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第十話 プリュードの野の血戦

 風が雲を千切り、夜空を露出させる。

 白黴の生えたような月明かりが、プリュードの野を照らす。

 王都アイリーンから南西に七〇キロメートル。


「ここで魔王軍を食い止める」


 布陣する六ヶ国連合軍の陣中、総司令官ガドミール・カイトスが言った。

 皮肉な口調。

 本当はそんなに積極的な状況ではない。

 ここを抜けられたら、アイリーンまでは目と鼻の先だ。

 もう後がないのだ。

 なにがなんでも決着をつけるしかない。


「敵影見ゆ!

 一一時の方向!!」


 索敵士官が告げる。


「いよいよですな」


 軽い緊張をたたえ参謀長サミュエル・スミスが言った


「ああ」


 指揮座から立ちあがったカイトス。

 さっと指揮棒が躍る。

 ついに、世界の方向性を決める戦いが始まるのである。




 連合軍の陣形は、オーソドックスな凸形陣。

 全軍一五万という大軍である。

 区々たる小戦術など意味がない。


 前衛三万。

 右翼三万。

 左翼三万。

 本隊に六万。


 この六万の本隊は、同時に補充部隊となって各隊の損害に応じて増援を出す。

 新味はないが、まず順当な布陣である。

 対する魔王軍は八万。

 ほぼ半数の兵力で斜線陣を敷いている。

 兵力差を移動で補うつもりなのは明白だった。


「それと、ドラグーンだろうね」


 近づいてくる魔王軍を見つめ、オリフィック・フウザーは呟いた。

 双方から、無数の矢と魔法が飛ぶ。

 当初、プリュードの夜戦は平凡な形で幕を開けた。

 連合軍総司令官カイトスも魔軍司令ウィリアム・クライブも、凡将からはほど遠い男だ。

 しかし、名将同士の戦いが凡庸な開幕をするのは珍しい話ではない。

 相手の奇策を警戒してしまうのだ。

 もちろん、平凡な形だからといって戦死者がでないわけがない。

 最前線はすでに血なまぐささたけなわだ。

 悍馬が吠え。

 魔法が炸裂し、槍が唸り、剣戟が火花を飛び散らせる。

 血と破壊は一瞬ごとに増大してゆく。

 馬蹄に踏まれた頭が脳漿と眼球を撒き散らし、それを軍靴が踏みつぶしてゆく。

 千切れた腕や足が、大地の一部と化してゆく。

 悪夢に登場しそうな光景は、強烈な血の匂いを伴っていた。


「はっ!」

「突撃!!」


 テオドール・オルローとリアノーン・セレンフィア。

 愛馬に拍車をくれ、戦場を駆ける。

 ふたりとも一二五〇名の兵を率いる士官である。

 位置は右翼。

 PW(パーソナルウォーリア)隊一万が配置されている場所だ。

 もともとPWとは集団戦においては役に立たない。

 とくに防御戦になったときはひどい有り様になる。

 逆に、個人としての戦闘力は高いから、攻勢にうまく用いれば実数以上の働きが期待できる。

 だから攻撃の主体となる右翼への配置だった。

 現在、魔王軍の斜線陣は、連合軍の右翼および前衛に攻撃を仕掛けている。

 こうやって数的不利を補っているわけだ。

 前衛と右翼を合すれば六万。

 この部分だけを考えれば魔王軍の方が多い。

 しかし、左翼が魔王軍の後ろに回り込んだとき、形勢は逆転するだろう。


「そうさせないために、俺がいるのだがな」


 夜空を舞う青銀の竜。

 ティダニアが口を歪ませた。

 瞬間。

 天空から降りそそぐ隕石が、連合軍左翼を直撃する。

 怒号。

 悲鳴。

 たった一撃で二〇〇〇名以上が死亡した。

 これが星竜の力、シューティングスターである。


「すこし俺に付き合ってもらう。

 人間ども」




「はぁぁぁ!!」


 天獄が駆ける。


「破っ!」


 カルマが舞う。


「分身の術!!」


 木霊の忍術が炸裂する。

 PW隊の一角。

 暁の女神亭に関係ある勇者たちも、必死の戦いを続けている。

 彼らの正面にはリザードナイトの一隊。

 この局面だけをいうなら二対一の劣勢にあった。


「まったく。

 きりがないったら」


 呟いたアオイが、広範囲魔法で何匹かを足止めする。

