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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第2章

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066.幕間1


 ――――私は昔から、手のかからない子だと言われてきた。


 夜泣きもあまり無く、よく食べ、よく寝、よく育つ。

 幼稚園の頃から親や先生の言うことは素直に聞き、一人での留守番や一人での食事などを難なくこなし、世間一般の子たちと比べたら精神の成長が早すぎるくらいだったらしい。


 何度も、色々な人に褒められた。『よくできた子』とか、『いい子』とか、そういう言葉。


 しかし、そうしなければならなかった事情もまた存在する。

 当時、私の親はどちらも毎日仕事に出かけ、土日すら関係ないほどだった。

 古い記憶にママが急いで帰ってきて私にお昼ごはんを作ってくれる光景を覚えている。その間、私は泣くことも喚くこともせずただ黙って料理をする背中を見つめていた。


 私はママの隣で黙々と作ってくれた料理を一人食べ、ママはそこらで買ったと見られるパンを摘みながらノートパソコンを広げ、決まった時間になればパソコンを畳んで大慌てで家を出ていく。


 それが私の日常だった。

 寂しいと思ったことはない。それが当たり前で、パパもママも私のために頑張ってくれていることを幼いながら漠然とわかっていたからだ。



 しかし週に1回ほど、忙しい中ママが私の為に時間を取って近くの公園で遊んでくれた。

 ボールや三輪車、子供用のキックボードなど私の好きなものを1つ家から持ち出して、ママと一緒に遊ぶ。

 それが私にとって唯一の…………何より大事な、楽しい時間だった。




 だが、そんな楽しい日も長くは続かなかった。

 慌ただしい日常が続いて、私も家で一人の時間を過ごすようになってしばらく経った後。


 たしか幼稚園年中の頃だったと思う。

 暑い夏の日。7月も後半に入って幼稚園も休園となり、朝からずっと家に1人でいるようになった頃。

 いつものように週に1度のお楽しみ…………公園でママと2人で遊んでいると、ママの身体がフラリと揺れて地面に倒れたのだ。


 突然のことで私はどうすればいいのかもわからない。

 大慌てで駆け寄って呼びかけたり揺らしたりするも、返事も何もしてくれない。

 どうしようもなくなって叫ぶように泣いていると、近所の人が駆け寄ってきて救急車を呼んでくれた。


 今だからこそわかるが、ママが倒れたのは過労が原因らしい。

 無茶な仕事に暑い気候、もしかしたら熱中症もあるかもしれないと。


 幸い点滴といくらかの休息で後遺症なく元気を取り戻してくれたが、私の心には深く何かが突き刺さった感覚があった。



 救急隊に担がれて病院に入っていくのを間近で見た私は、それ以降週1の公園すら行くのを拒否するようになった。

 それを聞いたママは倒れたのが原因かと問いかけたが、ただ部屋での遊びが好きになったと伝えた覚えがある。


 公園で遊べなくなるのはイヤだったがママが倒れるのはもっとイヤ。

 そう思った私は幼いながら遠慮ということを多用し、これまで以上に手のかからないように努めた。




 ――――けれど私にも、限界というものがあった。


 外で遊ぶ用のおもちゃ箱を開かなくなって、どんどん内向的な遊びをするようになり、家から一切出ないようになった私は結局、半月ほどしか耐えることができなかった。

 一切家から出ず、締め切られたカーテンの中1人おもちゃ遊びをしていると、何を思ったのか1人で遊びに行こうと立ち上がった。


 ママが心配で外に出られないなら、1人で遊びに行けばいいと、そう思ったのだ。思ってしまったのだ。



 その考えが実行に移されたのは、パパもママも仕事で家に居ないいつもの平日昼。

 私は1人その手に小さなボールを持ち、生まれて始めて1人での外出を決行した。


「っ……! よぉしっ!!」


 久しぶりの日差しに久しぶりの暑さ。

 夏特有のその環境に圧倒されかけたが、私は一度自らを鼓舞して足を踏み出す。


 『ちょっと公園に行って、そのまま帰ってくるだけ。そんなの簡単だもん。ママが帰ってくる前に1人でもできるもん!』


 そう思ってから5分も経つ頃には、私の意気揚々とした心は絶望へと叩きつけられていた。


「ここ…………どこ…………?」


 そう言って見渡すも、辺りは一切見覚えのない景色。

 私は一瞬の内に迷子になってしまったのだ。


「じゃあ……来た道に行けば…………!!」


 そう思ってもう一度歩みだして更に5分。

 頑張って歩んでいたものの一切見覚えのある景色にたどり着けず、更に迷子が酷くなってしまった。


