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群像~シャルヴィナ・ヴァナディース~

 静かな。

 静かで、荒涼とした平原。

 魔王軍と中央大陸連合軍が決戦をおこなった、プリュードの野。

 幾万もの命が、ここに消えた。

 風が、金色の髪をなびかせてゆく。

 たたずむ女。

 かたわらに立て置かれた、長大な剣。

 なにも言わず、なにも言えず、戦場跡を見つめる。

 魔王軍の将、ウィリアム・クライブの瞑る荒野を。

 ウィリアムという男がシャルヴィナにとって、どういう存在だったのか。

 それは彼女にすらよくわからない。

 あの日‥‥幼き日の出会い以来、憧憬を抱いてきたのはたしかだ。

 いつかこの人と肩を並べて戦いたいと思ってきたのもたしかだ。

 だが、一人の男性として見ていたのか、女として愛していたのかと問われれば、シャルヴィナは答えられない。

 そもそも、子を為すこともできない自分に、誰かを愛す資格などあろうか。

 金色の瞳に浮かぶ自嘲。

 それは、人ならざるものを示す妖瞳。

 人妖が人を愛すなど、お笑いぐさでしかないだろう。


「だが、俺はあいつが好きだったぜ。

 人間にしておくには惜しいくらいのいい男だった」


 裡なる声が告げた。

 シャルヴィナの表情が、苦笑めいたものに変わる。


「そうだな。

 一緒に戦うという夢が叶ったことは、望外の幸運というべきだろう」


 呟きが風にながれてゆく。

 それは、ひとつの反語だったのだろうか。

 ともに戦った戦が、最後の戦になった。

 なんと多くのものを失い、なんと多くのものを得た戦いだったろう。

 ただ、彼女の心はまだ得たものに目を向ける余裕がない。

 勇将ウィリアムの死とともに、自分の人生も終わった。

 あるいは、そう考えたのかもしれない。

 だからこそ、ウィリアムの身体を奪った魔王ザッガーリアを、彼女は赦すことができなかった。

 彼の人生は魔王に利用されたものでは、けっしてない。

 ウィリアムは理想に生き、理想のために死んだのだ。

 魔王復活のための供犠などであってたまるものか。

 荒野を見つめる瞳に力がこもる。


「そろそろいこうか。

 シャラ」


 と、背後から肩を叩かれた。

 振り向かなくともわかる。

 ロック・サージェントだ。


「そうだな‥‥」


 軽く息を吐くシャルヴィナ。

 それから、もう幾度いったかわからない言葉を口にした。


「べつに付き合ってくれなくても良いんだぞ」


 と。

 そして、ロックの返答も、いつも決まっている。


「もう、お前の影のささない場所を歩くのはごめんだからな」

「‥‥‥‥」


 黙って歩き出す女。

 半歩遅れて、女の背後を守るように歩く男。

 たしかに奇妙な縁だ。

 はじめは敵として出会った。

 いつの間にか相棒になっていた。

 先の戦いでは、ふたたび敵に戻った。

 もどったはずなのに、シャルヴィナの命を救ったのは、この男だった。


「愛してる」と、ロックは言う。

 だが、それが彼女にはわからない。

 子供を産めない女なのに、どうして愛される?

 そんな女に何の価値がある?

 間違った考え方なのだが、田舎と呼ぶのも馬鹿馬鹿しいような場所で生まれ育ったシャルヴィナは、そんな風に考えてしまうのだ。

 いつか、変われる日がくるのだろうか。

 去ってゆくふたりの後ろ姿を、幾万の血を吸った大地が見つめている。

 吹き抜ける風とともに。




 竜騎士たちの故郷は地図に載っていない。

 その所在を知るものも、多くはない。

 これまでも、そして、これからも。

 歴史は、彼らに微笑まなかった。

 竜たちのほとんどは大戦で滅び、住んでいた人々の多くは村を捨て、何処かへと移っていったという。

 それは、あるいは正しい姿なのかもしれない。

 あまりにも強大な力を持っていたからこそ、竜騎士は恐れられ、歴史の闇に封じられていったのではないか。

 旅をしながら、シャルヴィナはそう考えるようになっていた。

 自身が子を為せぬ理由も。

 強すぎる力。

 忌まわしき力。

 次代へ受け継ぐべきでは、ないのかもしれない。

 ゴーストタウンのような村を眺める。


「どうする?」


 ロックが訊ねた。

 もうここには、竜族の長マルドゥークを祀る老神官の夫婦しか暮らしていないという。

 彼らがこの世を去れば、無人の荒れ野になってしまうだけだろう。


「‥‥神官殿に預かっていただこう」


 淡々と応えるシャルヴィナ。

 ふたりがこの村を訪れたのは、ウィリアムが使っていた聖剣ケストナールを返すためだ。

 竜騎士たちの故郷に戻すのが最も良いと考えたのだ。

 しかし、その故郷のありさまがこれでは、ロックならずとも徒労感を感じてしまうだろう。

 数ヶ月に及ぶ旅をしてきたのに。


「‥‥いや。

 これでいいんだ」


 ぽつりぽつり。

 シャルヴィナが語る。

 ケストナールは旅を終えた。

 竜騎士たちが、その役割を終えたように。

 この上は、静かに眠らせてやるべきだろう。

 誰にも邪魔されず。

 ラストドラグーンの思い出を抱いて。




 天空に舞う巨大な竜。

 金色の翼。

 マルドゥークだ。

 村を去るふたりの上空。

 吠え声が歌のように響く。


「鎮魂の歌だ‥‥」


 見上げるシャルヴィナ。

 竜の言葉を解さないロックにはわからないが。


 勇者の魂をたたえよう。


  たとえ命がつきるとも。


 その魂は受け継がれる。


  彼が愛したものたちと。


 彼を愛するものたちに。


  いつかふたたびまみえる日まで。


 すっと。

 ロックがシャルヴィナの肩を抱く。


「ぁ‥‥」


 そのときはじめて、彼女は自分が泣いている事に気がついた。


「いま泣いても、恥じゃねぇよ」


 優しい声。

 頷くことしか、シャルヴィナにはできなかった。

 嗚咽が漏れる。

 天空では、鎮魂の歌が続いていた。

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