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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第3章

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082.すぐ側の笑顔


「ここがマスターさんのお部屋……!」


 日もすっかり落ちた、8月も終わり。

 プールの疲労だか湯冷めだかで風邪となった俺の元へやってきたのは、まさかの奈々未ちゃんと、その保護者のおばあさんだった。

 おばあさんが告げたのは、奈々未ちゃんを明日まで帰すなという、とんでもない発言だった。


 奈々未ちゃん1人が言うのであれば当然追い返すなり家まで送るまでしていたが、おばあさんに言われたらどうしようもない。

 お断りする言葉が出てこなかった俺は、流されるまま彼女を家に迎え入れてしまっていた。


 ちなみに、風邪についてはしっかり良くなった。

 伶実ちゃんらに看てもらった上、ゆっくり眠ることができたからだろうか。昼間はあれだけ気だるかった身体軽く絶好調と言っていいほど。


「風邪、平気?」

「うん。もう今は全然。 今なら運動もできるかも」

「それはやめてね。 心配するから……」


 心配してくれる彼女に、俺は笑みを浮かべながらゆっくりと頷く。

 運動できるくらい元気なのは確かだが、さすがに実行しようと思わない。

 そもそもの体力も殆どないし、何より風邪が治ったとはいえ筋肉痛は健在だ。そういう意味では絶好調と言えないかもしれないな。


「とりあえずゆっくりしてていいよ。テレビもなんにも無いけど……」


 さて、迎え入れたはいいが何をしよう。

 こういう時テレビでも大きなモニターでもあれば適当に動画流したりしてお茶を濁したりもできただろうが、そういう物は一切ない。

 全部スマホで完結させてきた弊害か。


「……! じゃあ、キッチン見ていい!?冷蔵庫とかっ!」

「え? あぁ、いいけど……」


 唐突に、提案するように問いかけてくる奈々未ちゃん。彼女は待ちきれないとばかりに目を輝かせていた。

 彼女は本当にお風呂に入ってきたのだろう。すれ違いざま、シャンプーなのかいつも以上にいい香りを振りまきながら俺の部屋を見て回っていく。

 コンロを覗き込んだり、引き出しを開けていく奈々未ちゃん。何か探しものか……?


「えと、楽しい?」

「うん……! あとちょっと確かめたいことがあって……」


 ガサゴソと。

 主に冷蔵庫と棚を見ていく女の子。

 ……何してんの?取っては戻して取っては戻してって。よく見れば調味料類を主に手にとっているようだ。


「なに……してるの?」

「んっとね……おばあちゃんが言ってたの。 一人暮らしの男の人の生活力を見るなら調味料の残り具合で判断しなさいって……」

「あぁね……」


 なるほど。確かにあまり料理しない人って、買うだけ買って使わないしね。

 でも俺は仮にでも喫茶店のマスター。そりゃあ家でも使わないわけがない。


「それで、結果はどう?」

「うん……。残念ながら、合格。生活力バッチリ」

「残念なんだ……」


 どうやら彼女的に、俺は生活力がある人として見てくれたようだ。

 その口ぶりだと、不合格のほうがよかったの?