 単体攻撃では速度の速いリザードナイトを捉えられないのだ。


「大友!」


 ペットのヘルハウンドに命令。


「輪廻!!」


 ロックが神具の力を使って倒す。


「きついな‥‥」

「それはいいっこなしやで」


 カルマと天獄が背中合わせになりながら戦う。

 彼らほど卓越した戦士でもリザードナイトは強敵だ。

 さらに数も多いのだから性質が悪い。


「中ボスクラスが雑魚で出てくるんだから、洒落にならないわね」

「なんだそりゃ」


 アオイの言葉にロックが苦笑を浮かべた。

 この苦境にあっても冗談がこぼれるのは、彼らに共通する悪癖だろう。


「‥‥‥‥」


 木霊が空を見あげる。

 なにかの羽ばたきを聞いたような気がして。

 幻聴、ではない。

 西の空を埋め尽くすドラゴンの群れ。

 到着したのだ。

 魔王軍の主力が。




 沈んだ太陽を沖天に引き戻すような。

 眩い光が戦場を包んだ。

 一〇〇〇頭のドラゴンが、一斉にブレスを吐いたのである。


「そんな‥‥」


 リアノーンが呟く。


「ばかな‥‥」


 テオドールもまた、我が目を疑った。

 消滅したのだ。

 前衛部隊が。

 三万もの人馬が、一瞬で。

 とても信じられない、だが完全な事実だった。

 アオイ、カルマ、木霊、ロック、天獄。

 いずれも臆病からは程遠い者たちが、声を出すことすらできずに、悪夢の光景を眺める。

 呆然と立ちすくむ連合軍を、魔軍の地上部隊が次々と打ち倒してゆく。

 勝敗は、一気に決するかと思われた。

 しかし、


「一斉攻撃で相乗効果を生み出す。

 ブレス版マジックブーストってところだね。

 見事な攻撃だけど、弱点がひとつ」


 本隊で傲然とうそぶいたのは、稀代の大魔法使い。

 その手には、眩いばかりの魔力光。

 わずかの躊躇もなく、打ち上げる。

 ドラゴンの群へと向かって。

 神すら滅ぼす光が、ドラゴンたちを討ち滅ぼす。

 一瞬で、半数ほどを。


「ブレスバーストは密集しないと使えない。

 でも密集したら、この通り」


 凄絶な笑み。

 竜たちが散開するのを蒼い目に映しながら。

 揚力を失ったドラゴンが一〇〇頭ほど、連合軍右翼の方へ落ちてゆく。


「墜落死してくれるほど甘い相手じゃないだろうな‥‥」


 ぼそりとカイトスが呟いた。


「では、援軍を差し向けますか?」


 サミュエルが問う。

 回答を予期しながら。


「‥‥そんな余裕はない。

 予備兵力はすべて前線に投入しなくては戦線自体が崩壊する」

「その通りですな」


 現在、本隊と敵軍との間には、なにものも存在しないのだ。

 直撃されたら、完全に終わりである。

 だから今は、早急に前衛部隊を作り直さなくてはならない。

 司令官が言明した通り、予備兵力をすべて注ぎ込んででも、である。

 したがって右翼を援護する余力などまったくない。

 現有戦力をもって戦ってもらうしかないのだ。


「リアン‥‥テオ‥‥死ぬなよ」


 胸中に呟くSSSだった。




 右翼部隊は苦戦していた。

 否、苦戦という言葉では、事実に追いつかないだろう。


「はぁ はぁ‥‥」


 血でぬめる手でレーザーブレードを握りしめる天獄。

 視界がかすむ。

 気を失わないのは、全身に負った傷が絶え間なく激痛を神経に運んでくれるからだ。

 仲間たちも似たような状況である。

 最強の魔獣、神に最も近い種族。

 ドラゴンを表す別称が誇大でないことを、誰もが再確認していた。

 鋼よりもなお強固な鱗。

 剣よりもなお鋭い爪。

 破城槌よりもなお強い尾。

 そして、人間を骨すらも残さず焼き尽くすブレス。

 まともにドラゴンたちと戦うことになったPW隊は、この一〇分あまりの戦闘で、ほとんど壊滅的な打撃を受けている。

 開戦時一万人いた部隊。

 いま生き残っているのは、二千か、三千か。

 すでに損傷率は六〇パーセントを超えているのだ。


「しかし、退くわけにはいかぬ!」

「当然!!」


 リアノーンとテオドールの騎馬部隊が、ドラゴンにチャージ攻撃をかける。

 幾度も幾度も。

 防御など考えていたら、絶対に勝てないのだ。

 攻勢あるのみ!

