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4食

「イザベル!! イザベルストップ! 落ち着け!! どう! どう!!」

「うがあああ!!」

「仮にも女の子が出していい声じゃないいー!! 落ち着け!」


 ギルバートに羽交い締めにされながらも、目の前の直立不動黒髪野郎を殴ろうと体が動く。離しなさい、あんたをいじめた奴なんて誰であろうと奥歯へし折ってやる。


「い゛っ、」

「!」


 背後から聞こえた声に、自分の動きが一瞬全て完全に停止する。慌てて見上げたギルバートは、何故か安心したように眉を下げた。


「ごめん、ギルバート。肩、平気? ごめんなさい」


 無意識にギルバートの腫れ上がった肩に触れようとして、ハッと気がついて慌てて手を引っ込めた。


「お、おい! 別に平気だから、そんな顔するなよ! ごめんってイザベル! 痛くないから! 全然大丈夫だから!」


 なんであんたが謝るのよ、あほバート。


「双方謝罪する意味は無いと思われる」


 話に入ってくんないじめっ子。見損なったわ。


「落ち着けイザベル! 違うんだ! 俺は別にいじめられた訳じゃない! れ、レオ……君、はそんなことする人じゃない! お前も知ってるだろ!? この怪我は俺が、」

「レオで構わない」

「っえ、あ、あぁ、う、うん。ありがとう……。俺も、ギルバートでいいよ……」


 人見知りが継続中なのか、声のボリュームが一気に下がり、目線も床を彷徨うだけになったギルバート。そんな様子を機に求めていないのか、黒髪いじめっ子は表情ひとつかえずこう言った。


「感謝する、ギルバート・ドライスタクラート」

「呼ばないのかよっ!!」


 叫んでから、はっとしたようにオロオロしだすギルバート。目線で私に助けを求めてくるが、状況の飲み込めない私には何が何だか分からない。とりあえずギルバートの人見知りが全く改善されていないことしか分からない。


「ギルバート・ドライスタクラート、謝罪する。本日の練習試合で、少々熱くなりすぎた。寸止めをするつもりが大きく打ち込んでしまい、怪我を負わせた。申し訳ない」


 黒髪野郎がびしっと頭を下げた。


「い、いや、俺が弱いのが悪くて……レオ、君は悪くない、です」

「レオで構わない」

「じゃあお前もフルネームで呼ぶなよ! 距離感分かんねぇんだよ!! ……はっ」


 叫んでからまたオロオロと私に助けを求めるあほ。そして、その様子に微動だにせず話し続ける黒髪。


「また、ギルバート・ドライスタクラートが弱いという事実はない。校内で私と加減無しで打ち合える者はギルバート・ドライスタクラートのみである。本日の試合も私が本気で打ち込ま無ければ引き分けになっていたと予想される」

「もうやだこの人……」

「レオで構わない」

「どういうこと!? 俺ら同じ言語喋ってるよな!?」

「私もギルバート・ドライスタクラートも、我が国の公用語で話をしている」


 とりあえず私は自慢のカウンター席に座って、2人の会話を見守ることにした。ギルバートはもう人見知り期間が終わったのか、十分に本来のうるささを発揮している。一方直立不動の黒髪の方も、2年前から変わらず堅物のようだ。

 入学当初から圧倒的剣の腕と成績で騎士学校首席の席に座り続ける男、レオ・アインツェーデル。その家柄からいつも周りに取り巻きが大量にいるが、本人が堅物過ぎて誰も取り入ることが出来ないでいた。私の見た限り、コイツは取り巻きが自分にたかっているとも思っていないと思う。ただいつも自分の近くに立っている人達、ぐらいの認識なんだろうなと当時は取り巻きどもに同情すらした。


