スケバンお嬢様・クルセイダー加藤の誕生 後編
『予約であれば来週の木曜が空いてるけど、どうします?』
スマホから無情な返答が返ってきた。
手当たり次第に問い合わせをしても、どこも予約でいっぱいだ。
彼女を心配して女学生が集まっていた。
OGとしてみっともないところは見せたくは無い。
「いえ……予約は結構です」
そう応えて通話を切った。
OGは移動する手段を失ったのだ。
来週の予約など求めては居ない。
車が無ければ帰ることが出来ない。
この雪ではタクシーが来るとも思えない。
電車を利用したとしても、駅からアパートまで移動する手段が無い。
うさぎのロゴマークに一目惚れして決めた車だった。
この車と生活するため、駅から遠くても駐車場つきのアパートを選んだ。
どうして良いのかわからなくなる。
助手席側の収納に閉じ込めた、うさぎのぬいぐるみが恋しくなった。
匂いを嗅ぎたい。
普段は見えるところに飾っている。
でも、学園にくるときに見栄を張って隠したのだ。
、涙がスマホを濡らした。
少女達が見ている。
恥ずかしい。
「んなぁー」
嗚咽が漏れた、そのとき。
「お嬢さん、オレがタイヤ交換しましょうか?」
「え?」
半泣きだったOGの反応はそんなものだった。
女性にしては少し低いトーンの呼びかけに、OGは泣き顔を上げた。
車内を覗き込んできたのは鉄仮面だった。
生徒会室の窓から眺めていた、あの度し難い刺繍である。
*
「お嬢さん、オレがタイヤ交換しましょうか?」
碧螺春は軽自動車のドア枠に手をかけたまま、再度問いかけた。
「冬タイヤ、積んでいるならココでタイヤ交換しますよ」
しかし、その問いに応えは返ってこない。
呟かれたのは、OGにとっての常識だった。
「あなた、何を言っているの? ……ずびぃ。淑女がタイヤ交換だなんて出来るわけないじゃない」
その驚きは、連女の少女たちも同様だ。
「そうよ加藤さん、車のタイヤですのよ?」
「大きな工場で機械をつかうって聞いたわ」
「男の人が4人がかりで行うものなのよ?」
なんだその偏った知識は?
社内を見れば、前列ベンチシート仕様の車である。
ベンチシートなら運転席からそのまま助手席に移動が出来るのだ。
「お嬢さん、助手席に移ってください」
若い女性客を「お嬢さん」と呼ぶのは整備工場でのクセである。
「え、えぇ?」
言われるままにOGが助手席に移動する。
車に詳しくない客に判断をまかせてはいけない。
それは「貴女の車はどこが壊れてるんだ?」と素人に聞くようなものだ。
そんなときは、こちらから答えを用意してやるのが営業だと教わった。
碧螺春はドアを開けて、今しがたスペースの空いた運転席に乗り込んだ。
これにより連女の少女たちは大騒ぎである。
「ちょ、ちょっと! 子供は運転席にのっちゃ駄目ですのよ!」
「おまわりさんに、怒られるわよ!」
車外の騒ぎを無視して碧螺春はパーキングブレーキを踏み込む。
「運転したわ!?」
「いえ、運転はしてないっす。あと、私有地なのでもし運転しても大丈夫なんじゃないっすかね?」
皆が見守る中、碧螺春は車内から必要なものを探し始めた。
「グローブボックス開けますね」
助手席側の収納に手をかける。
そこには、兜から耳を突き出したうさぎのぬいぐるみが押し込まれていた。
開いた瞬間にぽろりと落ちかけたところを、碧螺春は空中でキャッチする。
「落ちなくてよかった。可愛いうさぎですね」
ダッシュボードに置きかけると、OGの体がピクリと動いた。
それに気づいた碧螺春は、兜をかぶったうさぎのぬいぐるみをOGに手渡す。
「持っていてください」
それからあれよあれよという間に、碧螺春は車内からジャッキとレンチを探し当てた。
*
「お嬢さん。ジャッキアップするので車から降りてください」
