スケバンお嬢様・クルセイダー加藤の誕生 前編
かっこいいとは、こういう事さ
ここから3話は独立した過去編となっています。
好みと違うなーと思われた方は、読み飛ばして下さい。
あれはそう、もうすぐ年末だという12月の頃でヤンス。
「ここ数年は暖冬でヤンスねぇ。きっと今年も過ごしやすい冬になるでヤンスよ」
皆がそういっていた矢先でヤンした。
雪だるまの居ない週間天気予報裏切って、急に冷え込んだ日の事でヤンス。
*
「ですから、問題が起きてからでは遅いと忠告しているのです」
連理女学園臨時合同校舎の生徒会室。
その応接スペースで学園OGの女性は声を荒らげた。
「この伝統ある連理の学び舎に部外者を迎え入れるなど、許されるはずがないでしょう?」
まくし立てるOGの勢いは止まらない。
その話を応接用のソファーで静かに聞いていたのは連理女学園の制服に身を包む少女だった。
彼女は手元のタブレットから視線を上げること無く静かに応えた。
「そういった苦情であれば、理事会の方へいかれては如何でしょう?」
「もちろん、もう行きましたわ。ですが私も連女のOGです。こういった判断が生徒の自治に任される校風もよく存じていましてよ、生徒会長さん」
その言葉に少女が顔をあげる。
「臨時生徒会長です」
連理女学園臨時生徒会、臨時生徒会長の志村春香。
連女の制服、深緑のワンピースを着こなした、凛とした佇まいの和風美人だ。
長く黒いストレートヘアは、高い位置でポニーテールにまとめられている。
太いカチューシャで晒された広い額からは知性を、ワンピースを押し上げる立派な双丘からは母性を感じる。
まさに連女の理念を体現したような少女だ。
志村は再びタブレットに視線を落とすと画面をスワイプする。
資料を眺めているのだろう。
「彼女は本人の資質はもちろん、家柄もよく問題のあるような生徒ではありません」
「だけど、連理に入学できなかった生徒でしょう?」
その言葉は、母校を誇るものだったのか、あるいは自分の出身校に対する自尊心の現れか。
志村が大きなため息をついた。
「彼女は連理女学院を受験していません」
受験に失敗したわけではない。
そう言ったつもりが、OGには別の意味に聞こえたらしい。
「ならば、もともと連理の制服に袖を通す資格が無かったのでしょう。深緑のワンピースに純白で象られた連理の木の刺繍。この制服を着ることができるものだけが、この学舎に通うだけの価値ある――」
そこでOGは言葉を詰まらせた。
その視線は、対面の志村を見ては居ない。
志村の後ろ側、窓の外を見ているようだ。
志村が振り返り、その視線の先を追えば――。
*
学園は午前の授業を終え、既に昼休みの休憩時間である。
そんな時間に、連理女学園の門をくぐったひとりの少女がいた。
だが、その服装は連理女学園の少女たちとは少々異なっている。
防寒着が連理女学院指定のケープ付きのオーバーコートではない。
スカジャンである。
刺繍が純白のワンポイントではない。
正面から背中まで極彩色でデカデカと入っている。
その柄が連理の木ではない。
鉄仮面の怪人である。
「うー、寒っび」
12月の初旬。
加藤碧螺春はスカジャンのポケットに手を入れたまま空を仰いだ。
まもなく、他校の生徒を本格的にむかえる臨時合同校舎は厚い冬の雲に覆われている。
この校舎に通って一週間が経つが、まだ慣れたとは言い難い。
とくに苦手なのが挨拶だった。
ごきげんよう、のそれである。
「なにが、ごきげんだってーの。こちとら全くご機嫌なんかじゃねーよ」
碧螺春がご機嫌ではなく、不機嫌なのもしかたの無いことだ。
第一に買ったばかりの自転車で通学が出来ない。
徒歩圏内ではあるものの、多少遠いからと碧螺春は自転車を買った。
しかし、それは足を揃えてのれないスポーツタイプ。
セーラー服姿で颯爽と曲がったところ母親から通学での利用禁止が言い渡された。
それはまぁ良いだろう。碧螺春とて下着を見せて走る趣味はない。