「だってマスターさんが生活力あると……私が養うことができない……」

「まだ考えてたんだそれ!?」


 その瞬間、脳裏に蘇るは先日の墓参り。

 確かにあの日、収入がどうとか言って俺を養うと口にしていた。

 ちょっとした冗談の可能性も考えたが、まさか本気とは。さすがに中学生に養われるのはプライドが許さない。そういうのはあるかもわからない平行世界の俺に任せよう。


「ほら、俺の暮らしぶりよりまず目の前の事をしよう?」

「目の前って……ベッドでイチャイチャ?」

「…………。 メロン食べようって事」


 コテンと。

 無垢な子のように不思議そうな顔を浮かべる彼女に息を呑みかけたが、なんとか平静を保つことができた。

 キッチンに立っている彼女を少し横に移動させてメロンを切り分けようとすると、クイクイと俺の服が彼女によって引っ張られる。


「マスターさん……わたしはぁ、イチャイチャしたいなぁ……。だめ?」

「っ――――!! そ、そんなあざとい演技しても駄目だから! ほら、包丁使うからリビング戻ってて!」

「むぅ……。 はぁ~い」


 危ない危ない。さっきのは危うかった。

 彼女は正真正銘、売れっ子のアイドル。きっと演技指導も受けてきたのだろう。

 その実年齢よりもっと幼い、まさしく庇護欲を掻き立てるような上目使いと首の角度に思わず頷きかけてしまった。

 さっきの一言だけ普段と声のトーンとか仕草とかが明らかに違ったからなんとかなったが、もしも開口一番あれだったら間違いなくやられていただろう。


 つまり、奈々未ちゃんが可愛い上に恐ろしすぎる。まさしく魔性とも言えようか。

 優佳の猛攻を耐えて来なければ、とっくに理性なんて無くなっていた。



 それにしてもこのメロン、よくよく見るとマスクメロンとシールが張られている。

 高級と書かれてるし、きっとお値段も相当なものだろう。お見舞いとはいえポンとこんな凄いものをくれるとは……。


「はい、切れたよー」


 そんないいものこそ、早めに食べてしまわないと損だ。

 手早くメロンをカットした俺はお皿に盛り付けてリビングへと足を運ぶ。そこには俺が普段食事をしている一人がけのテーブルに彼女が腰掛けていた。


「はい、召し上がれ」

「わぁ……!ありがとうマスターさん!」


 もしかしたら、彼女も稼いでいるとはいえ、そうそうこのような高級品を口にすることは無いのだろうか。

 窓に向かうよう腰掛けた彼女は、目の前に差し出されたメロンに目を輝かせながら一切れを口に入れようとする。

 しかし、それが口に入る寸前、小さな手の動きが止まって、迎えようとしていた口を閉じながらメロンを戻す。


「奈々未ちゃん?」

「マスターさんは……どこに座るの?」

「俺? 俺はまぁ……立ちながら食べるよ」


 ここにあるのは一人がけのテーブル。故に椅子は2つと無い。一人暮らしだから当然か。

 一応ソファーはあるのだが、重い上に少し距離が離れているから使えそうもない。

 有言実行と言うように彼女の隣に立ちながらフォークに手を伸ばそうとすると、その手首を掴まれる。


「……やっぱり座って」

「俺は普段立ち仕事だし、こういうのには慣れてるよ。奈々未ちゃんこそ仕事で疲れてるだろうし座ってなよ」

「ダメ……! マスターさんが座って……!」


 その言葉は力強かった。

 俺の目をまっすぐ見つめ、自らの意思を絶対に曲げないというかのような瞳。

 きっと彼女は俺の体調を心配してくれているのだろう。好調とはいえ病み上がりだから。


 俺はそんな視線に根負けして、譲ってくれる椅子に腰を下ろす。


「ありがと、奈々未ちゃん。 立つの辛かったら言ってね?すぐ代わるから」

「ううん、いい。 私はちゃんと考えがあるから」

「考えってなに――――うわっ!」


 ニッコリと。心配ないように笑いかける彼女に疑問符が浮かんだその時。そこには、クルンと身体をひねりながらこちらに飛び込んでくる彼女の姿があった。

 器用に空中で半回転しながら、背中を向けてお尻からぽすんと俺の膝の上に乗ってくる奈々未ちゃん。

 

 そこには、1つの椅子に2人分……重なるように座る俺と彼女の姿があった。

 まさしく俺の膝の上に乗る形で。全く重くないが、すぐ目の前に彼女の白い後頭部が見えて、いい香りがとめどなく俺の鼻孔を刺激する。


「これなら大丈夫でしょ? はい、あ~んっ!」

「…………最初から、これが狙いだったの?」

「うんっ! あ~んっ!」


 雛が親鳥に餌をねだるかのように、横向きに座りながら俺にメロンを催促してくる。

 もはや最接近と言えるほど近くに、アイドルの……彼女の小顔が視界いっぱいに広がる。長いまつげに通った鼻筋。そして一口分に切ったハズなのにそれすらも大きいと言うような小さな口を、こちらに向かって広げていた。


「……あ~」

「あ~……んっ! ん~!おいし~!!」


 まさしく口に合ったのだろう。

 メロンを更に小さくカットしてその口の中に放り込むと、頬に手を当てながら満面の笑みを浮かべる。

 まさしく至福。見ているこっちもその幸せな気持ちが伝わってくるような笑顔だ。


「マスターさん、ありがとね。 それじゃあ……お返し! あ~んっ!」

「え!? 俺は自分で食べられるから……」

「ダメ! あ~――――」


 今度は役割の交代らしい。

 俺からフォークを奪い取った彼女は、一切れ取りながらこちらに向かって差し出してくる。


 まさかのアーンを1日で3人にか……。早々に拒否さえ無理と判断した俺は口を大きく開けてメロンの到来を待つ。


「――――んっ! どぉ?おいしい?」

「ん。 美味しいよ。ありがと」

「うんっ! 良かった! じゃあ次ね!」


 え!?次もあるの!?

 それから再度、こちらにメロンを一切れ差し出してくる奈々未ちゃん。 

 結局、ほとんど俺が食べるような形で、彼女を膝に乗せながら食べさせてもらうのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 膝の上はやべぇな…おっきするじゃんね?(笑) そしたらノクタ行きだ…(笑)
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