天候はますます悪化していた。
碧螺春は自分の使っていた男物の傘をOGに渡す。
それから雪が積もるアスファルトで、ジャッキを当てて車体を上げ始める。
ほどなく使い慣れない簡易工具に多少苦労しながらも、1本目のタイヤを交換し終えた。
心配していた雪は、なぜだか邪魔にならなかった。
視線をあげると黒い傘が、碧螺春の手元を雪から遮ってくれていた。
片手に傘を持ち、兜をかぶったうさぎのぬいぐるみの匂いをピスピスと嗅いでいる。
OGの肩には雪が積もっていた。
次のタイヤに視線を移すと、後輪の周辺にも雪は積もっていなかった。
タイヤの周辺だけではない。
何本ものカラフルな傘が作業をする碧螺春とその周辺を雪から守っている。
車体の反対側、助手席側のタイヤの周囲にも傘をさした少女がいる。
そんな場所では交換作業を見ることは出来ない。
なんとも地味で、最高に気が効くポジションだろう。
だが、そこを守るのも重大な使命だとばかりに、クラス委員は両手でしっかりと傘をもっていた。
軽自動車の周囲には、色とりどり傘でいくつものドームが形成されてたのだ。
「みんな、雪積もってるっすよ?」
タイヤに傘をかければ、当然持ち主には雪が積もる。
「いえ、私たちに出来るのはこのくらいですから」
碧螺春にはスケバンになって、欲しかったものがある。
熱くてかっこいい仲間だ。
お嬢様学校にそんな熱い奴らは居ないだろうと諦めていた。
だが、降りしきる雪の中で碧螺春は感じた。
「お嬢様って熱くてかっけーな」
ならば、さっさと交換を終えてしまおう。
碧螺春は社長から叩き込まれた身のこなしで、手際よく作業を続けるのであった。
*
それから数日後。
碧螺春の姿は臨時生徒会室にあった。
通学可能な少女たちのみで作られた、臨時生徒会。
その臨時生徒会長、志村春香からの招待を受けた。
なんでもOG会から何か言ってきたらしい。
「先日の大活躍。聞いたわよ、加トちゃ」
タイヤ交換の一件で碧螺春の好感度はうなぎのぼりだ。
「いや。たいしたことしてねーし」
二人は幼い頃から同じ住宅地に住む幼なじみだった。
「みんな、加トちゃともっと仲良くなりたいって大騒ぎよ」
「まぁ、そんな感じだな」
あれから碧螺春の学園生活は一変した。
もとより長身で中性的なうえに、工場で鍛えた長身もスラッとしている。
あっという間に、王子様扱いへと祭り上げられてしまった。
碧螺春の前には三つの褒美と、ひとつの依頼が用意されている。
「まず、ひとつ目」
生徒会長志村が、一枚の書類を読み上げる。
「加藤碧螺春。学校指定の制服着用義務を特別に免除する」
連理学園理事長と碧螺春が所属する工業高校、双方の署名と印章が入った正式なものだ。
志村がうやうやしく渡したその証書はを、碧螺春はぺらぺら振ってみせる。
これが褒美かと言わんばかりだ。
「ふたつ目はこれよ」
生徒会メンバーがビニールで包装された制服を志村に渡した。
深緑のワンピースとボレロ。
連理女学院の制服である。
恭しく碧螺春へと手渡す。
添えられた目録には「OG会寄贈」と書かれていた。
碧螺春は預かり知らない団体からの寄贈に首をかしげる。
「貴女のような生徒を迎えることが出来て、OG一同光栄との伝言を預かっているわ」
それは編入までは無理でも、同じ制服に身を包めば疎外感もなくなるだろうとの配慮だ。
だがしかし、碧螺春はこれもまた興味なさげに受け取る。
「そしてみっつ目」
志村生徒会長は一対の金属棒が包装された袋を手にする。
碧螺春の眉がぴくりと反応する。
そこには世界一の工具メーカー、スナップオンのロゴが輝いている。
袋から取り出せば一本は真紅、もう一本はシルバーに輝いている。
「こいつが一番うれしいぜ」
受け取った碧螺春はその棒を十字に組み合わせた。
