生徒会長 その1
連載版です。
短編から少し設定の変更がありますので、一話から読み直して頂けると幸いです。
お楽しみ下さい!
『おやぶん、お久しぶりでヤンス。デコっぱちでヤンス』
タブレット越しに行われる高校の入学式。
音楽室には俺を含め数名の生徒が、距離をおいてポツポツと座っている。
この生徒たちは俺のクラスメイトなのだろうか?
それすらもまだ分からない。
新しい学友と会えなくて寂しい……なんてことはない。
既に中学の卒業式を画面越しで済ませていた俺達の世代だ。
俺、碇矢哲長は高校の入学式の真っ最中だ。
音楽室で?
タブレット越しに?
まん延防止として密を避けるのが理由だ。
俺たち新入生は入学式という晴れの舞台を、校内の至るところに分散して迎えている。
タブレットの画面では校長がスピーチをしていた。
校長は長い長い挨拶の間、カメラから視線をあげもしない。
演説台の手元は映っていないが、手元の原稿を読み上げているのだろう。
せめて、笑いどころにテロップでも入れば、少しはマシなんだけどな。
早送りしたいけれどもライブ配信ではそれも無理な話だ。
代わりに下向きに親指を立てたアイコンを見つけた。
イイね 5
よくないネ 88
校長のスピーチに評価機能をつけるとか凄いな。
とりあえず89にしておいた。
完全に飽きてしまった俺は、タブレットのカメラから見えないところでスマホを操作する。
生徒向けの校内SNSアプリは、インストール終了を告げるメッセージを表示していた。
そしてログインした直後、冒頭の怪しいメッセージが届いたのである。
*
『おやぶん、お久しぶりでヤンス。デコっぱちでヤンス』
驚いたのも一瞬の事だった。
『おう、久しぶりだなデコ』
俺は、その怪しいメッセージに懐かしさを覚えながら返信をする。
『へい、おやぶんの帰りを今か今かと、指折り数えて待っていたでヤンスよ』
小学校以来だというのに、このノリの良さ。
親友というのは会う頻度ではなく、再会の距離感で決まるというのが俺の持論だ。
『俺も再会が楽しみだったぜ。さっそく放課後に何処かで会えるか?』
『へへへ、嬉しいこと言ってくれるじゃありませんか。ですがおやぶん、オレっち達の再会と言えば、まずは約束のお披露目が先でヤンスよ』
約束?
なんかあったか? お土産でも約束していただろうか?
『ちゃんと、用意してありやすぜ。最高にドスケベなアレを』
ドスケベ? おいおい、ちょっと待て。
俺は思い出す。
どうして俺が親分で、デコが子分なのかを。
*
あれはまだ、鳥二町にあるこの造成地が新興住宅地だったころだ。
そころは、だだっ広いだけの区画に、ポツポツとまばらに真新しい家が建っているだけだった。
そんな新天地で、俺は暇で寂しそうなガキどもを集め、がきんちょグループの親分となったのだ。
「ほら、これ見てみろよ」
俺は建設業者のプレハブ周辺で拾ってきたお宝を、子分どもにお披露目する。
プレハブには作業服姿の怖い大人が出入りしている。そこに近づける俺はガキどもの英雄だったのだ。
お宝を掲げる俺に、子分どもがわっと寄ってくる。おれは地べたにお宝を広げて、子分どもに見せてやった。
「どーしてこのおねーさんは、服を着てないの?」
おでこの広い、はなたれ小僧が雑誌の袋とじを指さした。
「デコ、言葉に気をつけな!」
おれは、はなたれ小僧の広いおでこをペチンと叩いた。
「ひゃ、そーだった。おやぶん、どうして服を着てないのでヤンスか?」
「よし、偉いぞデコ。それはな、エッチだからだ」
でへへーと、俺に褒められたガキンチョ、当時のデコが嬉しそうに笑った。
「とくに、この女はエッチだ。清楚知的系メガネ女だからな。クールな感じがたまんないだろ」
正直、俺もガキンチョだったので、ただ適当なことを言っているだけだ。
「清楚知的系メガネでクールな感じ?」
「そうさ、しかも処女ビッチなんだ、最高だろ?」
「うん、おやぶん! 最高だね!」
歪んでるなぁ。当時の俺、歪んでるわ。
しかし、そんなガキンチョ達の遊びはほどなく終わってしまう。
ガキンチョを率いていた俺が、開校直前の小学校に登校することもなく引っ越すことになったのだ。
新築一戸建ての完成からほどなく転勤とは、親父の会社も無慈悲なものだ。
「親分! 行かないで!」
デコッパチが泣いていた。
涙より鼻水のほうを多く滴らせ、きったねー顔で泣きじゃくる。
「泣くなデコ。男の別れってのはな、泣いたら駄目なんだぜ」
いつものように適当なことを言った。
子分たちがわんわんと泣いていた。俺にはいまひとつ何がそんなに悲しいのかが分からない。
毅然とした態度に、別れの間際まで子分たちからの評価はうなぎ登りだ。
「デコ。お前にこれをやろう、俺の宝物だ」
デコに渡したのは、あの清楚知的系クール処女ビッチの袋とじだ。
デコはそれを受け取るとギュッと抱きしめる。
「おやぶん! おいらこの本をおやぶんだと思って大事にするよ!」
ありがとうデコ。
だが知的クール処女ビッチお姉さんを、俺だと思うのは辞めておけ。
「俺は必ず帰ってくる」
根拠はない。
新築の家は借家にするので、いずれは帰ってくるだろう。
それにしたって、親父の定年後かもしれない。
会社の都合なので俺が約束できるはずもないが、ガキンチョなので適当なものだ。
「それからな。もし、困ったことがあったその本を読むんだ。きっとお前達を助けてくれる。だから泣くな」
今思えばとんでもない事をいっていた。
「おやぶん。それも『おきて』なの?」
「そうさ、俺たちの『テツの掟』だ」
テツの掟といわれたデコは、服の袖で涙と鼻水を拭き取った。
その胸に抱きしめた本が、変形するほど力を込めて顔をあげる。
「親分、最後におでこをペチンしてほしいでヤンス」
デコは前髪を上げて、広いおでこを俺に晒した。
変なことをお願いするなと思いつつ、いつものようにペチンと叩く。
「えへへー。おいら、親分がいつかえってきても良いように準備して待ってるから」
「ああ、楽しみにしているぞデコ」
その夜、俺は親父の車に揺られてこの街を離れた。
俺を後部座席に乗せた車は、知らない道を走り続ける。
そこでようやく、もうデコ達には会えなくなったのだと俺は気づく。
なんてことはない。一番状況が分かっていないお子様は俺だったのだ。
気づいたらもう駄目だった、俺は泣いた。
デコの「準備をして待ってる」がどんな意味かも考えることなく、泣きつかれて寝てしまうまでずっと泣いていた。
分割!!
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