第十四話 決着、そして
「へへ‥‥ひっかかったな‥‥」
レノが呟く。
腹を竜の爪に貫かれたまま。
「黒い‥‥太陽っ!!!」
至近距離から叩きこまれた魔法が、ドラゴンの頭を潰した。
ゆっくりと崩れ落ちる竜。
地響きを立てて。
「人間はアンタたちよりずっと弱い。
けどな、アンタたちを倒すことができるんだ」
刺さった爪を引き抜きながらひとりごちるレノ。
血と体液の混じったものが地面を叩いた。
単に能力だけを考えれば、人間はこのエオスでも最も弱い部類にはいるだろう。
しかし、世界を支配したのは、獅子の爪も狼の牙も象の巨体も持たぬ無毛の猿たちだ。
それは何故か。
人間には他の生物にはない力が備わっていたから。
すなわち、智恵の力。
勝つための方策を練る力。
彼が突入する前に呪文の詠唱を終えていたことに、ドラゴンは気づかなかった。
最強の魔獣の、それが敗因だ。
もちろん、高い勝算があったわけではない。
狙ってピンゾロをだすような、そんなものだ。
それでもレノは賭に出た。
賭の確率は常に五分。
八割の可能性とか、三割の自信とか。
そんなものを彼は信じない。
のるかそるか。
ただそれだけだ。
賭に勝ったレノが、どっかりと大地に座り、やがて仰向けに寝転がる。
くわえたタバコから立ち上る紫煙。
「星が‥‥きれいだな‥‥」
呟き。
側に転がったふたつのダイス。
どちらも一の目が出ていた。
「大丈夫?
ジュリア」
木霊が声をかける。
その横には、ドラゴンの死体。
巨体を貫いた神成る槍が風に揺れる。
遠投されたワダツミが、間一髪、ジュリアの危機を救ったのだ。
「‥‥なんで‥‥?」
むしろ怒りに近い表情で、少女は恋人を見つめた。
「どうして、木霊がここにいるのよっ!」
鋭敏なジュリアは気づいていた。
おそらく他の聖騎士たちは空に浮かぶあの城に赴いているだろうことを。
天空魔城インダーラ。
あそこに魔王ザッガーリアがいる。
そして聖騎士とは、それを倒すために選ばれた人間だ。
「なんで‥‥こんなところにいるのよ‥‥」
「ジュリアが大切だから」
はっきりと答える少年。
血と泥にまみれた顔を、少女がそむけた。
嬉しくないといえば嘘になる。
しかし、
「世界の危機に‥‥」
「この世が滅んだって、闇に沈んだって関係ない。
世界のすべてより君が大切なんだ」
「ばか‥‥」
瞳を閉じ、恋人に身体を預ける少女。
いまは、少しだけ眠りたかった。
心地よい腕に抱かれて。
地上での戦いは終息に向かっていた。
竜の数が少なかったこと。
大都市であるアイリーンには強力な術者が多かったことなが、
おそらく人間たちの有利に働いたのだろう。
むろん、多大な損害は出したが。
そして空中での戦いもまた、終焉へと歩を進めている。
「シャラぁぁぁ!」
ロックの叫び。
「いまの‥‥うちだ‥‥」
シャラが微笑する。
ザッガーリアの触手に貫かれながら。
聖剣ケストナールで魔王を貫きながら。
彼女は自身の肉体を使って魔王の動きを封じたのだ。
「ぁ‥‥」
凄絶な光景に、崩そうになるルシア。
その肩を、アオイが軽く叩く。
「‥‥いくで」
握りしめられた最後の秘宝剣。
唇から滴る血は、自分で咬み破いたから。
「アオイさん‥‥」
年長の友人の顔を見、自らも唇を噛む少女。
怖いのは、痛いのは全員同じだ。
「いきますっ!」
ルシアが駆ける。
それを守るようにアオイも走る。
「絶対に、後ろにだけは倒れへんでっ!!」
不退転の覚悟とともに。
「シャラ‥‥」
ロックもまた、相棒に駆け寄りたい衝動と必死に戦いながら、魔王に斬りかかった。
それが彼女の望みだと知っていてたから。
もしそれに背けば、シャラは彼を許さないだろう。
そういう女性だということを、ロックは知っている。
「よくもシャラを傷つけやがったなっ!!!」
裂帛の気合いとともに叩きつけられる輪廻。
「俺たちも」
「ここは無茶しなきゃいけない場面だ」
「あの世で会おうぜっ!!」
ゲトリクス、サファ、カルマの三人も突撃する。
防御など考えない。
命の最後の一滴がこぼれ落ちるまで、戦って戦って。
戦いきってやる!
魔王の絶叫がインダーラに響く。
「これでっ」
閃く七宝聖剣。
「終わりやっ!!」
薙がれる最後の秘宝剣。
「人間ごときに予が敗れるというのか!?」
最後の絶叫。
それは断末魔の声。
土塊へと変わってゆくザッガーリアの身体。
がらん、と、大きな音を立ててケストナールが床に転がった。
「‥‥その慢心こそが敗因だったな‥‥魔王よ‥‥」
シャラの呟き。
最初からザッガーリアが全力で戦っていれば、人間たちが勝利する余地など薄紙一枚分もなかっただろう。
結局、彼は力の一パーセントも使わずに敗れ去った。
プライドだったのだろうか。
慢心だったのだろうか。
今となっては確かめる術もない。
ぐらりと倒れかかるシャラの身体。
慌ててロックが支えようとする。
が、
「うわぁ」
「なんだっ!!」
衝撃がきた。
バランスを崩して横転する仲間たち。
魔王が滅んだことで、インダーラがコントロールを失って落下を始めたのだ。
天空魔城の眼下にはアイリーンの街並みがある。
一〇〇万市民が暮らす街だ。
「もういっこ。
でかい仕事が残っとったな」
アオイが立ちあがる。
最後の力を振り絞るように。
「守るで!
きっちり!!」
『応っ!!』
仲間たちの声が唱和した。
エピローグ
巨大な水柱をたて、インダーラが着水する。
王都アイリーンの東、一キロメートルほど。
それが天空魔城の終焉の場所だ。
同時に、堕とされし魔王ザッガーリアの墓標となった。
魔王を倒した勇者はだれか。
多くの人々が知りたがったが、
ついにその名が明かされることはなかった。
ただ伝説に、
「エオスの護り手」
という記述を見出すのみである。
昇り始めた太陽が、没してゆく巨城を照らしだしていた。
弔いの宴のように。