メートルほどで梯子があるはずだ。

 先頭を走る三人が、勢いよく角を曲がる。

 そのとき!


「がっ!?」

「きゃっ!?」

「ぐ‥‥」


 いきなり弾き飛ばされ、壁に激突するフィランダー、ルシア、バロック。

 骨の折れる嫌な音が、通路に響いた。

 待ち伏せである。


「く‥‥」


 立ちあがろうとする三人。

 鼻や口から血を流している。

 たった一撃で、内蔵に達するダメージを受けたのだ。

 カウンター攻撃のに形だったとはいえ、とてつもない剛力であった。


「オーガ‥‥」


 ルシアの、かすむ視界のなかで人食い鬼が三匹、哄笑していた。

 三人が大ダメージを受けた瞬間、代わって前に飛び出したものがいる。

 天極とキース、そしてフェザーだ。

 隊列が滅茶苦茶になるが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 オーガは強い。

 人間が一対一で戦った場合、勝算はほとんどない。


「あくまで、まともに戦えばの話やっ!」


 いきなりフットスライディングした天極が、レーザーブレードのスイッチを入れる。

 鬼の股の間に滑り込みながら、


「足一本。

 いただくで!」


 黒い光が閃く。

 ぐらりと傾く人食い鬼。

 何事が生じたかもわからないのだろう。

 それほどまでに速い攻撃だった。


「速度では」


 両肩、額に撃ち込まれる魔弾。


「人間が勝ってるんだよ」


 ごろり。

 オーガーの首が落ちる。

 銃を撃ったのはフェザーで、とどめを刺したのはキースだ。

 一対一で勝ち目が薄いなら三対一にすればいい。

 速度で勝るとは、そういうことだ。

 これでオーガは残り二匹。


「やったぁ!」

「いけるで!」


 ディアナルと金慧がはしゃぐ。

 勝算が一気に高まったのだから、当然だろう。


「あぶねぇっ!

 後ろだ!!」


 ロックの声と同時に、通路の横を流れる水面が爆発する。

 飛び出したのは巨大な首。

 サーペントである。


「くっ!」


 護符を用意するディアナル。

 だが間に合わない。

 ウォーターブレスが一閃し、金慧、ディアナル、ロックの三人が壁に叩きつけられる。

 龍の亜種といわれるサーペントのブレスである。


「かはっ!?」


 戦闘経験の少ないディアナルなどは、受け身すら取れずに頭部を痛打し、崩れ落ちる。


「お嬢はんっ!?」


 声まで蒼白にした金慧だったが、状況はほとんど変わらない。

 駆け寄るどころか、全身の痛みで動くことすらままならなかった。

 やばい、と、ロックは思った。

 彼だけが一撃を受けて、なお立っていることができたのだ。

 むろん無傷ではなく、


「アバラを二、三本やられたな‥‥」


 という状況である。

 無傷なものはキース、フェザー、天極だけ。

 敵はオーガーが二匹にサーペント。

 ほとんど絶望的な戦力差だ。


「こんなところで‥‥倒れるわけにいかないんだから‥‥」


 よたよたと身を起こすバロック。

 震える手で刀を構える。

 養母の愛刀であるフリワケガミだ。


「ちから‥‥貸してください‥‥」


 大きく振りかぶって、


「花家剣術ノ弐!

