083.意気地なし
「ねぇ、マスターさん」
「うん?」
メロンも食べ終え、ソファーでリラックスしている奈々未ちゃんをよそにお皿を洗っていると、ふと呼びかける声が聞こえてきた。
流す水量を抑えながら意識を彼女の方へ向けると、スマホをつついていた彼女がこちらを見つめている。
「ちょっとこの画像を見てほしいんだけど」
「画像?いいけど、どんなの?」
「うん。マスターさんはどれが好きか気になって」
好きか気になる?
ということは動物とか料理の写真でも載っているのだろうか。
どんな画像だろうと思い浮かべていると、彼女はピョイとソファーから降り立って洗い物をして手が離せない俺の近くへと近づいてくる。
「5つくらい選択肢があるから1つに絞って欲しくって。はい」
「どれどれ。 ――――!これは……」
どんなものかと差し出してくるスマホに目を向ければ、背中に伝う嫌な汗。
そこには、こちら見向かって笑顔を向ける女の子の姿があった。
何人か見覚えがあるけど名前までは思い出せない。確か有名人だったはずだ。
「どぉ?誰が一番可愛い?好き?」
「えぇと……それはぁ……」
……これ、明らかに俺を試してるよね?
冷房が効いて涼しいハズなのに、ダラダラと汗を流しながらもう一度スマホを見れば、やはりさっきと変わらず女の子たちの姿がスマホに映っている。
きっと、何人かの有名人の写真を拾ってきて加工したのだろう。突貫で作ったようで何人か加工痕が残っている。
別に好きな芸能人的な話なら問題ない。
今回大事なのは、その容姿。5人いる子たちはどれも可愛らしいのだが、見た目に問題があった。
1人目は茶髪のクリっとした目が特徴の女の子。少し大人しさもあるが、一方で芯の強さも感じられる。
2人目はサイドテールの女の子。元気そうな笑顔とともに、そのスタイルの良さは随一だ。
3人目はポニーテールの女の子。5人の中で1、2を争うほど小柄だけれど、少し気の強そうな目をしている。
4人目は少し大人の女性。モデルのような足やスタイルはまさしくお姉さんと言うような雰囲気を醸し出している。
そして、5人目は…………。
「ねぇ、これ奈々未ちゃんでしょ?」
「……知らない」
恐る恐る問いかけると、プイッと目を逸らされた。
加工された集合写真のそれに収められている女の子。何人かは名も知らぬ有名人だが、最後の1人……一番前の女の子だけは明らかに見覚えが合った。
見覚えがある……というより眼の前にいる。白い髪に白い肌。そして小動物のような可愛らしさを持つ子は1人しか知らない。
「奈々未ほど可愛いアルビノの女の子って他に居ないでしょ! それに他の子も……これ伶実ちゃんら意識してるよね!?」
「…………気のせいじゃない? 似てるとは言われてるけど」
問題なのは奈々未ちゃんだけじゃない。
他の子達も本人ではないにしても、一部特徴は明らかに彼女たちに近づけたものだった。
そして、俺のツッコミに決して目を合わせようとしない奈々未ちゃん。
泡だらけになった手を動かさないよう身体を捻って覗き込もうとするも、彼女の身体が大きく動いて決して見せるかというように隠される。
これは確信犯か。
「それでマスター。この子達の中でどの娘が一番好き?」
「…………それを俺に聞く?」
「おしえて?」
水の流れる蛇口に手をやったかと思えば、ウルウルと目元に涙が溜まった状態でこちらを見つめてくる。
声色からもわかったが、それは明らかにアザトイ奈々未ちゃんだった。涙はおそらくさっき手にとった水を使ったのだろう。
なかなか上手いことを考える。
俺は仕方ないと肩をすくませ、もう一度スマホに意識を向ける。
「……この中で一番好きな子か、可愛い子を選べばいいんだよね?」
「うん……!」
「それじゃあ……この子で――――」
「えっ……!?」
