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スケバンお嬢様・クルセイダー加藤の誕生 中編

 校内に午後の授業を知らせる鐘が鳴った。

 教師の居ない教室で、タブレット越しの午後の授業が始まったのだ。

 教室で机を埋めているのは、教室のわずか半数程度の少女たちだ。


 その少女たちも、授業に集中できてはいない。

 窓から見える、黒く厚い雲が気がかりでならないのだ。


 そんな窓とは真逆の方向。

 廊下からの扉が勢いよく開け放たれた。


「ちーっす」


 鉄仮面の刺繍が入ったスカジャンを、セーラー服の上から羽織った少女。

 大人の男性と遜色ないほどの高い身長に、ウェーブのかかった茶色く短い髪。

 来春から本格的に始まる、合同校舎の試験採用生徒。

 加藤碧螺春(へきらしゅん)


「起立!」


 クラス委員の少女が、思わず号令をかける。

 天気が気になり上の空だったのだ。

 余所見をしていたところにチャイムが鳴り、直後にドアから人影が現れた。 

 反射的に言ってしまった「起立」に、クラス委員長は顔を真赤にして固まってしまう。


 ぺたん。

 ぺたん。


 このような痴態に慣れていない、連女の少女が泣き出すのは時間の問題だった。


 ぺたん。

 ぺたん。


 かかとを踏み潰した安物の内履が床を鳴らす。

 碧螺春(へきらしゅん)はそのまま教卓に向かった。


 堂々と教卓で構えると、まるで教師のように生徒たちを一望する。

 そして、パンパンと手を打ち鳴らし、イタズラっ子のチャーミングな笑みを浮かべて言った。


「さぁ、どうした。みんな起立しろー」


 淑女であれと日頃から教育を受けている、連理れんり女学院高等学校、通称「連女(れんじょ)」の生徒。

 普段は羽目を外せない、規律に縛られた少女たちである。


 突然始まったお遊びに、少女たちはドキドキしている。

 碧螺春は自分の容姿が女性に受ける自覚がある。

 整備工場でも若い女性客に人気があるのだ。

 意図的に女性ウケする笑みで促せば、クスクスと笑いを堪えながら全員が立ち上がる。


 授業中にこんな楽しい事をして良いのかしら?

 皆が笑いを堪えている中、碧螺春は言った。


「ごきげんよう」


「はい、ごきげんよう。加藤先生」


 そして碧螺春は笑い出した。

 それを皮切りに、少女たちも堪えきれなくなり笑い出す。


 クラス委員の少女も笑っていた。



 ピローン


 笑い声を打ち消す、無粋な通知音が鳴る。


 ピローン、ピローン、ピピピピ……


 それは教室の全てのタブレットによる大合唱となった。

 授業中には鳴らないはずの通知音に少女たちが動揺する。

 碧螺春も折りたたんだスマホを取り出した。


『全校生徒に連絡。大雪警報が出ました、本日の授業は終了となります。生徒は速やかに帰宅してください』


 学校が早く終る。

 その連絡は、なにも楽しいことばかりではない。

 場合によっては帰宅困難すらありえる大雪なのだ。

 窓の外を見れば既に雪が降り始めていた。

 それは小さく硬い粒状の雪で、地面に落ちてもすぐに溶けることはない。

 自転車にはもう乗れないだろう。

 徒歩であってもローファーでは心もとない。


「こんなことなら登校するんじゃなかったぜ」


 いまごろ、実家の整備工場はタイヤ交換を希望する客で大忙しだろう。

 早めに帰って手伝いをしようと碧螺春は思う。

 愛用の鞄、マジソンスクエアを再び肩にかけると教室を後にした。



 生徒用玄関は不安そうに外を眺める生徒で溢れていた。

 雪にローファーでは転んでも不思議ではない。

 そんな連女の少女たちをしり目に、碧螺春は外履きに履き替える。

 茶色の安全靴。

 整備工場の支給品で耐荷重はS種、耐滑性能は区分もFを誇る一品だ。

 多少の雪などものともしない。


 雪の降りしきる中、碧螺春は工場から持ってきた真っ黒の傘を差して校門に向かう。

 その途中、色とりどりの傘を差す少女達が人垣を作っていた。


 碧螺春も普段であれば連女の集団へ、好き好んで近づこうとは思わない。

 だがしかし、その輪の中心が自動車となれば話は別だ。


 登校時に見ていたあの来客用駐車場の軽自動車である。


「どうしたんすか?」


 セーラー服姿の碧螺春からの問いかけに、深緑のワンピースに身を包み込んだ少女たちは少々驚きながら道を開けた。


 軽自動車の運転席、スマホで電話をかけている若い女性が居た。

 生徒会室で碧螺春を断罪していた、あのOGである。


 その表情は焦り困り果てており、薄っすらと涙ぐんでるのも見えた。


「あのかた、まだ車のタイヤを交換されてないそうなのよ」


「いまどこかで予約が出来ないかと聞いておられるのですが、どこもいっぱいらしいの」


「お住まいは鳥双町でも、学園からはかなり遠いのですって」


 不安は的中した。

 車のデザインに合わせた可愛らしいホイールはノーマルタイヤならではだ。

 冬用タイヤまでデザインを気にかける女性は少ない。


 碧螺春は真っ先に実家を思い浮かべた。

 スマホを取り出すと、実家の整備工場『加藤チャンピオンパワーエンジニアリング』の事務所に電話をする。


『はい。かとちゃんぺ』


 せっかちな母が、長い会社名を早口で名乗った。

 いつもながら全く聞き取れないと碧螺春は思う。


「社長いる?」


 そんな母に父親の様子をたずねた。

 碧螺春は工業高校へ進学したからには実家のお嬢さんで居るつもりはない。

 父親をパパと呼んで甘えるのは、工場が休みの月曜だけと決めている。


『あんたはまた、お父さんをそんなふうに呼んで。あの人なら雪でてんてこまいやがいね。なにね? 呼んでこよか?』


 予想していた返事だった。


「いや、いいよ。こっちも雪で早めに帰ることになったから」


 そう伝えて電話を切る。



 来客駐車スペースの車は軽自動車だ。

 女性に人気の車種で当然四輪駆動などではない。

 後部座席とリアウィンドウは濃い目のスモークが施され、中は見えないようになっている。


 だが碧螺春はその後部座席にはあるもののシルエットき気づいた。

 雪雲ごしの陽光を傘で遮れば、中を見ることが出来た。

 冬用タイヤが積み込まれていた。


「冬用タイヤ。スタッドレス、積んでるんっすね」


「ええ、ですから後はお店探しだけなんですって。どこもいっぱいらしいのよ」


 ふむ。であれば何も難しい話ではないと碧螺春は結論付けた。

 碧螺春は運転席に歩み寄る。

 運転席側の窓は開け放たれていた。

 心配してくれている生徒たちに囲まれて、自分だけが暖房の効いた車内にいるのは気がひけるのだろう。

 きっと優しい女性に違いないと碧螺春は思った。

 躊躇する理由は何もない。


「お嬢さん。オレがタイヤ交換しましょうか?」


つづけ

うがい、手洗い、ブックマークと評価を忘れずお願いするでヤンス。

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