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一人ぼっちの少女②

「再調査を要請? ふざけるなよ。」


 機嫌の悪いロウは一人廊下を歩く。

 昨日のロウの調査資料は上層部に気に入ってもらえず、ライはまだ治療室で寝込んでいる。最悪の状況だ。

 今ロウはその治療室へ向かっている最中だ。


「機関はあの程度の異変には恒常的な人員を割きたくないんだろう。いつもいつも気持ち悪い。」


 ロウはイライラを少しでも和らげるために呟きながら、看護師案内の元ライの居場所へ向かう。


 もともと、ロウは機関が嫌いである。

 自分をこんなことに巻き込んだ全てを恨んでいる。

 だが、どうしようもならないこともあるらしいとロウは知った。

 故にどうもしない。――今は。


「そもそも、仕事ダメだったなんてライにどうやって伝えればいいんだよ・・・。」


 頭を抱えつつも、ロウはライのいる部屋のカーテンを開ける。

 そしてロウは目を見開いた。


 ライはそのベットにはいないように見えたからだ。

 というより、正しく事実としてライはそこにいなかったのだ。

 ライはロウ自身が3時間ほど前にこのベッドへ運び込んだはず。

 初めに浮かんだ疑問は「なぜ?」だ。

 この仕事についたおかげで磨きに磨かれたロウの危機管理センサーが反応している。ただならぬ状況だと。


「看護師さん! ここにいたライはどこへ!?」


 ロウは急いで確認しする。


「出入りは確認していませんね。時間差で変異によって存在が消失したとかでしょうか? でしたらもう助かりませんね。」


「ふざけないでくださいよ!」


「いえ。ここだと割とよく見る光景ですが? 遅効性の毒みたいな物ですよ。気を付けなかったあなた方が悪いんです。」


 看護師の答えに絶句半分、怒り半分で押し黙るロウ。

 正論であるがゆえに、看護師とこれ以上話しても無駄だと意識を切って、とりあえずベットのあたりにライのいた痕跡が無いかを探すロウ。


「どこだ!」


 有用な痕跡は見当たらなかったロウは声を漏らす。血の跡などが無いのはせめてもの救いだが、それでも状況は最悪だった。

 ライが消えた原因。その心当たりは正直言って一つしかない。

 ロウは心当たりである"増殖させるぬいぐるみ"の元へと足を急がせた。


「ライが死ぬことを覚悟してなかったわけじゃない。でも、ハルだけでなくお前も守れないなんて許せない。諦めないぞ・・・!」


  ▽▲▽▲▽▲


 ライが意識を覚ますと夢の中にいた。


 周りを見渡してみれば、ライを取り囲むのは自分の二、三倍もデカいような家の廊下である。

 自分の二、三倍もでかいと言った通り、廊下といえど幅が広々としていて廊下なのに廊下だと瞬時に感じられないような場所だ。

 強いて言うならば、「巨人の家の廊下です」と言われれば納得するだろうかとライは考える。

 だから、ライはこの空間異常な広さ等からここが夢だと確信した。


 夢にしては意識がはっきりしすぎているとも思いつつ、ライは恐る恐るも歩き出してみた。


「意味不明な夢だな・・・なんで俺はこんな夢を見てるんだ?」


 意識がハッキリしているからこその疑問をライは口に出しつつ、ライは歩く。

 ライは、なんとなくここに立っていることがそわそわしたのだ。


「そもそも、なんで俺は夢を見てるんだっけ?」


 何かが頭の中で引っかかって、ライは考える。

 何かを忘れている気がした。夢を見るに差し当たって、それに必要な何かが欠けているとライには思えてならなかったのだ。


「あ。クマのぬいぐるみはどうなったんだ!?」


 そして思い出す。

 ライがクマのぬいぐるみに向けてハンマーを振り下ろした瞬間。そこから意識が無いことに。


「これもしや異変の類なのか?」


 その考えに至って、少しライは警戒を強める。

 あのぬいぐるみが関係している夢とか、そういうものだったなら、ここは危険な場所である可能性も捨てきれない。


「ロウなら何か考えだしてくれるんだろうが、俺にはさっぱりだ・・・。ロウも夢の中にきてたらいいんだがな。」


 ライは呟く。ライには行動力もスタミナや観察力があるが、思考力や考察力、理解力が足りない。

 ゆえに、この場所が夢の中であり異変による異常な夢だということはやっと思いついても、この夢をどうしたらいいのかまでは分からない。


「これは玄関、か?」


 ライの見る先には一般的な家の玄関があった。

 ただし、同様にこれも自分の何倍も大きいため、開けるのはライには無理そうだった。


「せめて少しでも光景を覚えておいて、後でロウに伝えよう。自分にできることから一歩一歩、だ!」


 ライはそう思ってドアを隅々までよく観察した。

 見れば見るほどにデカいことしか特徴が無いことが分かった。


 次の瞬間、ライが見つめる先のドアのドアノブが回った。

 ライの脳内を「何が出てくる?」「この時間はまだ帰ってこないはず!」「まずい」「怖い」などの思考が支配する。そして体が勝手に逃げ始めていた。


 ライは四肢を動かして玄関から遠ざかる。

 どうにか壁の曲がり角までライはたどり着いた。

 そしてライは壁の裏から目だけを出して玄関から家に入ってきた何か(・・)を確認する。


 ライが見たのは顔が黒く塗りつぶされた巨人だった。

 ライはそれを見ていると、心臓の鼓動が早くなって体が強張り緊張してくるのを感じた。

 巨人は靴を脱ぐと、廊下を通ってこっちへ来るとライは分かった。怖くなって、ライは逃げた。


 ライは家を散策する。この家はライの体よりも大きいため、タンスの小さい引き戸にも入ることができた。

 困惑していたのもあり、ライは咄嗟にそこへ逃げ込んだ。


「———」


 暗い空間の中、大きな足音がライの体の芯まで一つ一つズシンズシンと響く。

 ライが感じる振動はどんどん大きくなってゆき、近づいてきていることが分かる。


(バレたのか・・・?)


