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第十二話 おわりのはじまり

 ゆっくりと。

 ゆっくりと、巨大な城が浮き上がってゆく。

 地底魔城と呼ばれていた城。

 だがいま、その呼称は相応しくない。

 天空魔城。

 あえて名付けるなら、そういうことになるだろうか。

 禍々しいその城は、空を舞っているのだ。


「数千年ぶりの飛翔に、城も喜んでおるようだな」


 バルコニーにたった男が言った。

 黒髪黒瞳の偉丈夫。

 漆黒の鎧を身に纏い、闇色の長剣を腰に差す。

 ウィリアム・クライブの身体を使っているが、別人だ。

 否、人ではない。

 ザッガーリア。

 神々とすら同列の、魔王。

 彼の復活とともに魔城も復活を遂げた。

 数千年、数万年の昔、主神七柱と戦った天翔ける城「インダーラ」。


「ふたたび、我とともに歩もう。

 滅びの道を」


 親しい友人に語りかけるように、目を細めるザッガーリア。

 視界の中、大地がどんどん遠ざかってゆく。

 周囲を舞うドラゴンたち。

 竜騎士の青竜や銀竜だけではない。

 黒や赤の鱗を持つ竜もいる。

 ザッガーリアの再臨を祝うために訪れたのだ。

 最強の魔獣すら頭を垂れる存在。

 それが魔王なのである。


「アンディア。

 久しいな」


 手を振る魔王。

 黒の翼をはためかせ、一頭のドラゴンが魔城に舞い降りる。


「四千年ぶりでございます。

 ザッガーリアさま」


 人の姿を取り、かしずく黒竜アンディア。

 エンシェントドラゴン。

 長命の竜族の中でも一千年を閲することは難しい。

 しかしアンディアは、もう数千年の時を生きてきた。


「もうそんなになるか」

「生きてふたたびザッガーリアさまのお姿を見ることは、もはや叶わぬと思っておりました‥‥」

「許せ」

「謝罪など!

 ザッガーリアさまには似合いませぬ!」


 声を荒げる黒竜。

 苦笑がザッガリーアの口元に刻まれる。

 あのときも、そうだった。

 神々との最後の戦いに臨むとき、まだ若かったアンディアが最も血気盛んだった。

 ザッガーリアをむしろけしかけ、自ら先頭に立って神々の陣列に突入していったものだ。


「‥‥次は、負けられぬな」

「御意っ」


 老顔をほころばせるアンディア。

 かつての仲間は、ほとんどが冥界の門をくぐってしまった。

 紅の猛将ガラゴスも、魔界男爵ハラザールも、魔王の腹心シャミィも、魔剣士カラミティも。

 皆いなくなった。

 寂しくはなったが、アンディアはより以上の満足を感じている。

 数千年ぶりに、ザッガーリアとともに戦えるのだ。


「おそらく儂にとって最後の戦いになるだろう。

 この手で憎きアイリーンの首を取り、

 ザッガーリアさまに喜んでいただきたいものだ」


 声に出さず呟く。

 威風堂々とバルコニーから身を晒す主人を見ながら。

 浮遊城インダーラが、その速度を上げる。

 目指すのはアイリーンの都。

 至高神を僭称する小娘が祀られた土地。

 暗黒の城が、空を割って進む。




 問答無用だった。

 交渉の余地もなにもない。

 空に現れた巨大な城から幾条もの雷光が放たれ、街を灼く。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 表現そのままに、王都アイリーンが焼き払われてゆく。

 最初の一時間で数万人の死者が出た。

 魔王の攻撃に、人間はなすすべもないかと思われた。

 しかし、


「あまり人間をなめて欲しくないものだな」


 王城の一角。

 指揮台に立った国王マーツがインダーラを見据える。

 その左右には、花木蘭とガドミール・カイトス。

 ルアフィル・デ・アイリン王国における最高の軍事的才能が控えている。


「全軍、迎撃開始!!」

「はっ!」


 声まで揃えたカイトスと木蘭が、てきぱきと指示を下す。

 王城の各所から魔力光が伸び、インダーラを撃つ。

 それだけではない。

 軍艦が何隻もサウリーヌ川に侵入してくる。

 むろん、喫水の関係でさきに進めず立ち往生する。

 しかし、軍艦乗りたちは承知の上だった。

 突入した艦のひとつ、イーゴラの艦橋でセラフィン・アルマリックが吠える。


「砲台の役割が果たせれば充分よ!」


 紅い瞳が好戦的に輝いている。


「主砲斉射!

 腕千切れたって射撃やすむんじゃないわよ!!」


 湧き上がる鬨の声。

 人類の技術力の結晶である魔導砲が次々と火を吹き、魔王の居城に穴を穿つ。

 あるいは、人が魔を凌駕した瞬間だったのかもしれない。

 だが、それは長くは続かなかった。

 インダーラから、いくつもの影が舞い降りる。

 黒、赤、銀、青。

 それらは陽光を浴び、禍々しい美しさで空を飾った。

 ドラゴンである。

 ブレスが、爪が、牙が、動けない戦艦を切り裂いてゆく。


「負けないんだからっ!!」


 破壊された艦橋、倒れ伏して動かない砲手に代わって引き金をひきつづけるセラフィン。

 この国もこの街も、絶対に魔物たちの好きにさせたりしない。

 大好きな人たちが住む街。

 絶対に絶対に、


「守るんだから!」


 再びの衝撃がイーゴラを襲う。

 大きく傾ぐ船体。

 黒い竜が前部甲板に取り付いていた。

 アンディアだ。

 金の瞳が、じっと艦橋を見つめる。


「くっ」


 魔銃を構えるセラフィン。

 数千年を閲したブラックドラゴンに対して、あまりにも貧弱すぎる武器だ。


「‥‥‥‥」


 無言のまま、護衛のレナ・ベルシュタットが庇うように立った。

 竜の口が、大きく開く。

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