chapter1 〜fai's story〜 「sprite island」
それは、遠い、人間のいない世界。
崩れ行く砂時計みたいな、精霊達の最後の物語。
朝、誰もいないキッチンが仕事場だ。
みんなが起きる前に朝ごはんの支度をしておく。
ここは名もない無人島。彼女達6人の暮らす理想の島。
みんなそれぞれ訳があって幼い頃に家を出て、まるで運命かのようにこの島に行き着いた。
家を出た理由はまだ知らないし、自分の理由もみんなには話していない。それでも信頼出来るくらいの絆があるから。
彼女の名前はファイ。火の精霊で、この島ではみんなの食事を作る役目を担っている。
朝ごはんを作るためにいつも早起きするが、それでも一番乗りではない。
「ファイさん、おはようございます。今日もお早いですね。」
上品で、花びらみたいに柔らかい声。
水の精霊、アクア。
「アクア、おはよう。アクアこそ早すぎだよ。」
ふふふ、と上品に笑うアクアは、実はこの国のお姫様だったりする。
この世界には特別な家系にだけ苗字のようなミドルネームが付いていて、アクアの本名はスアイラ・アクア。
スアイラ家は代々世界を収めている家系で、いわば王族。
大昔から、2歴の間、人間で言う18歳〜28歳までの10年間を城外で自らの力で生きていく「革歴」という伝統があって、アクアはちょうど革歴の歳。
革歴の間は王族という立場が関係ないから、敬語じゃなくても許されるし、革歴時代の友人は革歴が終わってもそのままの関係でいさせてもらえる。
自由と平和を象徴するスアイラにとってぴったりな伝統だ。
「今日はいいものあった?」
「リーフさんのお野菜が沢山実っていました。お花も元気そうです。」
アクアは毎日外で育てている野菜や花に水やりをするために早起きしているみたい。でも本当はそれが目的じゃない。
「そっか。じゃあ後でリーフに取ってきてもらおう。」
「そうですね。」
皆さんのお水用意しておきますね、とコップを持ってテーブルへ向かうアクア。朝は毎日、誰にも見られないところで魔法の練習と、王族として必要な知識を勉強しているのをファイだけが知っている。
今は王族の称号がなくても、城に戻ったら完璧なお姫様でいなくちゃいけない。その日のために、今から完璧であろうとしているアクアをファイは本当に尊敬しているのだ。
そんなことを考えていると。
「お二人ともおはようございます。お話、聞こえてきてしまいました。お野菜の収穫、ですね。」
爽やかな笑みを浮かべてリーフがリビングのドアを開ける。
「あー、女子トークを盗み聞きなんて趣味悪いよー。」
「わざとじゃありませんから、ご勘弁を。」
そんな冗談を言いつつ、畑に向かおうとするリーフ。
「あ!お昼ご飯のメニュー考えるのに使いたいから収穫ついて行っていい?」
朝ごはんのしたくもほぼ終わったため、アクアもつれて3人で散歩でも行こうよと提案する。
「是非。よろしければアクアさんも。」
アクアも、取ろうとしたらリーフに先をこされた。
「私が誘おうと思ってたのにー。」
おふたりともありがとうございます、と微笑んだアクア。どうやら着いてきてくれるみたいだ。
朝から笑顔の絶えない会話をしつつ、3人で外へ出た。
まだ日が出てすぐの眩しい朝。
昔は大嫌いだったが今では大好きだ。
家の裏の畑は隣に広い花畑が広がり、その向こうは海の見える崖なので毎日絶景を見ることが出来る。
リーフは植物の精霊で、この畑も花畑もリーフが管理しているのだ。
「元気に育ちきった子達だけ収穫しますね。」
そういうと、右の手のひらをそっと畑に向けた。
黄緑色の光が畑にふわふわと向かい、大きく育った野菜たちが光を伝ってリーフの足元へ集まっていく。
朝日が魔法の光と交わり、それはとても幻想的な風景になった。
それをうっとりとした表情で見つめるアクアを、ファイは眺めていた。
家に戻るとリビングのソファでウィンが2度寝している。
ウィンは風の精霊でファイの幼なじみ。この島もウィンと二人でたどり着いた。
普段はだらしないやんちゃっ子なトラブルメーカーだが、いざという時は誰よりも頼りになる、小さい時から兄のような存在。
「ウィン!ソファで2度寝しないでよっ。」
