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第九話 決戦前夜

 どんな軍隊でも、永遠に戦い続けることはできない。

 休息や補給が必要なのだ。

 これは常識の範囲内にあることである。

 フォアロックヒルズ近郊の戦いが幕を閉じた後、六カ国連合軍は王都アイリーンへと帰還した。

 魔王軍を追尾しても意味がなかったからであるが、ほかにも理由がある。

 足の遅い補給部隊を切り離して行軍速度をあげていたのだ。

 つまり連合軍の物資は少なく、長期戦は戦えない。

 それに、強行軍と激戦によって兵士たちの疲労度はほぼピークに達している。

 休養させなくてはどうにもならない。

 散文的な理由ではあったが、ひとまずは凱旋である。

 連合軍はアイリーン市民の熱烈な歓迎を受けた。

 むろん、まだ戦いが終ったわけではない。

 完全に緊張の糸を解くわけにはいかないが、凱旋した日と翌日はお祭り騒ぎであった。




「木蘭は、まだ休暇中なのか?」


 書類を決裁しながら、ガドミール・カイトスが言った。

 アイリン王国軍大本営。

 臨時に六カ国連合軍総司令部を兼ねている。


「この機会にゆっくり休め、と、マーツ陛下の御状でしたからな」


 サミュエル・スミスが応えた。

 ともに階級は中将だが本来の所属は異なる。

 総司令官たる前者はアイリン王国軍所属。

 総参謀長たる後者はセムリナ公国軍の所属である。

 つい一年前には考えもつかなかった組み合わせだ。

 これに、先ほどカイトスが話題に出した花木蘭大将が加われば、中央大陸で最高の軍事的才能をもつ三人が一堂に会することになる。

 だが、それは先に延ばさなくてはならないようであった。

 木蘭の軍才はカイトスに及ばない。

 幾度かの戦いで証明されていることである。

 しかし、指揮官としての人気では黒髪の女将軍がはるかに凌ぐだろう。

 というより、木蘭以上に人気のある将帥などどこにもいなかった。

 だからこそ魔王軍は彼女を恐れたのだ。

 彼女を捕らえ、洗脳し、味方に引き入れることによって、魔王軍の勝算は一気に高まる。

 もし木蘭が魔王軍の総帥となり、


「わたしとともに新しい時代を築こう」


 などと演説したらどうなっていたか。

 剛胆なカイトスですら、その想像に戦慄する。

 二〇万モンスター軍団と一〇〇〇の竜騎士だけではない。

 どれほどの数が雪崩をうって女将軍のもとに馳せ参じるか、計算することもできない。

 その意味では、木蘭の髪を切り落としたフィリップ・イグナーツは、大変な功労者である。

 連合軍にとって。

 あの蛮行で、魔王軍伐つべしの気運が一気に高まったのだから。

 魔王軍にしてみれば大きすぎる失敗だ。

 せっかく手に入れた根拠地と切り札を失う結果になってしまった。

 この失地を回復するには、


「大攻勢をかけるしかないでしょうな」


 淡々と、サミュエルが告げた。

 一挙に王都アイリーンを陥とし、中央大陸に覇を唱える。

 ほかに選択肢はない。


「これまでにない覚悟と壮大な戦術をもって押し寄せてくるだろうな」


 カイトスの言葉。

 不敗の名将の顔にも、緊張感が溢れていた。

 軽く頷いたサミュエルが報告の続きをする。


「予想以上に義勇兵が集まっています。

 総数で二〇万を超えそうですな」


 連合軍はもともとアイリーン王国軍を中心に一五万だった。

 これがフォアロックヒルズの戦いで一万ほど減り、代わって六万以上の義勇兵が志願してきたというわけである。


「勇気には敬意を表するが‥‥」

「無原則に増えても食わせるものがありませんなぁ」


 ぽりぽりと頬を掻くサミュエル。

 兵力が増えたといって喜んでばかりもいられない。

 補給能力の問題もあるし、レジスタンスというものは本来、烏合の衆だからだ。

 装備や指揮系統において、という意味で。

 個人戦の勇者を幾万人揃えても、同数の機能的な軍隊には勝てない。

 指揮力とは、そういうことなのである。

 この場合、義勇兵たちは個人戦闘員として用いることになるのだが、六万ものPWなど使いようもない。


「年齢その他を考慮に入れまして、一万まで絞り込みます」

「そうしてくれ」


 サミュエルは、一五歳以下と五〇歳以上をはじき、体格に制限を設けることで、戦意は高いレジスタンスたちをふるい分けていった。

 説得に、さんざん苦労しながら。




 そして、三月二四日正午。

 魔導スクリーンの前に、魔軍司令ウィリアム・クライブが現れる。

 二度目の通信ジャック。

 金竜の勇者の手には、長大な剣が握られていた。

 聖剣ケストナールである。

 竜騎士が剣をもって現れたのだから、その意図は明白だった。


「決闘状だな。

 ようするに」


 ホールの壁に映し出された幻灯機の映像を見ながら、木蘭が呟く。


「古風なことだね」


 その横で軽口を叩くのは、金の髪の魔法使い。

 オリフィック・フウザーだ。

 ちらりと、女将軍がそちらを見る。

 スクリーンのウィリアムの演説が続いていた。

 彼はまず、木蘭やマーツにおこなった蛮行を詫びた。

 これで観衆が毒気を抜かれる。

 だが、驚くにはまだ早かった。

 ウィリアムは、魔王軍の侵攻ルートをも語ったのである。

 プリンシバルから真っ直ぐに王都アイリーンを目指す、と。

 剛胆という表現ですら追いつかない。

 口笛を吹くフウザー。


「むしろ策士だな」


 しかし、木蘭は友に同調しなかった。

 魔王軍の侵攻ルートは、じつはこれしかないのだ。

 一〇万を超える大軍である。

 複雑な行軍などできない。

 街道に沿って直線的に進軍するしかない。

 そんなものは連合軍でもとっくに予測している。

 ウィリアムも知っているだろう。

 だから言ったのだ。

 どうせ知られているのだから公表したって痛くもかゆくもない。

 さらに、公明正大さをアピールすることができる。

 このあたりは監禁事件に関する謝罪とおなじだ。


「願わくば、一戦をもって雌雄を決せん」


 竜騎士の演説は、そう締めくくられた。

 まさに挑戦状である。


「正々堂々、と、言いたいところだがな」


 木蘭の表情は苦い。

 このような演説をされては城壁を利用した籠城戦はやりにくくなる。

 さらに、アイリーンまで引き付けられないということは、艦砲射撃による援護も不可能ということだ。


「どうしてどうして。

 結局、自分たちが一番得意な野戦に持ち込んじゃうわけだ」


 肩をすくめて、稀代の大魔法使いが席を立った。


「行くのか?」


 問いかけに、軽く頷く。

 やや躊躇ったあと、


「死ぬなよ。

 バロックが泣くぞ」


 と、木蘭が言った。

 手を振って店を出てゆくフウザー。

 午後の日差しが窓越しに降りそそいでいる。




 翌日、連合軍総司令官カイトスから全将兵に休暇が与えられた。

 三六時間の。

 それは、決戦前の最後の自由時間。


「思い残すことのないように」


 と、サミュエルが念を押したように。

 連合軍は、三月二六日にアイリーンを進発する。

 両軍の距離がこのまま狭まっていけば、二日後に激突するだろう。

 世界の運命を握る戦いの幕が、ゆっくりとあがってゆく。

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