064.自然体の言葉
「柄杓にバケツに、あとは…………」
とあるお盆の週末。
今日はあの土砂降りの日と打って変わって快晴だ。
雲も一切ない夏晴れ。猛暑の名にふさわしいほどの熱気だが、雨が降られるよりもはるかにマシ。
スマホでも今日一日は雨の心配がないと言っていた。まさに完璧の日だ。
俺はそんな中、もうお昼も近いというのに店内で今日必要な物を確認していた。
ピカピカに拭かれて埃1つないほど綺麗に掃除されたテーブル。そこへ並べられた物に不備がないと判断してから荷物をまとめ、店の外へと歩いていく。
今日はお盆ということで、この店もお休みだ。
朝早いうちに『CLOSE』の立て札を掛けたし、いつものメンバーにもちゃんと連絡をしておいた。
ただでさえ人が来ることもない店だが、今日はお店に誰も来ることはない。
お出かけの準備をできた俺は、一人多くの荷物を持っていざ目的の場所へと、店の扉を開け放つ――――
「あっ!マスターやっと出てきた! 待ってたよ~!」
「ぇ………………」
扉を開けたその先に待っていたのはゆでダコになるほどの酷暑と日差し。
…………それと、それに負けないくらい輝く笑顔を見せる遥だった。
彼女は扉前の影にて日差しから避けつつ、俺の顔を見るやすぐさまこちらへと近づいてくる。
「どうしたんだ……? 店は休みだぞ?」
まさかと思って扉を振り返ると、そこにはキチンと閉店を示す立て札が掛かっていた。
連絡をした時もちゃんと返事は返ってきていたし、今日の休みを知らないはずないんだが。
「しってるよぉ~! でも来た理由はね…………レミミンお願いっ!!」
「…………はい」
その言葉に、俺からの死角から現れたのは動きやすい格好に身を包んだ伶実ちゃんだった。
更に続くは灯に、まさかの奈々未ちゃんまで。いったい何故……。
「伶実ちゃん……? どうしたの……?」
少しおっかなびっくりになっていることを自覚しながら、伶実ちゃんに問いかける。
正直、彼女らと話すのは抵抗がある。
前回会った時ショッキングな話を聞かせた上に、まさかの告白までされたのだ。なんて顔をして会えばいいんだと、ずっと考えていた。
だからいつもどおりの調子で遥が現れ、伶実ちゃんも普段と変わらぬ表情で俺と相対することに驚きを隠せない。
「…………私、あの話を聞いていて思ったんです。 もっともっと……マスターの側に居てマスターの事を知りたいって。マスターのことが好きな私として」
「伶実ちゃん…………俺…………」
ピッと。
俺が口をはさもうとした直後、口に一瞬だけ立てた人差し指が触れてくる。
それは何も言うなと言わんばかりの様相で。
「突然のことでマスターも混乱してるでしょうから、今返事はいりません。……奈々未さんからも告白されているようですしね」
「っ――――!!」
まさか知っていたのか――――!と、驚きの形相で奈々未ちゃんを見ると、目が合って小さく頷かれた。
けれど伶実ちゃんは、それはまるで別の問題かと言うように首を横に振って立てた人差し指を下ろす。
「今私達が望むのは、少しでもあなたのことを知り、側に居ることです。 だから、今日ご一緒してもいいですか?…………お墓参りに行かれるのですよね?」
「……うん」
その言葉に俺は身体の力を抜き、返事をしなくちゃという切迫感から心を落ち着かせる。
きっとそれは彼女たちの優しさ。俺は全員の顔を見渡してもう一度大きく頷いてみせる。
「ではっ!みんなで行きましょっ! ここから電車でどのくらいですか?」
パンッ!と話題を切り替えるように彼女が手を叩いたのを皮切りに、みんなの話題は一気にこれからのことへ。
今日というお盆。それは毎年行っている墓参りの日だ。