 気づけば手にしていたボールもいつの間にかどこか消え去っていた。

 ボールもなく、道もわからない。何も救いが無くなった私は泣きそうになりながら帰り道を探していると、ふとした光景に目を奪われた。


「公園…………」


 そこは公園。

 しかし見覚えのない、今まで来た場所とは違う場所。

 ここはどこだろう……どこに来てしまったんだろう……。そう思いながら一歩公園に足を踏み入れると、とある事を思い出す。


 ――――それはママと一緒にテレビを見ていた時のこと。


 映し出されているのは毎日やっているニュース番組。何が楽しいかわからなかったけれど、ママがいつも見たがっている番組。私は何も言わず一緒に面白くもない番組を見ていた時だった。


 『怖いわねぇ…………』


 その言葉に意識を集中させればテレビで公園の映像を映しながら真面目な声で話しているテレビの人。

 何かとママに聞いたら、公園で1人居る子供が誘拐されたというニュースだった。そのニュースが終わった途端ママが私をギュッと抱きしめてくれたからよく覚えている。


「ど……どうしよぉ…………」


 それを思い出した瞬間、襲いかかるたくさんの後悔。

 自分は誘拐されるのか……もうママとは会えなくなるのか……。そんな思いがどんどん自分の中で膨れ上がってきて、もうここには居られないと思った私はせめて誘拐犯に見つからないように近くの茂みに飛び込んだ。


「グスッ……。 パパ…………ママ…………会いたいよぉ…………」


 暗い茂みの中で膝を抱えてこれまでの事を思い出す。

 1人で家を飛び出したのが間違いだった。今日もいつもと同じように家で1人居たらこんな思いせずにすんだのに……!


 でもずっとこうしていても、どうしようもない。いずれ夜になってもっと大変なことになってしまうかもしれない。

 頭の中をよぎるのは嫌なことばかり。どんどん嫌なことが膨れ上がってきて涙もボロボロととめどなく溢れて叫びだしそうになったその時、ガサガサっ!!と、私の居る茂みが掻き分けられる音がした。


「み~つけたっ!!…………て、あら?」

「ひっ……!!」


 草枝を分けるようにして私のことを見つけ出したのは、年上の女の子だった。

 小学生の、かわいい女の子。黒髪を揺らしながら困惑した様子で私とどこか別の方へ視線を移動させる。



 すると、しばらくした後私は運命と出会う。


「ごめんね怖がらせて。ボクは総っていうんだ――――」


 そういってにこやかに笑いかける彼は、まさしくヒーローのように私を暗闇から連れ出してくれた――――




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 それからママが私を探しに公園にやってきてくれるまで、彼は嫌な顔一つせず私と遊んでくれた。


 知らなかった。友達と遊ぶ感覚というものを。

 知らなかった。パパやママ、先生以外の人の優しさを。

 知らなかった。彼の素敵な笑顔とその優しさを。


 茂みという絶望の淵に居た私を連れ出して一緒に遊んでくれた彼に、私は園児ながら夢中になってしまった。

 彼の笑顔が、動きが、全てが素敵で輝いて見える。あれだけ泣きじゃくっていた私はいつの間にか笑顔が生まれ、彼ともっと遊びたいと思っていた。



 そんな時、私を呼ぶ声が公園に鳴り響く。

 顔を向ければ、肩で息をしているママが入り口に立っていた。


 ようやく待ちわびた存在。彼のことも大事だが、今までずっと待ち焦がれていた存在に会うことができた私は、気づけばそちらに駆け出してママとギュッと抱きしめあう。


 一方で、それは帰りの合図。

 涙を流すママに何度も何度もごめんなさいをした私は、帰ろうとするその手を引き止めて遊ぶ約束をしようと彼のもとに走り出す。




 それから家で散々怒られてしまったが、ママも私に何度も謝ってくれた。

 これからは仕事を控えめにして私のためにいっぱい時間を作ってくれるということ。


 嬉しかった。そしてそれ以上に、私の頭は彼のことで埋め尽くされてしまっていた。


 ようやくできた、お友達。ちょっと年上だけど彼なら私とも楽しく遊んでくれる。それにちょっと先だけどまた一緒に遊ぶ約束も取り付けることができた。

 後は何日か待つだけ。あぁ、月曜日が待ち遠しい。早く来ないかしら。




 そうしてようやく訪れた月曜日。

 今度は事前にママにも相談し、一緒にやってきたあの公園。

 私はママと遊びつつもチラチラと入り口に目をやって彼が来るのを待ち焦がれていた。





 しかし、彼は日が沈むまで、姿を表すことがなかった――――――――。


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[一言] うわ〜何気に切ない過去…
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