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10食

「イトシゴ捜索にご協力を!! 国の未来のため、イトシゴの発見にご協力を!!」


 馬車待ちで並ぶ人々に、威圧感たっぷりの大声でビラを配り聞き込みをする憲兵。一方、微動だにせずパーフェクト店主フェイスを貫く私。

 さあ、真っ向勝負よ。私が人外かどうか、見破れるもんなら見破ってみなさい。


「イザベル、大丈夫だから」

「え?」

「あの憲兵に恐怖を覚える必要は無い」

「え??」


 なぜか2人は私を隠すように立ち位置を変えてくれた。私は誰にも自分がイトシゴだと言ったことは無いし、悟られたことも無い。それなのに、この2人はどうして匿ってくれたのか。

 いや、冷静になれ私。むしろ私がイトシゴだと知っていたら匿わないだろう。国家反逆罪だもん。この2人は騎士の卵として、ごく自然に紳士的行動をしただけだ。


「イトシゴ捜索にご協力を!!!」


 とうとう私達の前にやって来た憲兵が、ずい、とビラをギルバートに押し付ける。


「身近に、イトシゴらしき人間はいませんか? やけに運が良い、成功している、ここぞと言う時だけは失敗しないなどという人間に、心当たりはありませんか!?」


 誰だそいつ。こりゃ絶対見つかんないわ。


「?」


 知りません、とだけ答えればいいのに、2人は何も言わない。

 そんな様子に、じっとり、と手のひらに汗が滲んだ。自分の心臓の音が耳に響く。まさか、まさかね。だって私は悟られるようなことをした覚えはないし、この2人だって今まで一切勘づいている素振りを見せなかった。バレているはずがない、冷静になれ、私。


 でも、もし。もし今この2人に、憲兵に突き出されたら。きっと、ただバレるだけよりも、もっと最低な気分になるんだろう、とは思った。


 そしていきなり、両手で大荷物を持ったレオがよく通る声をあげた。


「この状況では、その行為は相手に威圧感のみを与える。それは憲兵の職務では無い。よって、声量を落とすべきだ」


 私がほっとしたのも束の間、レオに続いてギルバートもムスッとしながら口を開いた。


「礼を弁えるんだな」

「あ?」


 威圧感たっぷりの声と表情で、憲兵は2人を睨みつけた。ばか、やめなさい憲兵。この2人シャレにならないお坊ちゃんよ。


「なんだお前ら、呑気に買い物しておいて、国のために協力は出来ないとでも言うつもりか? あ?」


 やめなさい憲兵。国のために日夜働いてる家のお坊ちゃんよそいつら。とうとう普段騒がしいギルバートまで無表情になっていて、ただただ整った顔が恐ろしいことに早く気づきなさい。


「一丁前に女隠しやがってよ! 2人も男連れて、とんだ性悪女が!!」

「えっ」


 いきなり名指しされ、びくり、と肩が跳ねた。この憲兵私に気がついていたのか、こんなに頭悪そうなのに。


「黙れ」


 地の底から響くような音に、また私の肩が跳ねた。聞いたこともないギルバートの低い声だと気づくのに、少し時間がかかった。


「お前、誰の前で誰を侮辱したと思ってんだ」

「ギルバート・ドライスタクラート。暴力行為はすべきでは無い」

「うるせえレオ! こいつ俺の前でイザベルのこと性悪だなんて言いやがったんだ! とりあえず殴らせろ!!」

「承知しかねる」


 憲兵は、ギルバートとレオの名前を聞いた辺りから顔色がおかしくなってきていた。青くなったり白くなったり、はて夢かな聞き間違いかな、みたいな顔をしてはまた白くなったりしていた。そして馬車の列に並ぶほかの客は全員走って逃げた。