 だが、振動はライの目の前を通り過ぎて、そして遠くへ去っていった。

 ライは安堵し、溜息をこぼす。


 しばらくして、振動はだいぶ遠くなった。

 ライはタンスをゆっくりと動かし、再度外を散策することにした。


 タンスから出ると、自然と視線は目の前にある階段に寄せられた。

 ライは階段を上って二階へ移動した。というのも、階段は自分の身長と同じくらいの大きさだったにも拘らず、ライはその階段を平気で登ることができたからだ。

 さすが夢だとライは感じた。


 階段を昇るごとに何故か自分が安心するのを感じながらライは階段を登りきった。

 そしてライは二階を散策することに決めた。二階にはなんだかさっきの化け物も上がってこない気がして、探せると思ったからだ。


 ライが見回って分かったのは二階に部屋は3つあったことだ。


 一つはトイレ。もう一つは本が並んだ書庫のような部屋だと、ライ自身が見て確かめた。

 そしてライは最後の部屋を見に向かうために反対を振り返った。


 反対を振り向くと、ライを見下ろす巨人がいた。顔が黒く塗りつぶされているが、ライには自分を見ているのだと感じられた。

 驚きとともに恐怖がライの心を支配する。


 ライ自身にもなぜだか分からないが、ライにはこの巨人が怖くて堪らなかった。

 だから、ライはパニック気味に走って二階の最後の部屋に飛び込んだ。

 そしてすぐにドアのカギをロックした。まるでそのドアには鍵が付いていると知っていたかのように。


 ライが入った部屋の先を見ると、唯一自分と同じ大きさの、ぬいぐるみがあることに気が付いた。

 ライは自然とそのぬいぐるみに触れた。


 触れた瞬間、すべて忘れられるかのような光に世界が包まれた。


  ▽▲▽▲▽▲


 私には運動ができない。

 私には計算ができない。

 私の顔は不細工。

 私には人望がない。

 私には無い。


 何もできない女の子。それが私だった。


 学校では、自分から話しかけるのが怖くて独りぼっちだった。

 話しかけてくれる子がいて、嬉しいと思いつつ話してみれば、私にちょっかいを掛けて面白がっているだけだった。寂しい。

 私は学校がつまらなかった。


 家では、お父さんに、殴られ、怒鳴られる。

 お母さんには、愚痴られ、失望される。

 悲しい。

 私は家が嫌だった。



「あなた何のために生きてるの?」


 笑いながら馬鹿にする風にクラスメイトの女子が私に言った。

 そんなのは私にだって理解できない。教えてほしい。でも知りたくはない。



「あんたなんて産まなければよかった。」


 母さんが失望した口で私に言った。

 私だって、望んで産まれてきたわけじゃないのに。


 それでも私が悪いらしい。


 生きることに疲れてきた。

 死ねばいいのにと何度も私自身に言い聞かせたが、恐怖と喉につっかえる"何か"がそれを拒んだ。


 私には何もできない。何も選べなかった。



 ぬいぐるみは、そんな私にも優しかった。

 暖かいのだ。何も言わないから怖くないし、それに柔らかくて抱いてみると心地よくなれる。

 唯一の、私の対等な友達だった。


 私はぬいぐるみのある空間が大好きだった。ここだけが私の居場所だ。


  ▽▲▽▲▽▲


 何かに睡眠を邪魔されて目を覚ますと、私は家が揺れていることに気づいた。

 これは地震だと寝ぼけた頭で理解した時にはもう遅かった。というよりも、初めからもう遅かったのだ。


 私が部屋から逃げようとしても、部屋のドアが開かなかった。多分歪んでしまったのだろうと私は結論づけた。

