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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第3章

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099.幕間2


「ほらっ!ズレてきちゃってる! もっと集中して!」

「う、うんっ!!」


 これは、あたしが小さかった頃の話だ。

 今から10年以上も前……まだ小学3年生の夏だった時。

 あたしはママの厳しい叱咤を受けながら目の前の事柄に集中しなおす。


 ここはキッチン。あたしが生まれた時からずっと暮らしている、家のキッチンだ。

 目の前には丸くて大きな、純白と言っていいほど真っ白な物体。そんな円形の物体にあたしはチューブを硬く握りしめながらズレないように慎重に手を動かしていく。


「っ……!できた!! ママ!どう!?」

「見せてみなさい…………。 よし、いい感じ。頑張ったわね優佳」

「うんっ!!」


 苦労してようやく出来上がったものが褒められたことが嬉しくて、あたしは柔和に微笑むママに対して笑顔を見せつける。

 出来上がった白くて丸い物体――――大きなホールのケーキは、今のあたしをして完璧といっていいほどの自信作だ。

 かなりの比率をママに手伝ってもらったが、それでも大事なところを任せてもらえたし、相当うまくできたと自負している。

 けれどこれで完成というわけではない。今のケーキは真っ白で、彩りがない。


「後はいちごを乗せるだけだよね!?」

「そうね。 それで本当に、完成ね」


 イチゴを綺麗に並べ、彩りを良くする。

 それをやってようやく、このケーキは完成と言えるのだ。

 あたしは冷蔵庫からイチゴのパックを取り出そうとしたところ、ママに扉を閉じられてしまった。なんで?出すことができないよ。


「ママ?」

「乗せたいところだけど……まだ時間は余裕あるわ。仕上げはすぐできるし直前にしない?」

「そお? わかったぁ」


 完成直前でお預け。

 なんだかもったいない気もしたが、その目論見はあたしがふらついてママの方に倒れ込んだことですぐに察知する。


「ふふっ……優佳もケーキ作りの為に早起きしたものね……」

「んん……まだ……大丈夫……」


 きっと、ここまで頑張ったことであたしの緊張の糸が切れたのだ。

 急に来る眠気。普段より何時間も早く起きて調理し始めたことの影響。

 あたしはママに優しく抱きとめられながら眠い目をこする。


「……楽しみね、お泊り会。 ケーキ、総ちゃんも喜んでくれるといいけど」

「ん……」


 お泊り会。

 年に1度夏に行われる、楽しい楽しい家族同士の集まりの1つ。

 早い時はお昼から集まって総くんと遊んで、楽しんで、笑い合う。幸せな日。

 今日はそのために、誰かの誕生日や記念日でもないけれどあたしのお願いで朝からケーキを作っていた。


 お出かけから帰ってきた総くんを迎える、サプライズケーキ。

 ちゃんと大好きなコーヒーも準備したし、喜んでくれるといいけれど…………


「まだ時間もあるし、少し寝たらどう――――あら電話。優佳、ちょっとまってて」


 ママの腕の中で眠い目をこすっていると、リビングからママの携帯に着信が入る。

 携帯を取りに行くママを横目に一人残されたキッチンでウトウトとしていると、突然叫ぶように驚いた声があたしの耳を震わせる。


「はい……はい……わかりました。 すぐに向かいます。 …………では」


 ヒョコッとキッチンから顔を出して覗き込むと、ママは真剣な表情をしていた。

 さっきケーキが出来上がったときのような優しい表情からは打って変わって、怒っているような悲しんでいるような、そんな表情。


「ママ………?」

「…………ごめんね。 優佳、寝るのはもうちょっと我慢して、これから出れる? 車でなら寝てていいから」

「いいけど……どこに?」

「……………………落ち着いて聞いてね。 総くんが――――」


 そのありえない、聞きたくなかった言葉に眠かったあたしの頭は一気に覚醒される。

 あたしは大急ぎで寝間着から着替え、呼んだタクシーに急いで乗り込んだ。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「総くんっ!!」


