表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/137

071.新たな家族?


そこは、プールと呼ぶにはいささかエンターテインメントに富んでいた。


 張っている水は全て、冬でも安心の温水。近くのゴミ処理場から発生した熱を再利用しているらしい。

 プールの種類もスタンダードに泳ぐものから流れるプール、スライダーにジャグジースペースと、1つ1つのサイズは大きくないものの様々なニーズに合わせるものだった。


 今日はまだまだ暑い、夏真っ盛り。本来なら人がごった返しになって、運営としても書き入れ時となるはずだ。

 しかし今日お客さんが1人もいないのは、運営側の都合。

 お盆を超えて夏休みも後半に入り、少し客数に減少が見られたところで、ラッシュ後に設備異常が出ていないか一斉点検をするらしい。


 プールでの点検を終えてその他機器に点検が入り、再びお客さんを呼び込むまでの数時間。遥のお家のおかげで遊ぶことができるのだ。


「…………だからといって、1人は寂しいな」


 そんな中で施設に到着した俺は1人、誰一人居ない空間でロッカーと向き合っていた。


 あれからホールで待ってくれていた遥の母親と軽く挨拶をし、時間も限られているからということでそれぞれが向かった着替えへの道。

 幸か不幸かは知らないが、今日のメンバーは俺以外全員女性だ。

 着替えるために通らなければ行けない道には当然更衣室があり、男女別で別れる。つまり普段なら100人単位で入るであろうこの空間を、独占しまっているのだ。

 なんだかその歪さに、妙に居づらい感覚に襲われる。さっさと着替えてシャワーでも浴びていよう。


「どうせすぐだしね」


 男の着替えといえば一瞬だ。

 服を脱ぎ、水着を履き、必要なものを持って終了。これだけだ。

 ここが屋外なら日焼け止めを塗ったり濡れてもいいシャツを羽織るなど、まだやりようがあるのだが、今日は屋内だからそれもない。

 つまり着替えに要する時間は1分程度。後はさっさと外に出てシャワーを浴びていよう。

 そういえばジャグジーもあるって聞いたな。温泉のようだとネットに書いてあったし、みんなが来るまでそこでリラックスでも――――


「へぇ…………意外と、太っているというわけではないのですね」

「えっ………? うぉぉぉっ!?」


 タオル等を持ってプールに向かう道を進もうとした瞬間、突如後ろからかけられる声に目を向ければ、そこには何故か遥の母親が立っていた。

 まさか男子更衣室に彼女が居るなんて思わず、俺は無意識的に声を出して数歩距離を取ってしまう。


「どうも。 先程ぶりですね。大牧さん」

「ど……どうも……。 驚きましたよ。こんなところに居るなんて……」


 本来ならば問題があるものの、今に限っては俺たち以外に人はいないし、彼女がここの企画をしてくれたのだ。

 そう無理矢理この場に立つ理由を考えながら俺は高鳴った心臓を抑えるのに努める。


 目の前に立つ彼女は、いつもと変わらぬ和服姿だった。

 凛とした佇まいに少しつり上がった目。しかし初めて会ったときのような威圧感は全く無く、むしろ優しい何かを感じる。


「そうですか? 別に家族ですからそんなに気にされることも無いと思いますが」

「男は僕1人ですから、誰も来ないと思い込んでまして。…………て、家族?」


 家族とはなんぞや。

 当然、俺は遥の家と親戚関係ではない。今の家も昔の家も、名士との関係なんて無かったはずだ。


「それはもちろん、娘婿としてですよ。 ……告白、されたのですよね?」


 あー。

 あえて考えないようにしてたけど、やっぱりその線だったか。

 やっぱり告白の件も知られてるんだなぁ……。もう関係者は全員知ってると思っていたほうがよさそうだ。


「…………はい。 でも、返事はまだでして」

「そうですか。 あの子も、感情だけで走る子ですからね。変なタイミングで伝えて返事をし辛くなってしまったんでしょう」

「ははは…………」


 変なタイミングというのは否定しない。

 俺の昔を聞く際に、伶実ちゃんと一緒に伝えられた言葉。殆ど伶実ちゃんが言わせたようなものだったが、彼女も否定せずこうして母親にまで話が通っているということは、冗談というわけでも無いのだろう。

 いつかは大半の人を泣かせることになるんだよな……あぁ、胃が痛い。


「……娘婿というのは冗談ですが、娘はいい子に育ってくれました」

「はい。 優しい子です」


 人の心に寄り添える、優しい子。

 時には一緒に悲しみ、一緒に楽しむ。その共感する力は彼女の魅力の1つだろう。

 俺もあの日、過去を話す日に悲しんでくれて、嬉しかった。


「それに身体つきも私に似ず夫の……父方の祖母のいいところを受け継いでくれました。 知ってますか?あの子、まだ成長途中なんですよ?」

「いえっ……」


 確かに目の前の彼女は容姿も体型も遥に似ていない。面影自体はあるのだが、その大部分は父親から受け継いだものなのだろう。

 アレでまだ成長途中なのか…………。たしかに、この夏もウチの物たくさん食べてたしなぁ。


「だから、男性にとっては悪くない子だと思うのです。 そこそこバカですし」

「そこそこ……」


 い、今は勉強も頑張っていい点を取れてるから……!

 でもなぁ、あれはバカというよりむしろ愛嬌というものだと思う。


「そ、それを伝えにわざわざここまで……?」

「いえ。ここまではちょっとした冗談です。 …………2割位」


 8割本気って、もはやそれほぼほぼ本気って言っていいんじゃないですかね?

