081.棒演技
さっきまでとは打って変わって、室内がしんとした静寂に包まれる。
聞こえてくるものといえば時計の針やエアコンの駆動音。そして自分自身の息遣いくらいだ。
あれから……彼女らにお粥を食べさせてもらってから2時間程度の時が過ぎた。
閉められたカーテンの隙間から差し込む陽の光は段々と赤みが強くなっていき、次第に弱々しいものへと変わっていく。
もう太陽も山の向こうへと隠れておやすみの時間帯。
そしてやってくるのは夜の時間。暗闇と人工光の時間だ。
そんな中、俺は1人リビングにてボーッと見る気もない動画サイトを巡回していた。
本来ならば安静に寝ているべきだろうが、寝飽きたのか眠ることができない。
風邪もすっかり良くなりったのもあり、ゴロゴロとベッドの上で過ごすのと比較した上で、まだマシなリビングへとやってきていた。
そしてさっきまで甲斐甲斐しくお世話してくれていた2人も少し前に家へ帰っていった。
まだ明るいが薄暗くなってきた時間。ちょうど車で来ていた優佳にお願いして伶実ちゃんを送っていってもらったから、そろそろ帰り着いた頃だろう。
普段ならこの時間は店の片付けを始めているか夕飯の準備に取り掛かっているものだが、さっきお粥を食べた以上、何をする気にもなれない。
そんなこんなで俺は1人、テンションの上がらない中テーブルに置いたスマホを眺めて無為な時間を送っていた。
ピンポーン、と――――
ボーッと薄目を開けながら盛り上がっている画面を聞き流していると、部屋中にインターホンが鳴り響く。
誰だろう。
あの二人が忘れ物でもしたのだろうか?もしくは母さんあたりが差し入れにでも来てくれたとか。
「はい?」
家に居るのが少ないが故にあまり使うことのないインターホンへ声をかけると、ザザッとしたビニールのこすれる音が聞こえてくる。
返ってくる音はそれだけで人の声は聞こえない。俺がもう一度問いかけ直すと、今度は咳払いの後ちゃんとした声が返ってきた。
「マスターさん……私。 ななみ」
「奈々未ちゃん!?」
全く予想していなかった人物に慌てて通話を切って階下へ走っていくと、そこには両手にビニール袋を持った奈々未ちゃんと、その保護者であるおばあさんが立っていた。
「こんばんは。マスターさん」
「ごめんね突然……寝てた?」
「ご無沙汰しております……。 起きてたけど……どうしたの?」
「ん……お見舞い」
目の前にはニコニコと笑顔を崩さないおばあさんと、袋をこちらに差し出してくる奈々未ちゃんが。
さっきガサガサ聞こえてたのはお見舞いの品だったのか。受け取りつつその中身を確認すると、それは立派な、美味しそうなメロンが一玉ゴロンと入っていた。
「わぁ……! こんな美味しそうなの、いいの?」
「うん。マスターさんに食べてほしい」
「そっか……ありがとう。 じゃあ、よければ2人も一緒にどう?」
その問いにコクリと小さく頷く奈々未ちゃん。
女の子1人だと部屋に入れるのも躊躇するが、おばあさんが居るし問題ないだろう。彼女を部屋に招き入れると、ふとした違和感に気づく。
「お邪魔……します」
「狭いと思うけど、すぐ準備するからね。 …………あれ?おばあさん?」
不思議に思ってもう一度扉の向こうに目をやれば、奈々未ちゃんは素直に部屋に入ったのに対し、おばあさんはさっき扉を開けた時から一歩も足を動かしていなかった。
彼女はにこやかに笑みを作りながら俺たちに向かって手を振っている。
「私はここいらでお暇させていただきます。後のことはこの子に任せてありますので」
「えっ!?いやっ……それは…………。もう夜も更けてきますし……」
なんで突然そんなことを!?
おばあさんがいるなら話は別だが、さすがに女の子を1人男の部屋に連れ込むのは……。
一応日中だって色々と危うかったけど姉が居たから何も言わなかったわけだし。
「マスターさんのことは信頼してますから」
「これは信頼云々というのは別では……?」
「孫の想い人ですし、万が一あれば責任を取っていただければ構いませんよ?」
「万も億も、絶対に無いと言い切れますが……」
「…………ないの?」
ないの!
奈々未ちゃん、そんな不思議そうに首を傾けても絶対に無いからね!
って、そうだ!おばあさんがここに居るってことは、奈々未ちゃんのことが大好きなあの人は!?
「そういえばおじいさんは!? あの人がいればこんなことには……!」
「はい。 おじいさんは夕方、お酒をいっぱい飲んでもらって眠ってもらいました」
計画的犯行!?
そんな……頼みの綱が!
「それでは私は家で寝てるおじいさんをお風呂に入れてこなければなりませんので、これで」
「うん……おじいちゃんによろしくね?」
「奈々未、明日まで帰ってくるんじゃありませんよ。 はい、これ」
「……ありがと」
おばあさんは手にしていたバッグを彼女に手渡して、なんだかどんどんと話が進んでしまっている状況。
その中身って、もしかして……。
「あの……それは……?」
「これ? ここで一泊する用のお泊りセット」
やっぱりかぁ。
嫌な予感って当たるものなんだよねぇ。
もはや逃れようもない事実に開いている扉から天を仰ぐ。
太陽が隠れてしまっているがその光はまだ健在なのか紫色に光る空。
その幻想的な光景に現実逃避していると、ふと右手に冷たいなにかが触れる感触が。
「マスターさん……寒い」
「え? 寒いって、今夏なんだけど――――」
「まぁ大変! きっとさっきお風呂入ってたから湯冷めしちゃったのですね!どこかでゆっくり休める場所は無いのでしょうか!?」
「…………」
………………。
おばあさん、キャラ変わってますよ。
明らかに棒すぎるその演技は、明らかに俺を誘導するためのものだった。
その言葉にもはや逃げ場などないと悟った俺は、握られた手をそっと握り返す。
「ぁ……」
「はぁ……。それじゃあおばあさん、一日、彼女をお借りしますがよろしいでしょうか?」
「はい。 看病もできますので、存分に愛でてあげてください」
「何もしませんからね!? ただ家に置いておくだけですから!」
俺の必死のツッコミも笑顔で受け流した彼女は、そのまま家の方向へと1人去っていく。
ホントにいいのかな……家が近いとはいえこんな事……。
「マスターさん……」
「うん?」
2人で去っていく後ろ姿を見送っていると、見えなくなったタイミングでふとそんな声が聞こえてくる。
顔を向けると、真っ白な肌だからか余計に目立つ頬の赤みを一切隠そうともしない奈々未ちゃんが。
「その……優しく……してね?」
「…………はいはい。そういうのはもっと大人になったらね」
「きゃっ! …………むぅ」
俺はあえて乱雑に、照れ隠しも含めて絹のように透き通る髪をワシャワシャとしながら部屋の奥へと向かっていく。
誰も居なくなって少し寂しかった気持ちが、彼女の来訪によって埋められていることを悟られないように……。