「……ど、ドライスタクラート、様?」


 憲兵の情けない小さな声に、ギルバートが思い切り顔を顰める。


「…ああ! そうだよ! ギルバート・ドライスタクラート!」

「私はレオ・アインツェーデルだ」

「……」


 憲兵は気絶した。それを一瞥したギルバートは舌打ちして無視を決め込んだ。レオはさっと屈んで、急病か、と声をかけている。

 その背中に、声をかけた。


「2人とも、名乗って良かったの?」

「イザベル!! ごめん俺がいたのにあんなこと言わせて!! すごい絡まれたし、本当にごめん!!」

「私が名乗ることは問題にならない」


 質問に答えたのはレオだけだった。話を聞けあほ。


「とりあえず、他のお客さんには迷惑かけちゃったわね……。早く帰りましょう」

「承知した」

「イザベル、ごめん……」


 しゅんとしたギルバートと無表情のレオを連れて我が店のドアを開けたのは、もう夕方だった。


「はあ、ただいま。レオ、お皿カウンターにおいて。長い間持たせてごめんなさいね、ありがとう」

「イザベルの損失に対する補償は、私のすべきことである」

「はいはい。ギルバートも、いつまで落ち込んでるのよ。明日の仕込みと夕ご飯、作って食べるんじゃないの?」

「うん……」


 のそのそとエプロンをかけ、手を洗い出したギルバート。その表情は暗い。


「ギルバート、桃パイは?」

「つくる……」

「桃パイを作るのはギルバート・ドライスタクラート」


 まだ浮かない顔で、とぼとぼと厨房に銀髪が消えていった。すぐさま後を追う黒髪。

 そして、今日は赤髪もついて行ってみた。

 ギルバートが自分の手元ばかり見て私達に気が付かないので、さっとまな板の前に体を滑り込ませる。


「ねえ、今日は私がおやつ作ってあげましょうか」

「イザベルの危険物」

「失礼極まりないわね。今日は大丈夫よ」

「イザベルの危険物は日によって変動する」

「まず危険物という所から離れなさいよ」


 包丁を手に取り、匿名で送られてきた箱から桃を1つ取り出す。ぷつ、と桃に刃を当てた所で、やっとギルバートの目がこちらを見て見開かれた。


「なっ、なななに!? なんでイザベルが包丁を!? なんか気に食わないことでもあったのか!?」

「私をなんだと思ってるのよ」


 桃に切り込みだけ入れて、あとは手で皮を剥く。うん、いい香り。


「あっっ! イザベル皿がない皿が! それに何作る気だ! 俺が代わりに作るから、2人は皿を」

「完成よ、口を開きなさい2人とも」

「私の口を開ける」

「へ?」


 もう一度包丁を手に取り、裸の桃を3つに切った。そのうち2つを間抜けに開いた2つの口に詰め込む。私も種を取ってから自分の分を口に入れた。

 まるでジュースのようなみずみずしさに、爽やかな甘さ。うん、美味しい。


「イザベル特製桃のおやつよ。味わって食べなさい」

「桃のおやつ」

「えっ、いや、これただ桃切っただけ……べ、別に悪いとは言ってないけど! 全然良いけど! むしろ素材を活かしていて趣深いというか!!」


 なぜか慌てて桃を飲み込んだギルバートを、レオがじっと見つめている。


「イザベルは趣深い」

「あら、良く分かってるじゃない。イザベルは趣深いグッド店主」

「……」

「無視してんじゃないわよ」

「お前ら、すぐ喧嘩すんなよ……」


 手がベトベトになったので、手を洗うついでに今日買った皿を洗って棚に仕舞っていく。レオには触らせなかった。

 ギルバートもなんだか普段通りに戻って、騒がしく明日の仕込みをしている。


「大皿はまだないとしても、さすがに量が多いわね。今日はここまでにして、残りは明日洗うわ」

「イザベルの代わりに、私が皿を洗おう」

「ダメ。レオはギルバートのとこ行ってなさい」

「レオはギルバート・ドライスタクラートの元に行く」


 そう復唱しながら厨房の奥へ言ったレオに、騒がしい声がぎゃんぎゃんと上がった。


「だからレオは君だ!! 自我を保てよ!!」

「私に自我は不要だ」

「必要だよ自我!!! 人間だもの!!!」

「私に自我は不要だ」

「くそおおおお!! 通じねえーーー!!!」


 うるさいやかましい騒がしい。

 最後に3色のマグカップだけ別に洗って、ずいとギルバートに押し付ける。美味しい中身を入れてください。


「はああ……ミルクティーでも入れるか」

「あまあまにしてね」

「あまあまのミルクティーを作るのはギルバート・ドライスタクラート」


 次の日は、久しぶりに店を開けた。


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