「分かったやっぱりレオ君俺のこと嫌いなんだろ!! 俺みたいなゴミカスがライバルとかはやし立てられてて実はめちゃくちゃ怒ってるんだろ!!」

「レオで構わない」

「くそおおお!! それしか言えないのかあああ!!」

「レオ・アインツェーデルだ。レオと呼んでもらって構わない」

「言い方の問題じゃねえええ!!」


 ギルバートがその場に崩れ落ちた。騒音人間が堅物人間に完全敗北した瞬間だった。


「ギルバート・ドライスタクラート、大丈夫か?」

「大丈夫じゃなくしたの君だけど!?」

「レオで構わない。そして、改めて謝罪を」


 今まで直立不動を貫いていた堅物は、すっと地面に座り込んだギルバートの前に片膝をついた。同時に手に持っていた箱を差し出す。


「放課後、医者へ向かうのかとギルバート・ドライスタクラートの後をつけた。しかし、ギルバート・ドライスタクラートが向かったのは飲食店であった。よって手当の道具を校舎に取りに戻ったため、謝罪が遅れた。医者に行けぬ事情があるのなら私が手当をしよう」

「……え?」

「私がギルバート・ドライスタクラートに怪我を負わせたのは、本意ではなかった。繰り返し謝罪する」


 ぺこり、とまた頭を下げたこの国で1番の貴族の堅物息子。


「え、あ、いや、待ってくれ。まさか、俺に剣当てたの、謝りに来たのか? それだけで? わざわざ、1人で、アインツェーデル家の息子が?」

「レオで構わない」

「ええ……イザベル、どうしよう俺もう分かんないよ……。レオ君っていい人だと思ってたけど、ここまで……?」

「レオで構わない」


 ギルバートの目が本気で助けを求めてきていたので、仕方なく席を立って床に座っている2人の間にしゃがんだ。


「ギルバート、レオはあんたに謝りに来ただけみたいよ。許すか許さないかはあんたの好きにするとして、堅物で融通が効かないのはいつも通りなんだから、レオって呼んであげなさいよ」

「許すも何も……。レオ、は、悪くないから。ただ俺がカッコ悪く負けたからで……ああ、だからイザベルには言いたくなかったのに……」


 がくり、と首を折ったギルバート。レオは黒い瞳でそれをじっと見つめて。


「手当のために脱衣を要求する」

「俺もう疲れた……叫ぶと肩に響くんだよ……はああ……」


 また脱衣を要求し始めたレオを、今度は私が制した。


「レオ、手当なら私がもうやったわ。あと、ギルバートがあんたのこと怒ってないって言ってるから、奥歯は折らないでおいてあげる」

「感謝する、イザベル」


 いきなり、これまで大人しくしていたギルバートがガバッと顔を上げた。


「な、な、な、なんでイザベルのことは呼び捨てにするんだ!!!」

「ただ私の姓がないからでしょ、嫉妬してんじゃないわよ」

「しっっ!!! し、しっ、嫉妬……!! 嫉妬!!」


 白い肌を耳からつむじまで真っ赤に染めたギルバートが、目を見開きぱくぱくと口を開け閉めして無音になる。どんだけ興奮してるのよ、たかだか名前ぐらいで。


「レオはあんたの友達でしょ? 取らないわよ」

「私に友人は不必要だ」

「うわごめんギルバート、さすがに可哀想だわあんた」


 レオの言葉にびきりと動きを止めたギルバートは、次の瞬間とうとう顔を覆ってしくしく泣き出してしまった。さすがに今のは酷すぎる。


「レオ、謝んなさいよ。泣いちゃったじゃない」

「謝罪する、ギルバート・ドライスタクラート」


 よしよしと泣いている背中を撫でてやる。レオは相変わらず無表情で謝罪を繰り返していた。

 結局ギルバートがちゃんと泣き止むのに、夜の鐘が鳴るまでかかった。


「家まで送ろう、ギルバート・ドライスタクラート」

「……」

「気をつけて帰りなさいよ、2人とも」


 からんからん、とドアの鈴がなって、鍛え上げられた背中が2つ消えていった。

 なんだか色々疲れたし、明日の仕込みはしていないし、もう明日は店を休もうと思っていた。



 しかし、次の日の夕方。


「失礼する、イザベル。ギルバート・ドライスタクラートの代わりに、私がこの店を手伝おう」


 知らないわよ、こんな未来。



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