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第六話 反撃のベルが鳴る

 フォアロックヒルズ市が占拠され、国王マーツ以下軍幹部が魔王軍の人質となった。

 この情報は、光に近いはやさで王国全土を席巻した。

 ルアフィル・デ・アイリン王国は当初、この情報を隠蔽しようとしたが無益だった。

 魔王軍の側から喧伝されたからである。

 これは戦略としては、むしろ初歩であった。

 ひっそりと自分たちだけの王国を作るというならともかく、魔王軍の目的は世界の覇権を握ることだ。

 となれば、自分たちの戦火を大々的に宣伝しなければ意味がない。

 さらに、噂という怪物を成長させる目的もある。

 名君といわれるマーツ王のみならず、花木蘭までもが捕虜になった。

 王国に与えた衝撃は大きい。

 アイリン軍の将軍の中で最も人気の高い者が木蘭だ。

 名将ガドミール・カイトスですら、今一歩およばないだろう。

 その木蘭が捕虜になった。

 もうだめだ、と国外逃亡の準備を始める諸侯もいたほどである。

 それが準備だけに留まったのには、幾つか理由がある。

 カイトスが未だ健在だったこと。

 聖騎士七人が王都に結集したこと。

 そして、どこに逃げても魔王軍が勝ってしまえばおしまいだということ。

 地上すべてが地獄と化すとき、どこへ逃げろというのか。

 ほとんど自暴自棄ではあったが、諸侯たちは起兵を決意した。

 アイリン王国だけではない。

 ルーン、バール、ドイル、セムリナ、フレグといった大国も、協力を約束するにいたる。

 普段どれほど角を突きあわせていても、魔王ザッガーリアが復活したとあっては手を携えて戦うしかない。

 大量の援助物資や援兵が派遣される。

 むろん、それが王都に到着するには相応の時間が必要である。

 そして、それを待っているだけの余裕はない。

 六カ国連合軍最高司令官に擬せられたカイトスは、総参謀長サミュエル・スミスらの協力を得て、一五万の軍を編成した。

 中核となったのはフォアロックヒルズで勇戦した青の軍である。

 各都市の守備などを考えると、これが最大限の数字だった。

 それは誰しもがわかっていた。


 同時に、フォアロックヒルズを攻略するにはあまりにも少ないということもわかっていた。

 強固な城壁に守られた大都市と、二〇万を超えるモンスター軍団。

 一〇〇〇騎近い竜騎士。

 それを「たった」一五万でどうするというのか。

 さらにいえば、フォアロックヒルズ四〇万の民衆と国王が人質である。

 手も足もでないとは、まさにこのことであろう。

 だが、カイトスは訓令の中で自信に満ちて言い放った。


 「彼らは失敗した」


 と。

 フォアロックヒルズに蓄積された物資では二〇万の大軍を長期間養うことはできない。

 また、四〇万市民は、そのまま獅子身中の虫となる。

 魔王軍はその監視に相当数の兵力を割かなくてはならぬ。

 食料や物資の管理にもだ。

 市民の協力者など望めるはずがないし、脅迫して徴用すれば市民の不満を高めるだけだ。


「だから出戦できる兵力は一〇万から一二万というところだろう」


 サミュエルはそう計算している。

 要するに、魔王軍は根拠地を得たことでかえって縛られることになった。

 かの軍の怖ろしさは神出鬼没な点にある。

 城に籠もっていては、せっかくのドラグーンの機動力も役立たない。

 加えて、モンスターどもが籠城戦を得意とするはずもない。


「やつらには城攻めの妙ってのを見せてやるさ。

 たっぷりとな」


 不敵に笑うカイトス。

 このとき彼の中には、ひとつの計画があった。




 カイトスに指摘されるまでもなく、ウィリアム・クライブにとってフォアロックヒルズは重荷になりはじめていた。

 しかし、根拠地というか物資は必要だったのだ。

 プリンシバルの地下宮殿には、魔王軍を養うだけの物資がない。

 となればどこか大都市を劫掠するしか方法がなかったのである。

 結果としてフォアロックヒルズを占拠してしまったが、これは本意ではない。

 風のように行動し、風のように攻撃する。

 魔王軍の本領はそうしてこそ発揮される。


「しかし‥‥兵を休ませねばどうにもならんな」


 呟き。

 モンスターも竜も生物なのだ。

 無限に戦い続けることなどできるはずもない。

 そしてドラグーン部隊も、シャルヴィナ・ヴァナディースのモンスター軍団も疲れ果てていた。

 とくに強行軍の連続だったモンスター軍団は、現状、戦力として考えることはできない。

 順当に計算して、六カ国連合軍とやらがフォアロックヒルズを攻撃する頃にはなんとか戦えるようになっているだろうが。


 「ここを離脱してプリンシバルに戻る時間はないな」


 帰路は大量の物資を運ばなくてはならないのだ。

 当然、行軍速度は遅くなる。

 シャラがやってのけたような、秘かに王都を包囲するという芸当などできるはずもない。


「となれば、方法はひとつしかないだろうな。

 フィリップ・イグナーツを呼べ」


 やや苦みを帯びた表情で命じる。

 彼好みのやり方ではなかったが、この際はやむをえない。

 やがて、ひとりの女性が魔導スクリーンの前に引き出された。

 後ろ手に縛られた黒髪黒瞳の女。

 すなわち、花木蘭。




 人質を前面に押し出して、敵の戦意を挫く。

 古来から幾度も使われてきた心理作戦である。

 木蘭の喉に剣を突きつけたイグナーツが、魔導通信を通じて全世界を脅迫する。

 おとなしく降伏せよ、と。

 さもなくば、国王と将軍たちの命はない、と。

 マーツやトッドではなく木蘭を引き出したのは、女性の方がより同情を煽ることができると計算したからだ。


「ただの脅しではないという証拠に、少し余興を見せてやろう」


 言った瞬間、イグナーツの剣が閃く。

 黒絹のようだと讃えられる髪が、ばさりと落ちた。

 女が泣きわめく姿を、イグナーツは期待したのかもしれない。

 だが、木蘭は表情ひとつ動かさなかった。


「くっ!

 この!」


 剣の腹で殴られる木蘭。

 いきり立つイグナーツを、屹っと睨み返す。

 それから、おもむろに口を開いた。


「策あらばことごとく挙げてこれをおこなえ!

 我をもって念と為すなかれ!!」


 激語である。

 どんな作戦でもいいから実行しろ。

 わたしの命など考慮に入れる必要はない。

 常勝将軍の異名をとる女は、そう言ったのだ。

 イグナーツが木蘭に殴りかかったのを最後に、全世界に送られた魔導通信は切れた。

 そしてそれは、ウィリアムにとって極めて大きな失敗となる。

 髪を切り落とされながらも毅然としていた女将軍の苛烈さは、王国の人々の戦意を挫くどころか士気を高めた。

 縛られた彼女を殴ったイグナーツは、恐怖ではなく侮蔑の対象となった。




 三月一四日。


 六カ国連合軍がフォアロックヒルズに迫る。

 降伏勧告から五日後の事である。

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