「皆、あの日の出来事を家に帰って話したの。そうしたら口をそろえて言ったそうよ『車載のL字レンチでタイヤ4本を交換だって? 信じられない。せめて十字レンチでもなければ御免だよ』とね」
「ちがいねぇ」
あのときこれがあれば、あいつらの肩に雪を積もらせはしなかっただろう。
「さて、その免責状は明日から有効よ。楽しみに待っているわ」
「くれるってんなら、ありがたくもらっとくけどよ」
志村生徒会長は最後に、一枚の腕章を手にした。
「最後のこれは、お願いになるの」
*
その翌日。
一週間前に鳥双町を騒がせたあの大雪はすっかり姿を消していた。
急な大雪は一夜限りの気まぐれだったのだ。
そんな連女の校門は、いつもより早く登校してきた少女たちで賑わっている。
連女の王子様。
加藤碧螺春の新たな門出を見逃すまいと、待ち伏せているのである。
「碧螺様がいらしたわ!」
王子様の呼び名は碧螺様に決まったらしい。
軽快に一台の自転車がやってくる。
昨日まではとは違うその出で立ちに、連女の生徒たちが黄色い声をあげた。
正門の中央でその到着を待っていたのは生徒会長志村だ。
キュッとブレーキ音を立てて、王子様のマウンテンバイクは停まった。
「よう、志村。おかげで自転車が漕ぎやすくなったぜ。ありがとよ」
連女の制服はワンピース型だ。
当然、がっつりと跨って乗らなくてはならないマウンテンバイクなど、乗れるはずがない。
いや、それはセーラー服のスカートであっても無理なのだ。
その言葉に生徒会長志村はため息をついた。
「なるほど、そうきたのね」
碧螺春は深緑のワンピース、連女の制服を着ては来なかった。
それは女学園にはおよそ似つかわしくないジーンズ生地のつなぎ服だ。
大きく下げられたジッパーの襟元からは、リボンを着けていない夏用の白セーラー服が覗いていた。
つなぎ服の胸には彼女の実家である整備工場、加藤チャンピオンパワーエンジニアリングの略称『KATO.CHAN..PE』の刺繍が施されている。
「制服は免除なんだろ?」
「間違いなくそうね」
碧螺春は、カーゴパンツのポケットからスナップオンのレンチを取り出し、十字に組み合わせる。
「スカートでタイヤ交換なんて淑女として破廉恥だろ? それにほら、考えても見ろよ。オレにあのワンピースは似合わねぇって」
志村生徒会長はその応えに微笑みで応えた。
「でも、そっちは貰ってくれたのね?」
碧螺春の左腕に視線を移す。
「くれるもんならこっちの自由。だけどさ、頼まれたら断れないだろ?」
左腕には腕章が巻かれていた。
その文面は「校内浄化委員会」とある。
来春から臨時に編入される共学校の生徒たち。
男子生徒を含む彼ら相手に、校内のまんぼうを徹底する重要な役割だ。
碧螺春は、スナップオンの十字レンチを腕章の巻かれた左手で掲げてみせる。
「みんな! ありがとよ! これからよろしくな!」
しかし、なぜか少女たちは応えてくれない。
そして、一様にそわそわしている。
この雰囲気は、いたずらをしている子供のそれだ。
志村は口元の笑みを隠しきれていない。
さては、志村め。仕込みやがったな。
そういえばそうだった。
ここはお嬢様学校なのだと思いだす。
ならば、挨拶はこう言わなくてならない。
「ごきげんよー!」
キャッと黄色い歓声が上がる。
こうして、連女につなぎ服と十字レンチをトレードマークとした新たな人気者が生まれた。
その名はスケバンお嬢様、クルセイダー加藤!!
つづけ
碧螺春は、中国の[緑茶]で[中国十大銘茶]の一つ。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
満足したでヤンス。
次こそ、生徒会長が「ヒロイン」として登場するでヤンスよ!
うがい、手洗い、ブックマークと評価をお願いするでヤンス。