 葉斬!!」


 撃ち放たれる剣圧。

 真っ直ぐに飛んでオーガの首を落とす。

 それは、均衡が崩れた瞬間だった。


「チャンスっ!」


 人食い鬼が倒れたことにより、フェザーとサーペントの間の射線が開いた。

 そこまで見越して、ネコミミの少女はこのオーガーを攻撃したのだ。

 これが常勝将軍の薫陶である。


「いけっ!!」


 フェザーの手甲に装備された竜砲が火を吹く。

 魔銃が誕生する過程で産み落とされた奇形の兵器。

 ハンドキャノンとも呼ばれる攻撃力だけを追及した武器だ。

 発射の瞬間、反動でフェザーの身体は床に、続いて壁に叩きつけられる。

 竜砲本体も、何処かへ弾け飛んでしまった。


「くはっ!」


 少年の口から溢れだす鮮血。

 だが、それに甘受するだけの戦果ははあった。

 サーペントの巨大な首が、きれいに消失していた。

 大きな水音をたてて没するモンスター。

 残る敵はオーガが一匹のみ。

 勝敗は決した。

 キースの剣が、天極のレーザーブレードが、ロックの召喚術が、人食い鬼を易々と打ち倒す。




「この梯子ですね‥‥」

 ルシアが言った。

 先ほどの戦闘のダメージがまだ残っている。

 一応、回復魔法を使ってもらったのだが、ゆっくりと完全回復しているような余裕はない。


「薬を使ってください」

「回復剤なんか必要ない。

 痛み止めでいい。

 おもいっきり飛べるやつだ」

 ディアナルとフェザーの会話に、事態の深刻さが要約されている。


 いまは治療や回復よりも先に進むべき時だ。

 梯子を昇ったルシアが蓋を開き、注意深く様子を伺う。


「大丈夫です」


 振り返って伝えたとき、彼女は見てしまった。

 通路の奥から迫りくるモンスターたちを。


「みなさんっ!

 急いで!!」


 促す。

 だが、とうてい間に合わないだろうということは、彼女自身がよく知っていた。


「先にいけ!」


 ロックが叫ぶ。

 金慧がなにか言いかけたが、結局は無言のままディアナルを梯子へと押し上げた。

 譲り合いをしている場合ではないのだ。

 フェザーの魔銃が連続して咆吼する。

 三匹ほどのゴブリンが倒れた。


「すまん。

 あまり削れなかった」

「気にすんなって」


 笑みを交わすふたりの男。


「キース。

 悪いんだけどよ」

「なんだ?」

「シャラによろしく伝えてくれ」

「‥‥自分で伝えやがれ‥‥」


 冷然と切り捨てて梯子に手をかけるキース。

 くすりとバロックが微笑する。

 素直でない義兄だ。

 言外に、「絶対に死ぬな」と言っているのである。


「時間ねーぞ。

 さっさといけや!」


 炸裂する、ロックの召喚術。

 折れたままの肋骨が痛む。


「さーて。

 楽しもうじゃねぇか!

 モンキー野郎ども!!」


 凄絶な笑みが刻まれる。

 敵は、ゴブリンとオークが三〇匹といったところだ。

 三〇対一。

 絶望的である。


「ムリヲスルナ。

 人ノ子ヨ」


 ロックの横に並ぶ炎の狼。

 ルシアが残していった精霊だ。


「お節介め‥‥」

「ナニカ言ッタカ?」

「何でもねぇ!

 おっぱじめるぜっ!!」


 召喚術士の手から放たれる無数の悪霊。

 饗宴が、はじまる。




 市長官邸の前庭は、人の気配が途絶えていた。


「罠くさいですね‥‥」

「むしろ、待ちかまえてるんちゃうか?」


 バロックと天極が小声で会話を交わす。


「‥‥急ぎましょう」


 ルシアが言う。

 その表情は微かに曇っていた。

 盟友である炎狼の気配が消滅したのだ。

 もちろん精霊は死ぬことはない。

 だからといって苦痛を感じないというわけでもない。


「ごめんね‥‥」


 心の中で呟く。


「行こう」


 フィランダーが一歩踏み出したとき、

 <<ばんっ!>> と、大きな音を立てて市長官邸の扉が開け放たれる。

 飛び出してくる人影‥‥否、人間ではない。


「リザードナイト‥‥」


 乾ききった唇を天極がなめた。

 ヒューマノイドタイプでは一、二の強さを誇るモンスターが五匹。


「ちっとばかり覚悟を決めなあかん‥‥」


 レーザーブレードの柄を握る手に、力が籠もる。


「ここは俺が引き受ける」


 淡々とした声。

 フェザーのものだ。


「あほか。

 猫人ひとりとリザードナイト五匹じゃ時間稼ぎにもならん」

 金慧が前に出る。


「お嬢はん。

 がんばってお友達たすけなはれ。

 うちが一緒に行けるのはここまでや」

「金ちゃん‥‥」

「いきやっ!」


 びしっとディアナルを突き放す。

 はっとしたように走り出す少女。

 キース、ルシア、バロック、フィランダーとともに。


「お前は行かないのか?