肩を思い切り揺らすが起きない。
これだからウィンを起こすのは一苦労である。
「ったく、朝から騒がしいわねぇ…。」
「ダークもウィンさんと同じです!大変なんですからね!」
「はいはい。」
ウィンを起こそうとしているとあくびをしながらドアを開けたダークと、ご機嫌斜めなライが起きてきた。
ライはいつもファイの次に起きているようだが、ダークを起こすのにこれだけ時間がかかっている。
「あっ、ダーク、ライ、おはよぉ。」
「ん。」
「おはようございます。」
ダークはいつもぶっきらぼうだが、たまにツンデレだったりする。
「そんな生易しい起こし方してないでこうすればいいのい
よ。」
そういうとダークはソファ、の上で寝ているウィンの上にドカッと座った。
「ぐえっ?!」
さすがのウィンもこれには起きて「重い!どけ!」とじたばたしている。
「あんたがこんなとこで寝てるからでしょ。新しいクッションかと思ったわ。」
ウィンの上で足を組んでダークはそんなことを言う。
尚しっかり体重をかけているようだ。
「わかったって!もう起きたからどいてくれよ!」
ウィンはかなり力の強い方だが、ダークは6人の中でおそらく一番の怪力の持ち主。
さすがに力でどかすことの出来ないウィンは何とかしてダークにどいてもらおうと必死だ。
「ダーク!もういいからどいてあげて。」
ファイがそう言うと、ふん、と言いながらテーブルへ向かって行った。
隣でライが説教しているが全く聞く耳を持っていないようだ。
「いてて…ったく、朝から散々だぜ…。」
腰を抑えて伸びをしているウィン。
「何回言っても起きないからでしょ。今度から1回で起きてよ。」
「分かったって。わりぃわりぃ。」
どうせまた明日の今頃はダークに座られているのだろうなとファイは心の中で苦笑した。
そんな茶番で朝から騒げるのがとても幸せに感じる。
全員が席に着いたリビングに今日も朝食を運び、みんな揃ってご飯を食べるところからファイたちの一日は始まるのだ。
「そういえば、この間小鳥さんから聞いたお話なんですけど…。」
朝食を楽しんでいると、ライが思い出したように話し始めた。
ライは光の精霊だが、動植物の声が聞けたり、傷を治す魔法が使えたり、光にあまり関わらない魔法も使うことが出来る。
「小鳥?なんて言ってたの?」
ファイが聞くと、ライは少し不安げに言った。
「それが、この島で知らない人影を見たって言うんです。」
「知らない人影?」
この島にはファイたち6人しか住んでいない。どの地方にも属していないのでアクア曰く国のしっかりとした管理下にある島でもないようだ。
そんな名もない島に立ち寄る精霊などいるのだろうか。
「それも、初めはウィンさんだと思ったそうで。でも近づいたら少し違って、ものすごい殺気と薬草を煮詰めたような匂いで逃げてきたそうです。」
それを聞いた瞬間、ウィンの顔が曇る。
「ウィン、あんたなんか隠し事でもしてんの?」
その様子をみたダークが真っ先にウィンを疑う。
「違ぇよ。俺じゃねぇけど、ちょっと嫌な予感がしただけだ。」
その“嫌な予感”はファイにもわかった。
もうほとんど消えかけている記憶だが、濁った輝きの中でウィンと同じ綺麗さを持った水色の瞳だけはよく覚えている。
「俺の思い過ごしって可能性もあるし、今日散歩がてら島の探索行ってくるわ。」
不自然に明るく振る舞うウィンに、ファイは心配そうに「あたしも行く…!」と言おうとしたが、それを遮るようにウィンが言った。
「ファイは飯作っててくれよな。帰ってきてなんもなかったら許さねーぞ。」
危ない目に遭わせたくないから、という理由もあるだろうが、きっとウィンがファイを連れていかない理由はそれだけではないのだろう。
「かっこつけてんじゃないわよ。この島とあんたらはあたしが1番守れるんだからあたしも行くわよ。」
ダークが不服そうにそう言うが、ウィンは迷っているようだ。
「ウィン、あたし待ってるからダークは連れて行って。」
ファイがそう頼むと、ウィンは「わかったよ。」と諦めたように頷いた。
「ダーク、邪魔すんなよ。」
「ふん、そっちこそ。」
睨み合う二人に、みんなの中で別の不安が生まれるのであった。