問題はそもそも通学用の自転車を買った理由だ。
彼女はまんぼうでなければ、県外の工業高へ電車通学していたはずだった。
しかし、毎日くりかえされる満員電車を乗り継いで2時間。
未だ感染者ナシのベッドタウンから、そんな県外登校が許されることはなかった。
幸いにして彼女が求める整備士の技術と実務経験に関しては、実家で学ぶことができた。
町で唯一の自動車整備工場『加藤チャンピオンパワーエンジニアリング』が碧螺春の実家であり住まいである。
現に今日も午前の授業は免除され、実習と言う名の手伝いをしていたのだ。
そもそも、碧螺春は中卒で実家へ就職しようとしていた。
――わが社の入社資格は高卒以上だ。
しかし、社長である父の許しは下りなかった。
それで渋々、県外の自動車科がある高校へ進学したのだが、そんな状況下でこのまんぼうである。
そんなおり、この鳥双町で唯一県外まで通学する彼女を、支援できないかと動いた学校があった。
この連理女学園である。
なんでも、生徒会の働きかけで理事会まで動かしたらしい。
「あの野郎、余計なことしやがって。こちとら中卒で十分なんだよ」
ほんの数日前の騒動を思い出して、碧螺春は悪態をついた。
そんな碧螺春ではあるが、せっかく高校生になったので目指していることがあった。
スケバンになる事である。
きっかけは幼い頃に男の子からもらった雑誌だった。
雑誌の特集は、鉄仮面を被りヨーヨーを武器に悪をバタバタとなぎ倒すセーラー服姿の高校生だった。
整備工場で育った碧螺春は金属に愛着があったものの、周囲にはそんな女の子は居ない。
しかしそんな碧螺春に男の子は道を指し示したのだ。
「スケバンはかっこいいよな」
そのとき、碧螺春は銀色のヘルメットを被りセーラー服姿で颯爽と通学する自分を夢見たのである。
「こんなお嬢様学校で、スケバンやってられるかっつーの」
スケバンは学校所属が必須だ。
フリーのスケバンなど居ないので、その点に関しては合同校舎に感謝をしている。
ぶつくさと文句を言いながら、校門から玄関口に向かう。
駐車場に並ぶ教師の車がきになるのは職業病だろう。
そして、来客用の駐車場に止められた軽自動車に気がついた。
女性に人気の軽自動車だ。
その車体には可愛らしいロゴが入っている。
そして、そのロゴはタイヤのホイールカバーにも付いていた。
その組み合わせに碧螺春は思わず声を上げた。
「おいおい、マジかよ」
*
場面は再び生徒会室に戻る。
「なんですの、あのふざけた格好は!?」
窓の外を指して、OGが生徒会長志村を睨みつけた。
アレを見られたからには黙ってもいられないだろう。
志村はわかりきった答えを確認するために、OGの隣に立つ。
その先に居たのは、今まさに名前の上がってた女生徒。
碧螺春である。
出来るだけ何でも無いことのように、志村はOGの質問に答える。
「刺繍の入ったスカジャンですね」
「あの、背中一面が刺繍ですの?」
「そのようです」
志村はスカジャンの図柄は何だったろうかと記憶を探る。
記憶力だけなら自信があった。
「たしかそう、鉄仮面」
その想定外の回答に、OGが洩らす。
「度し難いですわ」
窓の外の碧螺春は、二人が見ているなど全く知る由もない。
ポケットに手をいれたまま、ふらふらと来客用の駐車場に近づいてゆく。
そして、一台の軽自動車を前に立ち止まった。
「あれは、お客様のお車ですか?」
「そうよ! いったい何をするつもりなの!?」
志村は碧螺春が他人の車に何かいたずらするなど、思ってもいない。
しかし、この状況では触れただけでも問題視されかねない。
碧螺春はじっと軽自動車のタイヤを眺めてていたが、すぐに玄関に向けてあるき出した。
OGが何か悪さをするつもりだった、などと言い始めたら面倒だと考える。
だが、それは杞憂に終わることになる。
残念ながらより大きな、別の問題が発生したためだった。
つづけ
やっちゃったでヤンス。