 親は寝ている私を起こさずに逃げていったようだ。窓からそれが見える。窓から逃げようとも考えたが、二階の窓から逃げる方法が怖くて分からない。

 全力で生きたい人ならここで飛びりる勇気を持てたのだろうか?


 まもなく、壁がメキメキと音を立て始めた。怖い。


 怖い。怖い怖い怖い。

 私は恐怖した。


 ぬいぐるみを抱きしめた。

 その暖かさに私は安心した。


 ――私は瓦礫に潰された。

 痛い。痛い。痛いよ。


 そして私は死んだ。寂しい人生だった。


  ▽▲▽▲▽▲


 ライには、ぬいぐるみに触れた直後に流れてきたその女の子の記憶を、眺めることしかできなかった。

 ライは自分でもよく分からない悔しさで唇を噛んだ。


 まもなく、ライの目の前にぬいぐるみが現れた。


「ひとりぼっちは怖いよ。ねえ、私はお友達に囲まれて、ぬくもりを感じたい。」


 ライはそんなぬいぐるみの声を感じて、頷いた。


「分かったよ。せめて、安らかに。」


  ▽▲▽▲▽▲


 ライは治療室のベットの上、目を覚まして起き上がる。

 ライは部屋を出た。


「ライさん、生きてたんですね? ロウさんがさっきここへ来ました。心配しながらどこかへ行ってしまいましたが。」


「ライが!? わかった。ありがとう。」


 部屋を出ると、看護師が話しかけてきたので素早く聞きたい内容だけ聞いてライは再度走り出した。


 ライはぬいぐるみの元へ急ぐ。


  ▽▲▽▲▽▲


「クソ、どうすれば!」


 ロウは地面を蹴って不甲斐なさを嚙みしめる。

 ロウの考えでは、ライが消えたのは明らかにこのぬいぐるみの異変のせいだった。

 だが、ロウにはどうしたらライを助けられるのか、全く見当がつかなかった。

 というより、そもそも既にライは死んでいるのかもしれないともロウは思った。


「ロウ! ここにいたのか!」


「ライ!? どうして!」


 突然現れたライにロウは目を見開く。


「話は後だ。ぬいぐるみの異変の周りにこれを置く。手伝ってくれ、ロウ!」


 ライが持ってきたのは段ボール箱に詰まったいっぱいのぬいぐるみだった。

 ロウは驚き、困惑しつつもとりあえずライの言っていたことに従って、ぬいぐるみの異変の周りにぬいぐるみを沢山置いた。



 2人はぬいぐるみの異変の周りにぬいぐるみを大量に並べ終わった。


「なあ、説明してくれライ。これは何の冗談だ?」


「こいつは寂しかったんだよ。でも、これだけ暖かかったら寂しくないだろ?」


「?? まあ、囲まれて鬱陶しいだろうと俺は思うが。」


 混乱している様子のロウにライは笑いかける。

 寂しい。ただそれだけの事だったのだ。


『ありがとう』


 ライは声が聞こえた気がした。


  ▽▲▽▲▽▲


『<調査資料 "増殖させるクマのぬいぐるみ" 再調査結果 2024/XX/XX>


 "増殖させるぬいぐるみ"の無力化に成功しました。』


『調査結果をこちらで確認。無効化により"増殖させるクマのぬいぐるみ"は異変物保管センターに半永久的に基本管理無しで保管されることとする。』


 ▽▲▽▲▽▲


「なあ、ハルは今どうしてるかな?」


 二人に与えられた居住スペースの部屋で、ライが寝ようとしているロウに話しかけた。


「言っただろ? ハルは遠い場所に引っ越したから行方は分かんないって。」


 突然話しかけられたロウは、ライのほうを向かずに声だけでそう返した。


「でもいつか、また会えるといいな。」


 ライの言葉に、ロウは答えなかった。

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