表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

23食

 石の床に思い切り転び、この真っ暗な空間に肉を打った音と、手に持った鍵が転がった音が今までにない大きさで闇に響く。


「ったあ……」


 それでもなんとか起き上がり、躓いた原因の柔らかい何かを確認しようと顔を近づけ、目をこらす。

 闇に慣れない目に、きらり、と。こんな場所で光るはずのない、銀色が。


「……ギルバート!?」

「!?」


 目隠し、猿ぐつわ。ほぼ触れているような近さに顔を近づけて見えたそれ。それは、床に転がされ、両手足を鎖のついた枷で繋がれている。それでも、この銀髪は、この意外にごつい体は。


「ギルバート!! ギルバート!! あんたそんな格好でどうしたの!!」

「!!、!!」

「ちょっと待って、今取ってあげるから!」


 口の布をとり、目隠しを外す。闇の中で零れんばかりに見開かれていた銀色の瞳が、私を捉えたのかさらに見開かれる。


「イザベル!? なんで!!!

「待って、私鍵持ってるの。手と足のやつも外すわ」

「は、幻覚!? さっきのは幻聴じゃなかったのか!?」


 暗い中もたつきながらも、なんとかギルバートの手と足の枷を外す。あのダサメガネに貰った鍵で、本当に開いた。あのメガネは一体何者なのか気にはなるが、今はそんなことどうだってよかった。いつもの騒々しい声が、いつもの銀色が、やっと戻ってきたのだから。ここが暗くて良かった。きっと私は今、グッド店主にあるまじき顔をしている。


「待て、イザベル!! なんでここにいるんだ!!」

「あら、国家反逆は店主の嗜みよ? ギルバート、黙って私に攫われなさい」

「何言ってんの!?」


 騒ぐギルバートを立たせて、服についた埃を払ってやる。よし、これで大丈夫。本当は思い切り飛びついて抱きしめたいが、まだ我慢だ。


「イザベル、イザベルまさかお前、考えなしに乗り込んできたんじゃないだろうな!! ここ城だぞ!?」

「うっさいわ」

「うっさくない!! お前、何したか分かってんのか!!」


 がっと肩を掴まれる。もちろん、痛くもなんともない。だから振り払うなんてこともしない。


「いいから、黙って私に着いてきなさいよ」

「ダメだ!! いいか、俺も一緒に謝るから大人しく帰れ! 俺はイトシゴなんだよ!! 王陛下以外は会っちゃいけないんだ!! だから、だからもう関わるな!!」

「うっさい、いいから私に従いなさい」


 べちん、と小さく整いすぎている頬を張った。ギルバートはワナワナと震えて、頬を押さえて大人しくなる。

 私はもうグッド店主として気持ちを切り替えているので、威厳たっぷりに腕を組んで、理解が遅いうちのコックに状況を説明してやる。


「いい? 私は今、何とかしなきゃならないミッションを2つも抱えてるの」

「……2つ?」

「ええ。今、あんたのオカーサマがさらにとち狂って、クーデターを起こそうとしてるわ」

「っ!!」


 ギルバートが身を固くした。大丈夫だ、もう何も、何も気にしなくていい。これからあんたを傷つける全てのものは、私がなんとかするのだから。全部私がなんとかするのだから。


「で、私はあんたを取り返した上、オカーサマの首も守ってやらなきゃならないの。2つとも少し骨の折れるミッションね」

「……は?」

「だから正直、泣いてるあんたの手を引いて一緒に帰っている暇はないのよ。ギルバート、あんた1人で店まで帰れるわね? 店にはレオがいるから、帰ったら大人しくしてなさい。私はちょっと王様と話して恩赦もぎ取ってくるから」

「……なに、言ってんだよ」


 ふら、とギルバートがよろけた。支えてやろうと手を伸ばしたのを、いつもとは違う、痛むほど強い力で掴まれる。そのまま手首をひね上げられて、すぐにずい、と鼻先が触れ合うほどの近さに、美しい顔が現れた。あまりにも必死なその顔は。


「何言ってんだよイザベル! こんなことして、さらに何かしたら絶対に殺される! やめてくれ、お願いだからやめてくれ!! 俺は、俺はイザベルに生きていて欲しいから!! だから今まで生きてたんだ!! ずっと!! 人形として生きてたんだ!! これからだって!! イザベルのためならなんだって!!」

「痛いしうっさいわ!」


 殴った。


「私だってあんたに生きていて欲しいから! 剣を取ったのよ!! だから今ここに居るの!! これからのことなんて知るか! 私は!! 今、ここに居るの!! 今だけを見ていたいの!!」


 呆然と頬を抑えるギルバートの手を掴んだ。今度こそ指だけじゃなく、ちゃんと手のひらを握った。

 それから、先程転がり落ちた階段へ向かって駆け上がる。もう、この闇に目は慣れていた。


「私は、人間だったんだもの!! あんたと同じ、人間だったんだもの!! だったら!! 人と一緒にご飯を食べたって、いいでしょう!?」


 登り切った先。隠し通路の入り口を、蹴破った。

 突然の眩しさに目を潰されながら、ギルバートの手を引いて走る。


「大丈夫よギルバート! 私、私絶対にあんたを助けるから! そのためなら、王様だって殴れるから!」


 進もうとした道にはことごとく騎士がいて、どんどんと追い詰められていく。そんな中、大きく息を吸った。


「出て来なさい王様ーーーー!!! この私が話があるって言ってんのよーーーーー!!!!」


 飛び出した中庭では、剣を構えた騎士達が、ぞろりと私を囲むように立っていた。集団で待ち伏せか、中々優秀な騎士ね。レオの方が強そうだけど。


「イザベル・フィアリストクラット、そこまでだ」

「ふん。仮にも騎士なら、レディの名前ぐらいきちんと覚えなさい。私はただのイザベルよ、その姓も主も、とうに失くしたわ」

「これ以上の狼藉、即首を落とすこともやむを得ん」

「やれるもんならやってみなさい。困るのはあんた達よ」


 騎士の中の1人が剣を抜いた。

 生のない目、揺らがぬ目、凪いだ目。

 生物として必要なものを全て削ぎ落とし、ただ冷たい、斬るためだけのナニカになった、男の形をした剣。


 アインツェーデルの当主。レオの父だ。


「っ」


 身体が震える。勝手に、生物としての本能全てが恐怖している。殺される、斬り殺される。斬られて全てが終わってしまう。アインツェーデルと向き合った私に、それ以外の道はない。

 後ろにいるギルバートも、斬り殺される恐怖に息を飲んだ。


 だから、私もカードを切る。


 本当は王様相手に切るはずだった切り札を、今ここで晒そう。


「私達を殺してみなさい! すぐに国外のメディアに、情報が回るよう根回ししてあるわ! 人権理解の甘い後進国として、他国に食い物にされる準備はできてるんでしょうね!」


 私がポケットから取り出し高らかに見せつけたのは、いつかの観光客が渡してきた名刺だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] えええええええ!? まさかの、ここであの謎ジャーナリストが活躍するの!? あいつ、ギルバートの不審な行動を残すだけの賑やかしと思ってたけど、こんなに重要なキャラになるとは……。 国家反逆は店…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