12年前の今日、事故に遭った本当の両親のための。
「少し遠いけど、いい?」
「はい。そのためにみんな、動きやすい格好で来たので」
そう言って見渡すと、伶実ちゃんだけでなく全員動きやすい格好をしていることに気がついた。
遥も、灯も、奈々未ちゃんまでも。彼女は陽の光に弱いからか長袖にキチンと帽子も被って対策をしている。
みんな、最初からそのつもりでずっと店の前で待ってくれていたのか……。
そんな彼女らに驚いていると、遥が一歩踏み出してこちらに近づいてくる。
「ほらほら!ずっとここで話してると時間無くなっちゃうよ! ほらマスター!荷物貸してっ!」
「悪いな。でも案外重いから待――――」
チョンと、一瞬だけだった。
彼女が奪い取るようにバケツを俺からひったくろうとすると、反射的に動いた俺と手と手が触れ合ってしまう。
スキンシップの多い遥、別に手が触れるなんて日常茶飯事だ。しかし今日は何か違うのか、彼女は一瞬だけ触れるとすぐに引っ込められた。
彼女はそのまま少しフリーズした後、すぐバケツを諦めて手を後ろにまわす。
「遥…………?」
「あっ……あはは。なんだか好きって知られちゃうと、こういうのも恥ずかしくなっちゃうね……あはは……」
「…………」
そんな事言われたら、何も言えなくなってしまう。
なんだろう……彼女から俺への意識。それがほんの1つ知っていることが増えただけで、ここまで妙な空気になってしまうのか。
俺たちが揃って妙な空気になっていると、横から一人の人物が割り込んでくる。
「ほらマスター!遥先輩が手伝ってくれるって言ってるんですからっ! 早くバケツ貸してくださいっ!!」
「あっ!!」
そんな俺達の行動に痺れをきらしたのか、互いに固まった隙を見計らって、俺の手にガッツリ触れながら奪い去る人物が一人だけ居た。
灯だ。彼女はいつもと変わらぬ様子で俺からバケツをひったくり、返すものかと引き寄せる。
「灯……持ってくれるのか?」
「勘違いしないでください!遥先輩が取り辛そうだったから取ってあげただけです!いいですか!遥先輩は私のですからっ!!」
そう言ってバケツ片手に遥を抱き寄せる灯。
あぁ、安心する。今はその変わらぬツンデレのような灯が一番安心するよ。
「じゃあ、頼もうかな。 ……ふぅ」
「なんですそのため息は? もしかして面倒くさい女だなとでも思ったんです?」
「いやいやまさか。 むしろ逆で、灯が変わらず俺のことを変態だと疑ってるようで安心しただけだ」
いやまぁ、遥達の気持ちはすごくありがたいんだけどね。
混乱するし、どう接していいかわからなくなっちゃって……。
「私が変わらず……ですか? 私だってマスターのことが好きですよ?」
「…………へ?」
いま、なんて?
「マスターのことが好きって言ったんです。恋愛的な意味で。 好きでもなかったら、こんなわかりにくい店に毎日足を運びませんよ」
絶句――――
まさか普段どおりの様子だっただけで、彼女までもその内に想いを抱えていたとは。
なんで俺が。そんな惚れられるほど大層なことなんてしていないというのに。
けれど灯はまさに業務的に告げるように無感情に話しつつ、固まっている俺たちを先導するようにその集団から1人抜け出す。
「そんな事今はどうだっていいんです。 ほら、お墓参り行くんでしょう?ずっとここに居たらみんな暑くて溶けちゃいます」
「お、おう。そうだな。 行こうか……」
灯の呼びかけにようやく気づいた俺は、先に歩き出す彼女の後ろをついていく。
今年も一人だけで行くと思われた墓参り。
しかし今回は俺を慕う4人の少女たちに囲まれてスタートするという、夢にも思っていない出来事だった――――。




