表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

第十一話 戦の後

 プリュードの決戦の後、魔王軍は散り散りになった。

 総司令と副司令を失ったからだ。

 もともとモンスターなどは集団行動に向いていない。

 ウィリアム・クライブの求心力によって統一されていただけなのだ。

 数万を数えた魔王軍が大地に溶け込むように消えてゆく。

 それはもはや軍隊ではなく、凶猛なモンスター集団ですらなく、一匹、二匹と狩り立てられる。

 秩序を失った魔物たちに対して、人間どもの追撃は容赦がなかった。

 敗北した侵略者の末路である。

 魔王軍がおこなった蛮行が、数倍の負債となって突き返されていた。

 その中にあって、かろうじて集団としての機能を維持している者たちもいる。

 わずか数頭にまで打ち減らされたドラグーンたちだ。

 彼らは主将の遺体を守り、屈辱の退却戦の末、プリンシバル平原へと辿り着く。

 魔王軍の本拠地、というより、魔王ザッガーリアの居城が瞑る魔の土地である。

 むろん入植などされていない。

 鳥獣の鳴き声すら響かぬ死の平原。

 中央部に巨大な亀裂。

 地の底まで裂けたような、絶望という名の深淵。

 地底魔城。

 生き残った竜騎士たちは、ここにウィリアムの遺体を運び込んだのだ。

 そして必死に訴えた。

 ザッガーリアのために戦った勇者を、どうして救ってくれなかったのか、と。

 その声に応じるかのように、闇が蠢く。


「ウィリアムの死は無駄ではない。

 我の依代となるのだからな」


 謁見の間に吹き上がる闇色の光。

 一瞬後、竜騎士たちは主将が立ちあがるのを見た。

 自ら首を切り落としたはずの勇者が、魔城の床を膝下に踏みしめ佇立している。

 頭部をも復元させて。

 否、復元という表現では事実にそくさない。

 闇よりもなお暗い、漆黒の髪。

 永久の虚無を映し出す、昏い瞳。

 それは、少なくともウィリアム・クライブの顔ではなかった。


「我に従いし勇者よ。

 その魂と肉体、けして無駄にはせぬ」


 紡がれる言葉。

 威に撃たれたように、竜騎士たちが頭を垂れる。

 ついに。

 このとき、ついに魔王ザッガーリアが地上に再臨したのだ。




 連合軍の追撃の手は、プリンシバルまでは及ばなかった。

 理由のひとつとしてプリュードの野で受けた打撃から回復するのに時間を費やした、というものがある。

 一五万将兵のうち、七万近くが戦死するという大きな犠牲を払って得た勝利である。

 生き残ったもののなかでも、無傷なものなどほとんどいなかった。

 ことに、バール帝国やドイル王国の部隊は、ほとんど全滅に近いありさまだ。

 アイリン軍から参加した青の軍は五万人中、戦死者が七千。

 全部隊の中で最も損害が少なかった。

 むろん、後方に隠れていたわけではない。

 担った危険度では、他国の部隊と変わるところなどない。

 にもかかわらず損害が少なかったのは、いかに強く、いかに巧みに戦ったかという証拠である。

 大陸一の強兵。

 その評判は、けっして誇張ではなかった。


「だが、無傷というわけにはいかない」


 遺族への、謝罪と悔やみの手紙を書きながら、ガドミール・カイトスがぽつりと言った。

 彼は初陣以来、戦いの都度こうして手紙をしたためている。

 さすがに全員に一通一通というわけにはいかず、

 形式としては大本営発表に近いものになってしまう。

 偽善かもしれない。

 自己満足かもしれない。

 それでも、彼の指揮の下で死んでいった人間がいるのはたしかなのだ。


「戦う以上、犠牲が出るのは当然です」


 不意に背後から声がかかった。

 サミュエル・スミス。

 SSSという異称をもつ若き用兵家である。


「わかってはいるのだが」


 苦笑をたたえるカイトス。

 若き参謀もまた微笑した。

 戦争はゲームではない。

 戦えば犠牲は出る。

 それは当たり前のことだ。

 戦死者をゼロにするためには、戦いそのものをやめるしかない。

 たとえ自軍に死者が出なかったとしても、敵軍には出る。

 それが殺しあいというものだ。

 だがら、少なくとも用兵家には道徳上の優劣はない。

 敵を殺そうが、味方を死なせようが、結局は大量殺戮者なのだから。


「魔軍司令および副司令が行方不明です」


 サミュエルが報告する。

 笑って済ませられる範囲のことではない。

 カイトスの顔が引き締まった。


「魔王軍の潰走からみて、どちらも戦死したと思うのだがな」

「私もそう思いますが‥‥」

「保留付きか」

「ウィリアム・クライブについては、自刃を目撃したものが幾人もおります。

 死体が発見されないのが不気味ではありますが、まず問題ないかと」

「と、いうことは、もう一人の方がSSSは気になるわけだな?」

「はい。

 じつは‥‥」


 集めた情報を披露するSSS。

 魔軍副司令たるシャルヴィナ・ヴァナディースは、まだ生きているという。

 しかもそれを保護したのは、カイトスやSSSとも親交の深い、

 暁の女神亭の面々だと報告があったのだ。


「‥‥厄介だな」

「はい‥‥」


 シャルヴィナ・ヴァナディースは、人間の世界そのものに戦いを挑んだ大悪人である。

 当然、捕まれば処刑される。

 つまり暁の女神亭は犯罪者を匿っていることになるのだ。

 これは、いかにもまずい状況である。

 世論が知ったら、常勝将軍の名声も地に落ちるかもしれない。

 なにしろシャラとは、先のアイリーン攻撃を指揮していた人物だからだ。

 あの戦いで千人近い市民が犠牲になり、それに百倍する人々が家などを失ったのである。

 今度ばかりは、気まぐれでは済まない。


「俺たちの方で、どこまで誤魔化せるかだな」


 カイトスの溜息。


「目撃証言などはすべて焼却しました。

 しばらくは大丈夫だと思います」

「仕事がはやいね。

 お前さん」

「スピードキングでですから」


 にやりと笑みを交わす。

 ふたりは謀議をしているのだが、どことなく悪戯の相談をする悪ガキのようでもあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