 天極」

「あんたらふたりでどうかなるってもんでもないやろ」

「三人でも、なんともならんって説もあるで」


 くすりと笑う金慧。

 悲愴な戦いに臨むものとは思えない明るさだった。


「まったくや」

「勝算は一割ってところか」


 男どもがシニカルな笑みを交わす。


「ほな、はじめるで!」


『応!』


 金慧の合図と同時に突撃する。

 勝てなくとも。

 勝てないとわかっていても勝負に出なくてはいけない時がある。

 それが今だ。


「永遠に戦い続けるわけじゃない。

 あいつらが人質を解放するまでだ」


 心で呟くフェザー。

 光明だろうか。

 成功の可能性など、数パーセントもないだろうに。


「けどなっ!」

「やらんとあかんのや!」


 天極のレーザーブレードが奔り。

 金慧の光砲が唸り。

 フェザーの魔銃が炸裂する。




「はぁ‥‥はぁ‥‥」


 荒い息を吐くバロック。


「まだまだ‥‥」


 剣を杖がわりに身を起こすフィランダー。

 市長官邸のホール。

 血戦が、繰り広げられていた。

 キース、バロック、ルシア、フィランダー、ディアナルの五人。

 すでにボロボロだった。

 敵はたったふたり。

 しかし、並のふたりではない。

 ウィリアム・クライブと、シャルヴィナ・ヴァナディース。

 魔王軍の最高幹部が、相手なのだ。

 彼らと戦って勝利すること。

 それが、冒険者たちに与えられた命題だった。

 人質の一人である花木蘭に暴行を加えたフィリップ・イグナーツは、すでに誅殺されて生首となっていた。


「破っ!」


 キースの善勝が唸りをあげてウィリアムに迫る。


「‥‥遅い。

 キアルの力はそんなものではないはずだ」


 剣は虚しく宙を滑り、強烈な打撃が青年の腹に叩きこまれる。


「ぐ‥‥」


 倒れかかる身体。


「まだまだっ!!」


 斬り込むフィランダー。

 だが、


「直線的すぎるな」


 投げ飛ばされたキースの身体が、突っ込んできたフィランダーと激突した。

 もろともに壁にぶち当たる。

 骨の折れる音が響き、青年士官の口から血が溢れた。

 圧倒的だった。

 バロックとルシアの戦況も彼らとほとんど変わらない。

 シャラに小手先で遊ばれているようなものである。


「雷撃の護符!!」


 ディアナルの投げた護符が、雷をまとってウィリアムへと向かう。

 何度目になるかわからない符術だ。

 シャラの剣の腹で殴られ、額からは血が流れている。

 それでも、ディアナルは攻撃をやめなかった。

 負けられないから。


「絶対に‥‥負けないんだから!!」


 魔女の森から逃げてきた彼女を助けてくれたのが木蘭だ。

 友だと。

 大切な友だと言ってくれたのも木蘭だ。

 だから、


「あたしには戦う力なんかないけど!!」


 符が舞う。

 水滴が巌をうつ程度の効果しかなくても良い。

 何百回でも、何千回でも繰り返してやる。

 いつしか岩にひびが入るまで。


「そう‥‥俺たちは、負けられない!」


 キースの剣が速度と激しさを増してゆく。


「閣下をお助けするんだ!」


 少しずつ少しずつ、フィランダーの攻撃もウィリアムに当たるようになってきた。

 むろん、たいしてダメージは与えられていないだろうし、彼らが受けるダメージの方がずっと大きいのだが。


「お母さんを、返してもらいます!!」

「この剣に賭けて!」

 フリワケガミと七宝聖剣が躍る。


 いつしか、シャラとウィリアムは背中合わせになっていた。