 ふたりあわせて二五〇〇名の部隊は、すでに一七〇〇名にまで打ち減らされている。


「それでも!」


 アオイが放つ魔力光。


「守るために!」


 木霊の手に現れる神槍ワダツミ。

 特攻にちかい形で突っ込んで行く。

 崩れそうに見えて、右翼部隊は崩れない。


「ここは一気に突き崩したいところだな」


 天空から呟く声。

 ティダニア。

 シューティングスターで、一挙に右翼を壊滅させる。

 そうすれば連合軍は片翼をもがれたと同じことだ。


「天駆ける星の仔らよ、星竜が眷属「ティダニア」の下へ集え 一つになりて わが敵を貫け!!」


 巨大な岩石の塊が、天空から舞い落ちる。

 一直線に。

 右翼部隊へと向かって。

 そして、


「そうくると思っていたよ」


 突如として落下点に現れる人影。

 風になびく金色の髪。

 放たれる、神滅ぼしの光。

 空中で激突した、巨大な力。

 衝撃波で、ほとんどのものが大地に叩きつけられる。

 ティダニアも例外ではなかった。

 揚力を失い、真っ逆さまに落下した星竜が起きあがろうともがく。


「とどめだっ!」


 いちはやく身を起こしたカルマが、赤い光を放つ魔剣をかざして斬りかかる。

 だが、


「ぐわっ!?」

 凄まじい風圧が、青年を後ろに弾き飛ばした。

 舞い降りてくる金色。

 月の光を浴びて輝くゴールドドラゴン、アイアール。

 その姿は神々しくすら見えた。


「待たせたな。

 キアル」


 PWたちを見はるかし、呟く。

 ゆっくりと近づいてくる影に向かって。


「‥‥今は、ディールだ」

「強さを求めるあまり闇に身を委ねたか」

「‥‥‥‥」

「汝に正義があるなら、堂々と理をもって通れ。

 闇の力では我に勝てぬ」

「‥‥やってみなくては、わかるまい」


 言い放つディール。

 それが、戦闘開始の合図となった。

 ディールが吠え。

 天獄が駆け。

 木霊が突き。

 カルマが斬りかかる。

 全身全霊をあげて、渾身の力を込めて。

 しかし、


「ぐおっ!?」


 吹き飛ばされる天獄。

 肋骨の折れ砕ける音。

 尻尾で腹部を打たれたのだ。

 投げ捨てられる壊れた人形のように、二度三度とバウンドして無様に転がる。


「大丈夫か?」


 その横に降り立ったカルマが訊ねた。


「大丈夫なわけないやろ‥‥」


 のろのろと身を起こす天獄。

 黒い瞳に、とんでもない光景が映る。


「カルマお前っ!

 腸はみだしとるっ!!」


 左手で腹を押さえた戦友。

 間断なく血が噴き出し、内臓も露出している。


「おまえ‥‥」

「もう、そう長時間は戦えない」

「無茶しよってから‥‥」

「無茶しないで勝てる相手なのか?」

「‥‥そのとおりやな」


 なんとか立ちあがる天獄。

 息が苦しい。

 が、そんなことをいっている場合ではない。

 感覚を失いつつある腕に噛みつき、無理矢理にでも握力を取り戻させる。


「準備できたか?」


 ちらりと戦友を見たカルマが言った。


「バッチリやで」


 にやりと笑う。

 饗宴は、まだ終わらない。


「どうりゃ!!」


 木霊のワダツミが、アイアールの腹部を貫く。

 激痛が金竜の身体を駆けるが、かまうことなく振るわれる腕。

 凄まじい量の血が噴き出す。

 ざっくりと切り裂かれる木霊の身体。

 袈裟懸け。

 少年の左腕が腱一本を残して取れかかる。

 それを抱え込むように倒れる木霊。

 ぴくぴくと痙攣している。

 致命傷に近い打撃を受けたが、だが、一太刀浴びせた。

 これで確実に、金竜の動きは悪くなるはず。

 ディールがアイアールの背中に組み付き、何度も剣を突き刺す。

 むろん彼も満身創痍だ。

 右腕は関節を砕かれ、翼はへし折られ、全身から絶え間ない出血が続いている。

 しかし、だからこそ攻撃の手を緩めるわけにいかないのだ。


「破ぁ!!」


 決死で振るったカルマの剣が、金竜の右腕を飛ばした。

 一瞬、動きが止まるドラゴン。


「チャンス!」


 激痛を無視してジャンプした天獄。

 首を刎ねようとレーザーブレードを振るう。

 もし彼が一人で攻撃したなら、アイアールは苦もなく防いでいただろう。

 しかし、


「あたしの自由も、みんなの自由も、奪わせない!

 絶対に!!!」


 同時に反対方向から振るわれたアオイの攻撃。

 クロスするように。

 レーザーブレードと最後の秘宝剣。

 過負荷に耐えかねたように、アイアールの首が飛ぶ。

 断末魔の声をあげることもなく。




 一方、もう一頭の竜も死に瀕していた。

 ティダニアだ。

 彼が依り代ににしているシャラという女性。

 その身体が限界に近づきつつあった。


「もどってこいよ‥‥」


 対峙する青年が言う。

 ドイル神の聖騎士、ロック。


「‥‥斬れ」


 命令口調。

 だが、それは嘆願だ。

 シャラは死にたがっている。

 理性以外の何かで、ロックは察していた。

 だから、


「‥‥いいだろう」


 輪廻を正眼に構える。

 一閃。

 シャラの身体が、地面に崩れた。

 竜の鱗を失って。

 神具では人を殺せない。

 命を奪うためのものではないから。

 ロックがおこなったのは、解放の儀式。

 星竜から、相棒を引きはがす。

 確率は高くない。

 むしろ一割も成功率はないだろう。

 それでも、彼は彼女に戻ってきて欲しかった。


「帰ろうぜ‥‥シャラ‥‥」


 自分のマントを裸の相棒に掛け、抱き上げる。

 ふらふらと歩き去る姿に、だれも、声をかけることはできなかった。




  エピローグ


 朝焼け。

 血の色の夜が、終わる。

 連合軍は勝利の代償として、六万八千の命を支払った。

 太陽が、冷酷な光で戦場を照らす。

 自らの首を切り落とした敗将。

 傍ら。

 聖剣ケストナールが大地に突き立っていた。

 墓標のように。

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