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25食

「処刑処刑、サクッとやっちゃおう」


 突如また姿を見せたダサメガネに、騎士達までもが困惑したように顔を見合わせる。仲間じゃないのかい。


「さっきの話だけど、嘘でしょ? たしかに国際社会は敵に回したくないけど、この場で君ごと揉み消しちゃえばいいから」

「!」


 私の命をかけたハッタリを軽々と踏み砕いて、まるで自宅の庭のように、騎士達の間を突っ切ってこちらへ向かってくるダサメガネ。

 私の目の前まで悠々とやってきたダサメガネは、心底面白そうに笑ってから。


「ナイスバッドラック、フィアリストクラットの末娘。久しぶりにこんなに笑ったよ」


 かちゃ、と薄汚れたダサメガネを取った男の顔には、見覚えがあった。コック帽を取った頭の色にも、見覚えがある。


「やあやあ、イケメン王子様の登場だ。みんなひれ伏しちゃってくれていいよ?」


 輝く金髪。現国王の面影を残す口元。憎たらしいほど余裕の態度もそのはずだ。だってこの男は。

 この国の、第一王子。


「素晴らしいね、自分の小賢しさで罪を重ねるとかとっても良い。僕もちょっと君のこと好きになっちゃったな」

「……なんの、つもりよ」

「言っただろ? 僕は君に死んでほしい。でも直接手は汚したくなかった。それだけさ」


 ゆらりとギルバートが私の前に立った。恐ろしいほど整った顔は、眉を跳ね上げ犬歯を見せ、燃えるような熱を瞳に宿して目の前の王子を睨みつけていた。


「ああ、怖い顔も出来たんだね、ドライスタクラートのお人形。さすがにイトシゴまで君とは憐れ憐れ、神様に愛されすぎたんじゃない?」


 感情のままに殴ろうとしたのを、こちらを見もしなかったギルバートの片腕に止められる。あほバートの片腕が肩に置かれただけで、身動きが取れない。この、この馬鹿力め。離しなさい、あんたのことを人形だなんて、人間じゃないなんていうやつは、全員私が殴ってやるから。

 もう、誰にもあんたのことを傷つけさせたりしないから。全部、私がなんとかするから。

 だからあんたは、笑っていて。


「まあ、僕もあのイトシゴ部屋はどうかと思うよ? 未来だけを見せるためにあんなに暗くして、目隠しまでしてさ。逃げないよう拘束して、会話できるのは王とだけ。よく今までのイトシゴは気が狂わなかったと思うよ。さすが王、あの状況で依存させるのはお手の物ってことかな? それとも子供の頃からそれしか見せないから、不満すらないのかな」


 不快に軽い調子で続く声に、ギルバートの顔がどんどん怒りに染まっていく。初めて見た、本当に怒りのみに歪んだ顔。


「さて。じゃあ、イトシゴはさっさとあの部屋に戻ってね。で、フィアリストクラットの末娘は処刑。レオ・アインツェーデルは特にお咎めなし。はい! さっさと動け騎士達〜」


 ひらひらと手を振って、元ダサメガネは笑った。騎士達が、弾かれたように動き出す。


「触るな!!」


 ギルバートが怒鳴った。まるで獣のように、聞いたこともない声で。

 私に向かってきた騎士を、思い切り殴り飛ばした。その騎士は宙を舞い、意識を失う。


 あーあ、やっちゃった。


「へえ。ドライスタクラートのお人形は実用的だね。イトシゴなの本当にもったいないなあ。僕が遊んであげてもいいぐらいの見た目なのに。僕、人形遊びは嫌いじゃないんだよね」

「ダサメガネ!! こっちに来なさいぶん殴ってやる!!」

「ありゃ、急にキレた。変なの」


 ダサメガネはふらふらとこちらを見ては不快な言葉を発し、ギルバートはバカスカ向かってくる騎士達を殴り飛ばし、レオは未だ父親と剣を交えた姿勢のまま微動だにしない。

 先ほどギルバートの後ろから飛び出した私は。


「離せこのバカどもーーーー!!! アイツの奥歯へし折ってやるー!!」


 50人はいるだろう騎士達に囲まれ、全員がすぐさま私に覆いかぶさるように押し寄せた。そのうち10人ほどが、私の動きを止めるために本当に乗っかてくる。まるで山のように、こんもりと騎士達が倒れた私の上に積み重なる。いや重い。

