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Camellia  作者: 接木なじむ
第六章【黎明】
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八月三十一日(上)

 八月三十一日

 私は、日中に見える白い月が大好きだ。

 混ざり切ったクリームソーダのように、薄く白んだ青空に、ぽつねんと浮かぶ白い月。その姿は酷く儚げで、朧気で、ふっと息を吹けばそのまま空気と混ざってしまいそうな、淡い煌めき。

 そんな月が好きだ。

 そもそも、私は夜があまり好きではない。

 基本、人間は昼行性の動物であるため、これは本能的なものかもしれないし、大多数の人間が、昼と夜のどちらかだったら、昼の方が好きと言うかもしれないけれど、兎に角、私は夜があまり好きではない。

 何故って――夜は暗くて、怖い。

 それだけだ。

 暗いというだけで不安な気持ちになるし、なんとなく、心も暗くなる。

 だから、暗い夜空に浮かぶ月を眺めるよりも、明るい空に浮かぶ月を眺める方が、安心して見られる分、よりその美しさを堪能できるという話である。

 どうして、突然こんな話をしたかと言うと、そこに大した理由は無くて――現在の時刻は二十三時二十三分。正面から少し見上げた東の空に、下弦の月を少し過ぎたであろう月が浮かんでいて、明日の朝には西の空に綺麗な白い月が見れるぞと、朝を迎えることが今から楽しみになったからである。

 そうして迎えた朝に、華憐ちゃんとふたりでベランダからまったりと月を眺めることができたなら、それは僥倖である。

 では、どうして、その苦手な夜に、それも夜中も夜中である時間に、月が見れる状況、つまり外を出歩いているかと言うと、これには少しだけ大した理由があって――つい先ほど、寝る準備に入ろうとしたところ、華憐ちゃんから「花を供えたいから、神社までついてきてくれ」と頼まれたのだった。

 花を供える。

 つまり、シャラさんへの手向けだろう。

 もちろん、私は「こんな時間に?」と聞き返した。それは、夜が苦手な私特有の反応というわけではなく、大抵の人間が、今から寝ようとしているところにそんな申し出があったら、同じような反応をするだろう。

 わざわざ夜中に花を供えに行く理由を知りたい。

 だが、華憐ちゃんは私の問いかけに対して、小さく頷くだけで、理由は話してくれなかった。

 こうなると、彼女は大抵、最後まで話してくれない。問い質したとしても結果は乏しくないことがわかっているため、諦めるしかない。

 まあ、彼女のことだ。どうしても喋らないということは、逆説的に、大した理由があるということで、推察するならば、シャラさんの最期は夜中だったから、とか、シャラさんの生前は夜中に会う約束をしていたから、とか……。

 推して察しなくてはいけない理由としてはそんなところだろうか。

 わからないけれど。

 けれど、少なくとも――昼間は暑いから、とか、昼間は取り壊した神社の片付けがされているから、とか。そんな理由ではないのだろう。

 私にはどこか言いづらい、けれど、夜中に出歩くに足る大した理由が、彼女にはあるということである。

 確かなのは、それだけ。

 だが、私にとってそれは、縦に首を振るのに十分な事実だった。

 理由はわからないけれど、兎に角、彼女は私を必要としている。

 それだけわかれば十分である。

 そんなわけで、現在、裂石神社までの道のりを、華憐ちゃんとふたり、並んで歩いているというわけである。

 進行方向右側を私。左側を華憐ちゃん。

 彼女の左手には花束で、右手には私の左手だ。

 よく考えてみれば、華憐ちゃんと手を繋いで歩くのはこれが初めてのことだった。しかも、先に手を差し出してきたのは彼女の方で、ぶっきらぼうに「んっ」と言いながら手を伸ばす彼女の姿は、今思い出しても心臓が痛くなるほどに可愛かった。

 全くもって、思いがけないデレだった。

 しかしまあ、なんとも不思議なもので、こうして恋人と言うべき人と手を繋いでいるだけで、暗くて怖いはずの夜道も、煌めきに満ちた世界に見えてくる。控えめな星空も、満月からは程遠い月も、彼女が隣にいるだけで、眩いほどに輝き、その全てが大変美しく思えてくるのだ。

 自分でも、なんともまあ、おめでたい奴だと鼻で笑いたくなってしまうが、本当なのだからしょうがない。彼女がいるだけで、全てが特別になってしまうのだ。

 そう、特別な夜。

 特別な時間だった。

 だが、そんな特別な中にも、気にかかることがひとつ。

 それは、先の「んっ」以来、華憐ちゃんが一言も言葉を発さないということである。

 手を繋ぎ、歩き出してから、一言もだ。

 普段、思いの外よく喋る彼女が、こうもだんまりを決め込むというのは、異常と言うか、非常と言うか、なんとも異様で、それはつまり、喋りたくないし、喋りかけては欲しくないという意思の表れだった。

 この時間に神社を訪れようとしている理由を聞けていないということもあり、その彼女の様子はどこか不安になる事柄だったが、明らかに会話を拒んでいる以上こちらから話しかけることはできず、私は黙って彼女の手を握り、神社までの道のりをただただ歩くのだった。

 そうして、ひとつの会話もないまま、私たちは裂石神社へと到着した。

 未だ慣れることのない階段の登りに、例の如く息を切らしつつ境内を見渡すと、解体された状態で置かれていた本殿も既に撤去されていて、私たちを迎えてくれたのは、ぽっかりと広く開いた境内の真ん中で寂しく葉を揺らす夏椿だけだった。

 そんな夏椿の元へと華憐ちゃんは歩いていき、根本に花束を置いて手を合わせる。休憩していた私も、遅れて夏椿の元へと向かい、手を合わせた。

 長い長い礼拝だった。

 礼拝を終えると、華憐ちゃんはおもむろに花束を持ち上げ、その中から、菊の花を一本取り出す。いったい何をしているのかと、その不思議な様子を眺めていると、彼女は不意に菊の花を私に向ける。そして、私の手を掴み、斜めに作られた切り口を自分の方へと向けた状態で私に花の太い茎を掴ませる。

 そこでようやく、彼女は口を開いた。

「これを言うのは二度目だな」

 華憐ちゃんは、言った。


「私を殺してくれ」


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