最初はどうしようかと頭を抱えかけたが、よくよく見ると決まりきっている答えに気づいて俺はその子を指名する。
彼女はまさかその答えと予測していなかったのか、写真と俺を見比べる。
「ホントの……ホント? 私で……いいの?」
もはや似てる子とすら言わずに自分と公言してしまっている奈々未ちゃん。
俺が選んだのは一番手前にいる女の子、真っ白の髪と真っ白の肌の女の子だった。
彼女は信じられないというようにもう一度問いかける。
「そりゃもちろん。だってよく見て。 他の子達は確かに伶実ちゃんらに似てるけど本人じゃないでしょ?」
「これは……優佳の写真が無かったから……」
「知らない子と奈々未ちゃんを比べたら聞くまでも無いよ。 奈々未ちゃんがこの中で一番大好きだよ」
「――――っ!!」
きっと彼女はそういう意図ではなく、俺の好みの子を本気で知りたかったのだろう。
もはやこんな言い訳は詭弁とも称されるかもしれない。けれどこの写真だと間違いなく、奈々未ちゃんが一番だった。
優佳はなぁ……写真無いのも仕方ない。撮るのは好きでもあまり撮られたがらないから。
「……大好き? マスターさん、私のこと、大好き?」
「えっ? あっ! いや、これは普通に、友達としてというかなんというかね……?」
つい流れで言ってしまったが、あまりにも自然に大好きと口に出してしまっていた。
慌てて言い訳しようとするも上手くまとまらない。ついにはドンと、俺の身体に何か暖かくて柔らかいものがぶつかってくる。
「マスターさん……私も……私も大好きだよ……!」
「いやえっと、これはね? そのぅ……」
「大好きだから……!!」
ギュッと。まるでもう離さないというかのように強く強く抱きつく奈々未ちゃん。
「大好き……だから……。マスターさんも私も……独りじゃ、無いんだよね……?」
「…………。 そう、だね。独りじゃないよ」
独り――――
その言葉でふと思い出したのは、俺たちの家庭環境。
俺も奈々未ちゃんも、実の両親はもういないのだ。もしかしたらこのハグには、寂しさも含まれているのかもしれない。
俺は泡だらけの手を洗い流し、彼女に向き合ってそっと背中に手を回す。
その瞬間驚いたのか少しだけ身体を震わせたものの、すぐに受け入れてくれたのか手を回す力が強くなった。
「ありがと、ね。 マスターさん……」
「…………? 奈々未ちゃん?」
小さくお礼の言葉が聞こえたと思いきや、すぐに手の力が弱まってこちらにかかる体重が強くなる。
何事かと様子を伺えば、瞼を閉じ、規則正しく呼吸をする奈々未ちゃんが。
これは…………寝ているのか?
「奈々未ちゃん、寝ちゃった?」
「スゥ……スゥ……」
立ちながら寄りかかって寝るなんて器用な。
でも、彼女も仕事で疲れてるんだろう。
俺はそんな頑張り屋の奈々未ちゃんの頭を軽く撫で、そっと羽のように軽い身体を持ち上げながらお姫様だっこで自室のベッドまで連れて行く。
下ろした先は俺がいつも寝入っているベッド。
ゆっくりゆっくりと、起こさないように気を使いながら下ろすが、その呼吸は乱れること無く俺はホッと一息つく。
「今日はありがとね。それじゃあ……おやすみ」
きっと聞こえていないだろうが、それでもいい。俺は優しく彼女の頭を撫でてから扉を出ていく。
音を立てないようそっと扉を閉じて、自分が寝る場所を考える。まぁ……リビングのソファーでいいか。シャワーを浴びてさっさと寝てしまおう。
そう今後の予定を立てながら自室を後にする。
一人出ていった部屋。取り残されるのは、寝入っているであろう奈々未ちゃんただ1人。
「…………私の……意気地なし」
パチリと目を開けた少女は小さなつぶやきを発するも、それは誰の耳にも届かない。
彼はもう、声の届かない遠くへと歩いて行ってしまったのだから――――




