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ボールに当たりたい。でも、刃物には当たりなくない……

作者: はやはや
掲載日:2024/05/31

 中学時代の同級生と久々に会った。同じバスケ部に所属し、同じ英会話スクールに通っていたこともあり、彼女とは仲良くしていた。


 就職を機に私は地元を離れたが、彼女は地元でコンビニの商品の発注を扱う仕事に就き、職場の人と結婚した。ちなみに私は独身だ。

 彼女の仕事はシフト制で365日休みがない。年末年始の一日だけ休みが取れたのでランチでもどう? とお誘いがきたのだ。

 旦那さんと二人の子どもは、旦那さんの故郷である九州に帰省するらしく、久々に一人でゆっくりできるんだ、とのことだった。

 私も年末年始は帰省せず(親戚の「結婚は?」とかおなじみのハラスメント的質問から逃れるため)一人でゆっくりしようと思っていたので快諾した。



 12月30日。私は彼女とランチをした。

 彼女の名前は織田朱莉おりたあかりという。


「あー! 子どもと旦那から離れられるなんて天国!」


 と両手を広げ、朱莉は白ワインを飲んだ。やっぱり結婚って何かと大変そうだなぁと私は烏龍茶を啜る。私は下戸だ。


美紅みくは何かいいことないの?」が朱莉の口癖だ。それに対して私はいつも「何もない」と返す。だって本当に何もないのだから仕方がない。

 朱莉のいつものお決まりのフレーズを皮切りに私達はいろんな話をした。そしていつしか中学時代の部活の話になっていた。


 *


 私達が通っていた中学の体育館は狭く、バレーボール部とバスケットボール部が半分ずつ使っていた。その中でとある奇習があった。今、思えば中学生らしいな〜と思うことなのだけれど、当時の私と朱莉にとっては自己肯定感を大いに傷つけられるものだった。


 それはバレーボール部の男子がバスケ部の女子にボールをわざと当てる、というものだった。男子バレーボール部員がボールを当てるのは、もちろん可愛い子や自分が狙ってる子だ。

 そして当然、全く当てられない子もいる。

 それだけならまだしも「あ! 間違えた!」「お前に当てたいわけじゃないから! 勘違いすんなよ!」と即座に否定されるなんてこともあった。

 これは思春期の女子の心を大いに傷つける。だって、『お前ブスだよ』と言われているのと同じだ。


 そして、それはバスケ部女子の中に変なヒエラルキーやマウントを持ち込む。私も朱莉もヒエラルキーでは下位だったので、マウントされる側。

 当時、ぼんぼんボールをぶつけられる子を横目で見ながら、羨ましいやら情けないなら腹立たしいやら、いろんな感情が複雑に入り混じって、結果いじけていた。


 そんな日々の中で事件が起こった。バスケ部の中で一番背が高くて美人な楢原麻耶ならはらまやさんに、バスケットボールがぶつけられた。

 楢原さんがボールをぶつけられるのは日常茶飯事だったので、最初は「またか」と思っていた。しかし、その日はそれでは済まなかった。

 楢原さんが悲鳴をあげて右耳辺りに手を当てしゃがみ込んだ。その様子を見てヤバいことが起きた、とその場にいた全員が思った。


 ボールをぶつけたのはバレー部男子の滝野暁斗たきのあきと君だった。滝野君はバレー部で一番背が高くてイケメンだった。

 楢原さんの悲鳴を聞いて滝野君は、しまった! という顔をしていた。ボールが頭部に当たるとは思っていなかったのだろう。そして運悪く、スパイクをぶち込むような強いボールだった。

 楢原さんは泣いているし滝野君は顔面蒼白になっていた。わらわらとみんなが集まり、顧問も何やら慌てている。


 結果、楢原さんの右耳の鼓膜が破れたようで、手術するという騒ぎになった。楢原さんは手術するため入院し、しばらく休んでいたし、滝野君も謹慎処分にでもなったのか、しばらく部活で姿を見なかった。

 そんな事件があっても中学生はめげない。相変わらず、可愛い子はボールをぶつけられていた。そして、私達には全くボールはぶつけられなかった。


 *


 一週間後、楢原さんが登校し、みんな「大丈夫?」「大変だったねー」と労った。滝野君はさぞかしバツが悪いだろうな、と思っていたのに楢原さんと前より親密になっていた。


 手術が必要なほどの怪我をさせられたのに、なぜ二人は仲を深めているのか。私には不可解だった。そしてどうやらこの一週間の間に二人が付き合い始めたということがわかった。

 しかも親公認で。


 楢原さんが入院している間、滝野君は親と一緒に毎日、謝罪とお見舞いに行っていたようなのだ。そのうち二人は仲良くなり、何なら付き合っちゃいなよ! みたいなノリに親がなり付き合い始めたという噂を聞いた。


 楢原さんの親も滝野君の親もオープンというか、ウェルカムというか何か外国人みたいなノリだ。うちの親ならそうはならないだろう……と考えたところで、そもそもボールを一度も当てられたことがないという現実が目の前に立ちはだかった。


 楢原さんと滝野君は親だけでなく学校も公認したようなカップルになった。スタイルよく、しかも美男美女なので二人が並んで歩いていると、江戸時代武士が道を通るために道を開ける庶民みたいにみんな廊下を開けた。


 *


「あの二人、あれからどうなったのかな〜」


 ワインが回ってほんのり頬を紅くした朱莉が言った。確か二人は同じ高校に進学し、交際も続いていたと風の噂で聞いた。


「結婚したのかな」

「結婚したなら、今頃、滝野君の方が楢原さんにいろいろぶつけられてるかもね」

「子どもにもボールを当てたい滝野君の血が遺伝してドッチボール習わせてたりして」

「ドッチボールなんて習い事ある?」


 そんな風に勝手に妄想を広げ、気づけば三時間ほど喋っていた。そして、お腹も心も満たされ「また会おうね!」と約束して家路についた。




 アパートに戻ると部屋は薄暗くなっていた。いよいよ明日で今年も終わる。今日、久々に朱莉に会えてよかったな、なんて思いながら照明をつけテレビをつける。


『続いてのニュースです』


 私はソファーに座りながら、朱莉にメッセージを送ろうとスマホを手にしていた。


『都内で殺人未遂事件が発生しました。その理由は〝夫婦喧嘩〟です。目撃した息子の話によると妻が夫に包丁を投げつけ夫は妻にカッターナイフを投げつけたようです。それぞれの投げつけたものが当たり出血多量で夫婦ともに意識不明の重体です』


――投げつける


 私はスマホから顔を上げた。


滝野暁斗たきのあきとさん、麻耶まやさん夫妻には二人の子どもがおり、二人の心のケアが重要視されています』


――二人結婚しとる! しかもボールじゃなくて今は刃物を投げとる! 


 テレビ画面には幸せそうに笑う滝野君と楢原さんが写っていた。その時、手の中のスマホが震えた。朱莉からだった。


〈あの二人結婚して、今は刃物投げ合ったみたいだよ!〉


 震える手で私はメッセージを返す。


〈うん、私もニュース見た。ボールには当たりたかったけど、刃物には当たりたくないね〉

読んでいただき、ありがとうございました。

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