 ずっと真面目な顔してるけど、やっぱりお茶目な人なんだよな。


「本題と言うのは、大牧さんにお礼をいいたくて」

「お礼……ですか?」

「はい。あの日……私に初めて会いに来た日のことを覚えてますか?」

「……もちろんです」


 忘れるわけがない。

 今思えば恥ずかしいことだ。いくらテストの点数が悪かったからって部外者の俺が直談判しに行くなんて。


「あの日まではあの子、私にずっと遠慮がちだったのですが、あれからよく話すことができるようになったんです。だからその御礼と、もう1つ」


 彼女は、そこで1つ息を付き、優しい微笑みをこちらに向ける。


「話す内容がいつもお友達のことや貴方のことでした。 私に啖呵を切ったことといい、貴方にならいいと思えるのです。――――もし大牧さんが許すのであれば、娘を……遥をよろしくおねがいします」

「なっ――――! あっ……頭を上げてくださいっ!!」


 突然の出来事に俺は大きく目を見開く。

 彼女はあろうことか、遥をお願いした上にこちらに頭を下げてきたのだ。

 慌てて上げるように促すと、彼女はゆっくりと身体を起こして俺と再び向かい合う。


 そんな……。俺はそこまで立派な人間じゃないのに。

 むしろ流されてばかりの…………。


「その……お話はわかりました。 でも、幾分突然の告白だったので……」

「はい、存じております。 なのでゆっくりと考えて、結論を出してください。どんな回答でも支持しますので」

「ありがとう……ございます」


 戸惑いを隠しきれない俺に、微笑みを浮かべてくれる。


 随分と期待されているとも思ったが、嬉しかった。

 俺を認めてくれたこと。そして、信じてくれる人が居ることに。


「あ~! こんなとこに居たぁ!!」


 何ともむずかゆい気持ちに視線を逸らしながら頬を掻いていると、そんな大きな声が室内に響き渡る。

 この声は……遥か。姿は死角になって見えないが、ペタペタと歩いてくる音が聞こえてくる。。


「あら、どうしたの?」

「どうって、ママが突然居なくなっちゃうんだもん!探したよ~! フロントの人が呼んでたよっ!」

「そうだったの……今行くわ」


 遥に寄って呼び出された母親は、軽く視線で会釈をしてから促されるようにて外へと向かっていく。

 色々とびっくりしたけど、ここ男子更衣室だよね?さっきは冗談って流されたけど、あの人にとっては本当に息子のような扱いになってるんじゃなかろうか。


 彼女たちが居なくなったことで再びこの部屋には俺一人……そう思ってプールに向かおうとした瞬間、死角から小さな呟きが聞こえてくる。


「もうっ、ママったらぁ……。 でも、マスターはもうプール行っちゃっただろうしなんでママは更衣室なんかに…………?」

「……?」

「あっ、もしかして! ママもマスターのことが好きに!?」


 ちょっとまって!?なんで突然そういう結論に!?

 もしかして遥、俺がいないと思ってない!?


 あの人からは信頼的なものは感じるけど、恋愛は一切無いはず!


「そ……それはマズイよぉ……! ママは頭もいいししっかりしてるし……アタシに勝ち目なんてないじゃん~!」


 そんな呟きが聞こえながら、手持ち無沙汰なのかさっきまで母親が居た辺りのロッカーを開閉する音が聞こえる。

 突拍子もないことは言われたけど、変なことは言われてないからね?それに遥の父親が元気なのも知ってるから、それはありえないよ?


「でももし本当にママもマスター狙いならどうすれば……。 ママもだったら……一緒にマスターをメロメロにさせることもできるかも……アタシとママの2人で…………」


 何言ってるの!?

 2人で!?色々とマズイ思考に陥ってない!?


「はっ!ダメダメ!みんなと約束したんだからっ!! なんにせよ、まずレミミンに報告しないと!!」


 まずい!

 色々と告白を棚に上げて複雑な状況なのに、そんな誤解が広まったらややこしいことになりかねない!


「ちょっと遥!!」


 俺は大慌てで角から飛び出し、更衣室から飛び出そうとする遥を止める。

 まさか俺がまだ居ると思っていなかったのだろう。彼女は「ふぇ?」と不思議そうな顔で振り返った後、その表情が驚きに変わっていく。


「えと……そういう感情は無いから大丈夫だから」

「なっ…………なんでマスターがまだここに!? もう行ったんじゃ!?」

「行こうと思ってたけど、ちょっと話しててな……」


 なんていえばいいのかもわからずに笑顔でごまかす俺。


 彼女はもう着替えていたのか、その姿は完全な水着姿だった。

 上下とも黄色の明るいビキニ姿。腰の横の部分には紐がくくりつけられており、今日の女子たちの中で最もいいとされるスタイルを、惜しげもなく晒す格好だ。

 現に胸部は制服から察する想像よりも……他に客が入れば誰しもの目を惹くほど大きく、なおかつ腰回りはしっかりと引き締まっている。


 コレが毎日デザートを食べている女の子の姿か…………!!


「マ……マスターごめんね!すぐ戻るからっ!」

「あっ!ちょっと!!」

「本当にごめんねっ!! さっきのは冗談だからっ!!」


 別に気にしないように告げるよりも早く、彼女は脱兎のごとく更衣室から飛び出していってしまう。


 なんだか様子が変だった気もする……。普段ならあそこまで敏感にならなかったと思うけど、もしかして水着だったからかな?

 一瞬のうちに走り去ってしまい取り残された俺は、そう結論づけてプールに向かうのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりはるるん母…絡んできましたね!(笑) 8割本気な冗談…怖いね!(笑) 気が付いたら外堀が埋まってそう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