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序章 聖騎士

序章  ~聖騎士~

 周知の通り、至高神アイリーンの聖騎士は 二〇〇年以上もの期間あらわれていない。

 より正確には、二二四年間である。

 最後の聖騎士となったのは、シャーリー・ウォルター。

 しなやかな金色の髪と、夏の草原の色の瞳を持った女性だ。

 彼女はもともと高名な剣士だったわけではない。

 学者だったわけでも、魔法使いだったわけでも、神官だったわけでもなかった。

 シャーリーの前半生は、芸妓である。

 後半生は、アイリーン神の聖騎士として数十万の勇者たちを率い、闇の軍勢と戦った女将軍。

 生涯そのものが叙事詩のような人物だ。

 そのシャーリーが生まれ育ったのは、王都アイリーンから一〇〇キロほど南に下った小さな港町である。

 幼少の頃、この地において兵乱が起こり、彼女は王都へと移住した。

 その際に両親を失ったという。

 孤児となったシャーリーは、娼館のひとつに身を置き、舞や歌などの修行をした。

 そしてたちまち、王都でも指折りの芸妓になる。

 美しく聡明で、利発で機転が利き、 歌も楽器も舞も驚くほど上手かったからだ。

 彼女が学んだのは、芸術科目だけではない。

 馬術や弓術、剣術などの武芸も熱心に修行した。

 あるいは、何か心に期するものがあったのかもしれない。

 当時、王都一の美姫、シャーリーを望むものはいくらでもいた。

 高級官僚、将軍、富豪。

 それこそ両手の指の数では数えられないほどだ。

 彼らの申し出に頷けば、その日から彼女は何不自由ない生活を送ることができただろう。

 しかし、彼女は首を横に振り続け、浮き沈みの激しい世界に身を置いていた。




 アイリン暦二六〇年。大陸暦一七四〇年。

 世界を暗雲が覆う。

 はじまりは、バール帝国のアガエルという将軍が起こした反乱だった。

 彼は麾下の部隊一〇万を率いて帝都へと攻め上った。

 ただ、それだけであれば、大事件ではあるもののルアフィル・デ・アイリン王国には関係ないはずだった。

 しかし、各国で同様の反乱や政変が相次ぎ、ついには王都アイリーンにも戦火が迫った。

 ときの国王ラルス二世の足元で、近衛兵団のシグード将軍が反旗を翻し、 国王を人質に取ったのである。

 むろん、この報にアイリーン市内は驚倒した。

 ラルス二世という人はとりたてて人気のある国王ではなかったが、 かといってシグードが支配者になることを望んだものなど一人もいなかった。

 このとき起ったのが、シャーリーである。

 彼女は優美な衣装に身を包み、単身、王城に参内した。

 「シグード将軍のご偉業を慶賀するために参上致しました。

 わたくしのつたない舞などをご鑑賞いただければ幸いです」

 と。

 むろんこれは、シグードに近づくための口実であるが、王都一の美姫の申し出である。

 喜んだシグードはシャーリーを大広間へと招じ入れ、 いくつかの言葉を交わした後に剣の舞を披露するように命じた。

 そうなるように、話術の粋を凝らしてシャーリーが誘導したのだ。

 二振りの剣が手渡され、シャーリーは舞い始める。

 髪の羽根飾りがゆれ、足首に結んだ鈴が軽やかな音色を奏でる。

 袖がひるがえり、両手に持った剣が虹色の煌めく。

 流麗な動作は、一瞬も滞ることがない。

 大広間に集った一同は、ただ息を呑んで見とれるだけであった。

 そして舞が佳境に入ったとき。

 突如として、シャーリーの動きが変わる。

 大きく跳んだ彼女が剣を振り、 恍惚の表情を浮かべたシグードの首が床に転がった。

 その光景の意味を、最初、誰も気づかなかった。

 シグードの側近たちが動いたのは、主の血が床を叩いたときである。

 すでにシャーリーは戦闘態勢を整えていた。

 舞の続きであるように剣が踊り、鈴の音が響く。

 男ども無粋な怒号すら、華麗な音楽のようだった。

 純白の舞装束。

 長く伸ばした帯が、一瞬たりとも床につくことなかった。

 彼女が動きを止めたとき、大広間にいたシグードの側近たちはすべて息絶えていた。

 たった一人で、二〇人以上を斬り伏せたのである。

 救出されたラルス王は息を呑む。

 シャーリーのあまりの美しさに。

 純白の衣装を染めあげた返り血の鮮やかさに。


「汝は人の子とは思えぬ。

 セムリナ神の御使いではないのか」

「否。

 我が主はアイリーンにございます」


 という会話が、公式記録に残っている。

 実際にはもっとくだけた言葉が使われたのだろうが。


 とにかく、シャーリーはアイリーンの聖騎士として 国王を助けにきたのである。

 深く感謝したラルス王は、彼女に将軍位を与えた。

 シャーリー、二二歳の夏である。


 その後、シャーリーはアイリーンの名のもとに各国の聖騎士を糾合し、

 中央大陸に広がった混乱を終息へと向かわさせてゆく。

 じつは混乱の地下茎は一点へとのびていたのだ。


 魔王ザッガーリア。

 大陸の覇権を握ろうとした、人ならざるもの。

 聖騎士たちの軍勢とザッガーリアの軍勢が、最後の決戦を繰り広げたブリンシバル平原。

 人と魔の戦いは、かろうじて人間の勝利に終わり、魔王はふたたび地の底へと封印された。

 そして平和が訪れるのだが、いくつかの副産物も残した。

 ルアフィル・デ・アイリン王国が大陸の盟主たる地位を占めたことも、そのひとつである。

 ちなみにシャーリー自身のその後には、特筆すべき事はあまりない。

 ほどなく公職を退き、平凡な男性と家庭を築き、アイリン暦三〇〇年にこの世を去る。

 享年六二歳だった。

 ひとつの時代を作った女英雄の死に、多くの人々が涙したと伝えられている。




 そして時が流れ‥‥。

 いまは、アイリン暦五二四年。大陸暦二〇〇四年である。

 アイリーン神の聖騎士は、未だ現れない。

 しかし、大陸には少しずつ暗雲が近づいていた。

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