 こうしないと隙を突かれるのだ。


「思いの力というやつだ」


 ぼそりとつぶやく竜騎士。


「そろそろだな」


 にこりともせずにシャラが言った。

 やはり護るべきものを持つ人間はつよい。

 このまま戦い続ければ、思わぬ傷を負うかもしれない。

 そろそろ退き時だろう。

 時間はたっぷりと稼いだ。


「諸君の健闘を讃えて、人質を解放してやろう」


 突然、ウィリアムが言った。

 意外な一言に、一瞬、冒険者たちが戸惑う。

 その一瞬で、彼らには充分だった。

 竜騎士の剣が眩い光を放ち、それが収まったときには、


「消えた‥‥」


 フィランダーの呟き。


「逃げた‥‥?

 いや‥‥」

「退いてくれた、ということでしょうか」


 キースの言葉をルシアが引き取る。

 このとき、冒険者たちにはウィリアムとシャラが退いた理由がわからなかった。

 それが判明するのは後日、解放された木蘭に聞いてからである。

 連合軍と戦っていた魔王軍は、いくつかの不利を抱えていた。

 フォアロックヒルズ市民は獅子身中の虫であり、潜在的な敵であるという点。

 長期戦になれば、せっかく接収した物資や財宝を食いつぶすことになるという点。

 さらに、籠城というのは援軍があることを前提としておこなうものだという点。

 これらのことを考え、ウィリアムはフォアロックヒルズを捨てる決意をした。

 そのため、わざと警備に隙を作って、潜入作戦を実行「させた」のである。

 味方が潜入している以上、連合軍は全力で戦えない。

 もし戦況が不利になって魔王軍が街に戻ったら、作戦そのものが成立しなくなるからだ。

 だから、連合軍はある程度の隙を常に見せていなくてはならない。

 それを利用して戦いつつ拠点を移動するという離れ技を、ウィリアムはやってのけたのだ。

 空恐ろしいほどの戦術的手腕だった。


「お母さん!!」

「もくらんさん!!」


 木蘭に駆け寄り抱きつくバロックとディアナル。

 血塗れの顔で、フィランダーが微笑する。


 黙然と立つキースに、


「いかないんですか?」


 ルシアが声をかけた。


「‥‥‥‥」

「こういうときは、泣いても恥にはならないと思いますよ」

「でも‥‥俺は男だから」


 そういいつつ、やたらとルシアの頭を撫でるキースだった。

 くすぐったそうに、少女が目を細めていた。




「生きてる‥‥か‥‥?」


 地面に大の字になったフェザーが、掠れた声を出した。


「なんとか‥‥」

「いきとるでぇ‥‥」


 天極も金慧も、フェザーとたいして変わらない状態だった。

 全力で戦い続けて、倒したリザードナイトは三匹。

 そこまでで限界だった。

 石畳に倒れ、もったいぶった死神が近づいてくるのを待っていたのに。


「引き揚げたみたいやな‥‥敵」


 天極が言う。


「なんとか‥‥な」


 答えたのは、ロックだった。


「生きてたんか‥‥驚きやで」


 金慧が言った。


「かろうじて‥‥」


 本当にかろうじてだ。

 このとき彼は全身に三十数カ所の傷を負っており、そのうち八カ所が内臓に到達する怪我だった。

 あのまま戦い続ければ、一〇〇パーセント死んでいただろう。

 ふらふらと近寄ったロックが、どっかりと地面に座り込んだ。

 そしてそのまま寝そべる。

 石の冷たさが気持ち良かった。

 沖天にかかる月が、恰好つけの男女を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