078.苦手な料理
「えっと……まず必要なのはお米と…………」
私よりも小さな子に連れられてやってきたキッチン。
そこで少女は、手に持ったスマホを何度も確認しながら必要なものを探していく。
そんな姿をあたしこと大牧 優佳は、は壁によりかかりながら見つめていた。
「マスターもせめて卵くらいは欲しいでしょうし……えっとえっと……お米が炊かれて無いからパックは…………。 あ、あとお鍋!このステンレスがいいのかな……それとも土鍋を……?えっと……」
自信満々に部屋を飛び出したのに、お粥1つで随分慌てちゃってまぁ……。
そんな彼女を見ていられなくなったあたしは、そっと近づいて肩にポンと手を乗せる。
「落ち着きなさい。アイツはノンビリ待ってくれるから。そんなに慌てなくたって遅れても怒りはしないわ」
「優佳さん…………」
努めて優しく声をかけると、その不安そうな瞳がこちらを向く。
まぁまぁまぁ……。
アイツが居る時は冷静でいるのに、離れた途端なんて顔してるのよ。
「今は本格的より手早くだから普通のお鍋でいいわ。 それとご飯パックは…………あった。ここよ」
「ホントだ…………」
やっぱり。
このキッチン、ウチの配置とよく似てるからもしかしたらって思ってたけど、やっぱり収納場所も似通わせてるのね。
棚から取り出したご飯パックを彼女に手渡すと、ポカンとした表情のままあたしを見る。
「優佳さん……以前にもこの家に来たことがあるんですか……?」
「まさか。実家とキッチンの配置がそっくりだったからわかっただけよ」
アイツ、頑なに家へ呼んでくれないんだもの。
店に行ったのもコーヒー豆を配達したあの日きりだし、2階の家なんて今日が初めてだ。
「そう……ですか。 ありがとうございます」
そうポツリと口に出した彼女は再度キッチンに向かってお粥作りの工程を始める。
鍋に火をかけご飯をイン。そのまま近くにあった油を手に――――
「ちょ……! まったまった!伶実ちゃん!!」
「えっ……?」
危うくそのまま油を投入し、ご飯を熱しようとした彼女を慌てて止める。
その顔は何故止められたかわからないのか不思議そうだ。
「伶実ちゃん、レシピに油を入れるって書いてないんじゃない?」
「はい……。でも、お鍋を使う時は大体油をつかうものだってママが……」
「大体はね。でも今回は使わないの。 あと、火をかける前にお水も入れなきゃ」
危ない危ない。もうちょっとでお水の無いお粥が出来上がるとこだったわ。
それってお粥って言うのかしら?味のないチャーハンになりそう。
「お粥はね、まずお湯とご飯を入れて沸騰させるの。その後少し火を弱めて煮るのよ」
「す、すみません……」
「それにしても危なかったわね……。もしかして、料理は苦手?」
「はい…………」
あら、そうだったのね。
ということはあたしを連れてきたのはフォロー目的かしら。
「ま、この為に呼ばれたんだし、あたしも手伝うわ。 一緒にお粥、作りましょ?」
「ありがとうございます……。 でも、この為にってどういうことですか?」
「あれ? あたしが引っ張られたのって料理のフォロー目的じゃないの?」
「いえっ……!お粥は私1人で作るつもりでした!」
あれぇ?
じゃあ、なんであたしはここに居るの?
そう疑問に思ったのも一瞬のこと。彼女は途端に顔を紅くして鍋を見つめていた視線を落とす。
「優佳さんを引っ張ってきたのは……その…………病弱のマスターと一緒だと何が起こるかわからないといいますか……なんといいますか…………」
「…………あぁ」
はっは~ん。
なるほどね。そういうことね。
つまり伶実ちゃんは、あたしとアイツを2人きりにさせるのはマズイと思ったわけだ。
随分と可愛らしいじゃない。目があの日と全く一緒だわ。
「心配せずとも、風邪でダウンしてるアイツを襲おうなんて思っちゃいないわよ。 伶実ちゃんと違ってね」
「ぇ…………。 ゆ、優佳さんっ! そんな……襲うなんて…………!私は全然…………!!」
「ほら、火から目を逸らしちゃ危ないわよ。 ほら、集中集中!」
「…………はぁい」
コンロと同様に、火を吹くように顔を真っ赤にした彼女は不本意という様子を滲ませながら外しそうになった視線をもとに戻す。
いいわねぇ。この初い反応。可愛いわぁ。
「…………でも、驚いたわ」
「えっ?」
「伶実ちゃんがあたしを呼んだこと。 宣戦布告もしたんだし、てっきり嫌われてるかと思ってたわ」
「そんな……!嫌うなんて……」
今日彼女から電話が来た時、あたしは心底驚いた。
あんな出会い方をしたのだ。嫌われて当然だと思っていた。
連絡先を交換したのもあくまで形式的なもの。まさか本当に、翌日使われるなんて夢にも思っていなかった。
「たとえ嫌わてるとしても、それでも呼んでくれて嬉しかったわ。ありがと。 アイツの一大事だもの。守ってあげなきゃね」
「嫌いなんかじゃありませんのに……。でも、私からもありがとうございます。 優佳さん、仕事中なのに来てくださったんですよね」
「……バレてたか」
どこでバレたのか……大方、電話中の後ろからの声だろう。
アイツには家に居たと言っていたが、実は電話を取ったのは、仕事に精を出していた頃だった。
正確には10分ほどの休憩中。電話を受けた私はいても立ってもいられなくなってバイトを切り上げてダッシュしてきたのだ。
「ま、そういうのは気にしない! ほら、沸騰してるよ!火を弱めないと!」
「あ! はいっ!!」
グツグツと湯立つ鍋を理由にあたしは会話を切り上げる。
言えるわけないわ……!あたしだって伶実ちゃんと弱ってるアイツを2人きりにさせたらマズイと思ったなんて――――!!