 急いで駆け込んだ『白藤 総』と書かれたプレートの部屋。

 一人だけが入院することのできるその部屋に、彼の姿はあった。


 白を基調とした、無機質な部屋。そこに鎮座している大人用のベッドで、彼は穏やかな顔をして眠っていた。

 ピッピッ……と無機質な音を鳴らす機械にスゥ……スゥ……と胸を上下させながら目を閉じている彼。

 大急ぎで駆け寄った彼の姿は、ところどころ包帯が巻かれていて痛々しい姿をしていた。


 その手に触れると冷たさが伝わってくるが、生命の、心の暖かさは間違いなくあたしに届いてくる。

 あぁ……生きてる。よかった…………。


 そう思って安堵仕掛けたところで嫌な予感が頭をよぎる。

 もしも……もしもこのまま目が覚めず、寝たきりになってしまったらどうしよう。

 生きてるとはいえ瞳を開けることがなく、この握った手を握り返されることが無いのだとしたら…………


「っ…………!」


 その嫌な考えを振り払うように首を大きく振る。

 そんな事無い。総くんはあたしを置いていったりなんかしない。いつも学校で一緒に居てくれる、助けてくれる、大好きな彼が。


「んっ…………」

「!!」


 彼の口から漏れたその声に、思わず緊張が走る。


 もしかして……起きてくれるの?

 また、あたしを見てくれるの?名前を呼んでくれるの?手を握ってくれるの?


 部屋に飛び込むと同時に突入した真っ暗なトンネル。

 その中を照らすように、嫌な予感を吹き飛ばすように差し込む、一筋の光。

 彼の様子を黙ってジッと見つめていると、瞳は段々と開いて意識を取り戻していく。


「起きた……?起きたの!?」


 気づけば。あたしは居てもたってもいられず彼をギュッと抱きしめていた。

 きっと怪我が響いて痛かっただろう。しかし、いまのあたしにそんなことを考える余裕がなかった。

 ただ起きてくれたことが嬉しくて、生きてくれたことが嬉しくて。


「優佳……ちゃん……?」

「総くんが……総くんがいないとあたし…………!!」


 生きてなんて、いけない。

 心配をかけた彼を責めるように背中を叩くも力が入らない。次第に彼の手もあたしをそっと抱きしめ、嬉しい気持ちがわっと溢れ出す。


「総君…………!起きたのね!」

「優佳ママ……ボク…………」

「いいのよ、休んでて。 今お医者様を呼んでくるから。ほら優佳、降りなさい。総君も困るでしょう」


 しかしそれも、いつの間にかやってきたママに引き剥がされてしまった。

 彼が無事なことが嬉しくて嬉しくて涙を流し続けながらチラリとママの顔を見ると、安堵こそあるものの心からというものではなかった。


 複雑な表情をしているママの真意は、達観したような彼の言葉によって明らかになってしまう。



「――――ボクの……パパとママはどうしちゃったの?」

「ごめんね……総君……ごめんね…………」


 総くんに問われたママは、ついにその場へ崩れ落ちてしまった。

 パパとママ……総くんの、両親。何があったのかを直接的に告げることのできないママは、そのまま泣き出してしまった。


「ママ?」


 脳が理解を否定する。

 わかっているはずなのに、わからない。わかりたくないと告げてくる。

 嬉しかったはずなのに。受け入れることができない悲しいこと。

 私は理解できないまま、泣き崩れるママのことを抱きしめる。




 あぁ……あのケーキを一緒に食べることはできないんだな……。


 ママが泣き続ける中、色々な事が起こりすぎてクリアになってしまった脳内。

 私は特製ケーキを食べてもらえないことを確信して、一筋の涙を流した――――

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[一言] あ〜!何か最後ウルッとした!
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