深夜27時 学校にて
身に着けていた制服を脱いで、夜のプールに飛び込む。
熱帯夜…裸体を闇の中に放り投げて体を広げる。水の波紋が大きくなり、落ち葉をゆらゆら揺らす…
漆黒の闇の中だが怖くはなかった。
プカプカと浮かびながらちらりと横を見ると、プールの縁に三角座りしながら俺をニコニコしながら見る相棒を見つけ、にっこりと笑い返す。
深夜の学校警備……。予想していたより楽しいバイトだ。
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大学を卒業した俺だったが、就職もせず何もする気が起こらなかった。俺は
大学の4年間で骨抜きにされたと思った。ひたすら長い休みとただただ意味もない
レポート。Fランク大学らしいゆるゆるの生活でこれから社会人になる自分が想像できなかった。
何もせずダラダラしていて許されたのは最初の3か月だけで、その後は母親からの小言が始まり、
徐々に家に行き場がなくなった。現実から離れるように酒におぼれ夜の街をフラフラと徘徊していた時、地元の小学校に張り紙をしているのを見つけた。
【急募!:学校警備 24:00~8:00まで
時給:応相談】
今の落ちぶれた姿は誰にも見せたくなかった。これなら、知り合いと顔を合わせることなく、カネが稼げそうだ。すぐに学校のインターフォンを押した。
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警備するようなものは無く、ひたすら暇な仕事だった。2人一組で24:00と27時の2回、学校内を見回るが、それ以外は待機という名の待ち時間。
狭い古い用具室で時間がたつのを待つ。
相方は50代にも見えるし60代にも見えるともかく人生に疲れ切った中年おじさんだった。前の仕事で大失敗したか、何かつまらない犯罪をして捕まってここまで来たのか…とりあえずうだつの上がらないというのが第一印象だ。
最初のうちはまじめに待機していたがその内飽きてきて、学校内を散策するようになった。相方はうだつの上がらないおじさんではあったが、ノリはよく 一緒に夜の学校を散策して色々な所に忍び込んだ。
夜の体育館でバスケットボールをやったりもした。
ドムドムとボールをつく音だけが反響し体育館に響き渡る。
二人では試合にならないので、交互にボールをゴールに投げ合った。
そんなことをしてるうちに『屋上のプールには夜も水が張ってるらしい』と聞き、ワクワクして屋上に行ってみた。
確かに水が張ってある。暗闇に包まれてよく分からないが、入れそうだ。
生まれたままの姿になりプールでぷかぷかと浮かんでいると、『俺何してるんだっけ?』と虚無感が襲う。
若いというのもあり何か刺激が欲しかった。
ニコニコ笑う相棒に話かける。
『”落語家さん”この学校って幽霊とか出たりしないんすか?』
落語家とは俺がつけたあだ名だ。一度話し出すと長く、止まらないので侮蔑半分でつけた。
刺激を求めるが故、この学校にいる幽霊の話でも聞けたら時間潰せそう。そんな軽い気持ちで彼に尋ねた。
そう言うと、彼からニコニコした表情がふっと消え、問わず語りの様に話し出した。
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『はは!幽霊か。それは無いけど、不思議なことならあったよ。
バイト始める時、聞かれなかった?怪奇現象は大丈夫かって。そうだよ怪奇現象。
最初聞いた時、幽霊大丈夫?って聞くならわかるけど、なんだよ怪奇現象ってなったよね。少し怖かったけど、僕会社リストラされたばっかりでね、40歳半ばになると仕事も見つからないんだよ。ん?そうだよ。俺今年45歳。老けて見えるだろ?色々苦労してんだよ。それでこのバイト始めたんだよ最初のうちは毎日ビクビクしてた。怪奇現象はいつ起こるんだ!ってね
君が来る前までは一人でここ見回ってたんだぜ。怖かったよ~。まあ、そんなふうに過ごしていくうちに何も起こらず月日は立ち、恐怖心も消え失せてしまった。なんだ何も起こらないじゃん!って
しかし、恐怖ってのは忘れたときにやってくるね。じっと用具室に座ってた時だよ、
部屋の隅に黒いモヤのようなものが見えるんだ。大きさは10㎝くらい。
ん?なんだコレ?目の疲れか?って思って目をこすったんだがどうやら錯覚ではないらしい。
でも、害はないみたいだし放っておくことにしたんだ。
それで次の日、またそこを見ると黒いモヤはいた。しかも少し大きくなってるんだ。びっくりしたよ。
そんなふうに毎日だんだん大きくなってついには人くらいのサイズになった。
大きくなったけどそれでも何もしてこないしその内部屋に置いてあるインテリアくらいの気持ちになって無視してたんだ。
慣れって怖いね。
人型のモヤを無視するようになって1か月くらいたった時かなあ。
見回りも終え、待機してるとき眠たくなってふと居眠りしたんだよ。はっと起きようとしたら金縛り。全然体が動かない。
目だけ動くんでキョロキョロみたら、その黒いモヤに動きがあったんだ。モヤの上の方にぽっかり穴が開いてるんだ。その穴がパクパクと動いていた。これ何かわかるかい?口だよ。口があって動いてるんだ。口は動いてるんだが何を言ってるかは分からない。必死に目で口元を捉えた。
…テクレ…ッテクレ…ワッテクレ…カワッテクレ…カワッテクレ…カワッテクレカワッテクレカワッテクレカワッテクレ
カワッテクレカワッテクレカワッテクレカワッテクレカワッテクレカワッテクレカワッテクレカワッテクレ
ここで僕の意識は途切れて起きたら朝だった。それ以来見ることは無くなったんだけどあれは何だったろうね
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…何て話だ。俺は急にプールに浮かんでいる自分が怖くなった。プールの底から何かがはい出て
俺の足を掴みそうだ。すぐにプールから飛び出た。
『何て話するんすか!怖いっすよ!』空強がりで大きい声を出す。またにやにやに戻ったおじさんは、『じゃあ俺は先に用具室に戻ってるね』と言い、立ち去って行こうとする。待ってくれ。一人になりたくない。慌てて服を着て追い付こうとするが、奇妙な事に気が付いた。オジサンの歩き方だ。右手と右足、左手と左足をそれぞれ同時に動かすような奇怪な歩き方だ。まるでロボットみたいだ。
こんな歩き方してたのか?いつも見回りの際は並んで歩いていたので気が付かなかっただけか?その視線に気づいたのか、くるっとこっちを向いて大きく口を動かした。
カ・ワ・ッ・テ・ク・レ
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その後、俺はすぐに仕事を辞めて、また自由気ままなニート生活に戻った。親はがみがみ言うが、あの恐怖に比べたら屁でもない。
結局あれは何だったんだろうか?俺をからかっただけ?答えは分からない。一つ確かな事はまだ彼があの学校で皆が寝静まるころに徘徊している…。それだけだ