 近くで他の騎士達を殴っているギルバートがこちらへ向かってなんだか恐ろしいことを叫んでいるが、ちょっと怖いから聞かなかったことにする。


「うがああ!! 離しなさい!! 重い!! あっ、ちょっと、どこ触ってんのよ変態! 鼻の骨折るわよ! 離せ! あの王子ぶん殴ってやる!!」


 ギルバートが殴り倒した騎士の1人から剣を奪い、ゆらりと私の上の騎士達を見て振りかぶった。美しい顔からは一切の表情が抜け落ち、ただガラス玉のような銀の瞳が、騎士達の首を見据えている。

 いや、ちょっと待って。本当に、本当にちょっと、あの、怖いかも。


「ぬあっっ」


 私がギルバートにビビった拍子に、のしかかってきていた騎士達の中の誰かの肘が顔面に入った。ごす、と嫌に生々しい音が頭に響いて。


 ぱたた、と地面に赤が落ちる。


 やばい、鼻血だ。だっさい。お願い見ないでギルバート。


「……!!」


 ギルバートが、泣きそうな顔で剣を振り下ろそうと、




「止めろ!!!」



 凛とした、威厳のある澄んだ()()の声。


 あのダサメガネまでが動きを止めざるを得ないような、この声は。


「ここを王城と知っての騒ぎか、これは!」


 ギルバートやレオが通う騎士学校の制服。白い半袖に、紺色のズボン。その腰には上等な剣を下げた、見目麗しい小柄な金髪の少女。

 この国の、第一王女様。


「ソフィ……!!」


 ダサメガネが突然猫なで声を出して、さっと王女の元へ走っていった。


「ごめんようるさかったかい? お兄さまがすぐ静かにさせるからね」

「触るな愚兄」


 ぱしん、と王女が王子の手を振り払った。まるで今すぐ殺しかねないとでもいうような視線を王子、つまりは実の兄に向けている。


「ひぃ、酷いよソフィ……!!! お兄さまはこんなにも、ソフィのことが好きなのに……!!」

「私は貴様が嫌いだ、愚かが移るから寄るな。さっさとそのトンチキな格好を改め職務に戻れ」

「つれないとこも可愛いねえソフィ……」

「黙れ。イザベル・フィアリストクラットに血を流させたのは愚兄だな? 二度と、私の前に顔を見せるな。斬るぞ」

「斬って……」

「そこの騎士! さっさとその女の上からどけ! そしてこの愚か者を執務室へ縛り付けておけ!」


 私の上に乗っていた騎士達は慌ててどいて、ダサメガネをどこかへ連行して行った。なんで第一王子より姫の方が権利ありそうなんだこの国は。


「ウィリアム・アインツェーデル、剣を収めよ。私は今機嫌が悪い、貴様の顔を見たくない。失せろ」

「仰せのままに」


 レオの父は1秒もかけず剣を収めてこの場を去った。

 残ったのは、剣を収め頭を下げたレオと、剣を握り人を殺さんばかりの目で辺りを睨むギルバートと、鼻血ダラダラの私だけ。

 なんてカオスだ。


「イザベル・フィアリストクラット、ここで何をしている」


 王女が、硬い表でこちらへと歩み寄りながら声をかけてくる。睨むような眼光は、嘘ゆるさない上に立つものとしての気迫があった。それに、こちらもグッド店主的威厳で応える。


「王様と取り引きしようと思っただけよ」

「取り引きとは?」

「イトシゴの解放、ドライスタクラート夫人への恩赦の要求を飲まなければ、この国の人権侵害のネタを国外のメディアに渡すわ」

「その取引、私が受けよう」


 は?


「父はもう考えるだけの頭はない。イトシゴが見つからないこの19年で心を病んでな。実際(まつりごと)をしているのは愚兄と私だ。そこでわかったが、イトシゴなど居らずとも、この国は成り立つ。こんなことで国際関係に影を落とすのは愚か者のすることだ」


 待て待て、イトシゴにあれだけ執着しておいて、そんなあっさり。


「まあ、イトシゴの見た未来の他言は固く禁止し、その動向は常に国家の監視をつける。だが、あの趣味の悪い部屋に押し込めることはしない。ドライスタクラートの女の処刑についても、この私が口添えしよう」

「なんで?」


 しまった思わず素で聞いてしまった。


「もちろんタダでは無い。イザベル・フィアリストクラット、お前の条件を飲む代わりに、貴様には飲んでもらう条件がある」


 この国の王女様は、その可憐な顔を歪め、信じられないほど悪い顔で笑った。思わず自分の肩を抱いた私に、王女は。


「私と勝負しろ、イザベル・フィアリストクラット!」


 あほばっかかこの国は。


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― 新着の感想 ―
[一言] お前か――!!!! いや確かに最初に何か出てきたよ! 姫なのに騎士学校に入った変な人って最初に話題に上がってたよ! まさかのここで登場する!? この国の上の人たち頭おかしい人しかいないの? …
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