061.闇夜
「ねぇ総くん、お出かけ終わったら…………お泊りがあるでしょう?」
公園でひとしきり遊んだ帰り道。
陽も傾きだして少し夕日になってきた中、2人家までの帰り道を歩いていると優佳ちゃんがふと話しかけてくるが、ボクは怪訝な顔をしてしまう。
「お泊り…………?」
「もうっ、忘れちゃったの? 毎年やってるでしょう?総くんの家でのお泊り会っ!」
「あぁ……」
そういえば、すっかり忘れていた。
幼稚園から友達であるボクたち。それはボクの親と彼女の親も同時に、友達同士だ。
だからなのかはわからないが、物心ついたときから行われている、毎年のお泊り会。
ボクの家に優佳ちゃんとパパママが遊びに来て一晩遊び尽くすのだ。
おままごとしたり、ゲームしたり、追いかけっこ…………は前回ボクのママに怒られたな。
……とにかく、毎年この時期になると2人一緒に遊び尽くすのだ。
「まったく、明日からのお出かけばっかり考えてるんだから……」
「ごめんごめん。 それで、お泊り会がどうしたの?」
正直言えば、明日からのお出かけばっかり考えて他を一切記憶の彼方へと追いやってしまっていた。
パパがレンタカーを借りて、都会の方まで3人で行ってから大きな遊園地で遊ぶ。しかも2泊3日で。
最後の1日は遠い親戚の結婚式がなんとか聞いたけど、ボクには関係無いらしくてパパと都会の街を散策だ。
遊園地も、都会も、どちらもボクが幼稚園の頃行ったきりだからすごく楽しみ。もうどれだけガイド本を読み返したかわからない。
それに、都会の喫茶店も楽しみっ!
パパとママほどじゃないけど、ボクもコーヒーは大好きだからいろんなお店で飲んでみたかった。
一応、砂糖入れれば飲むことだってできるし!味だってちょっとくらいはわかるようになってきたし!!
「そのお泊り会で…………って、聞いてる?」
「えっ……?あ、うん。聞いてる聞いてる。お泊り会がどうしたの?」
ちょっとだけ意識がまた飛びかけてしまっちゃってた。さっき言われたばかりなのに。
もう帰り道だし、そろそろこっちに集中しないと危ないね。
「もうっ……。 それでだけどね、そのお泊り会で花火やらない? ほら、お盆……ってのも近いらしいしさっ!!」
「? お盆と花火って何か関係あるの?」
花火は好きだけど、お盆と何の関係があるのかわからない。
そういえば街の花火もこの時期によくやってるよね。
「なんだっけ……なんだか幽霊がどうのってママが言ってた気がするけど……忘れちゃったわ!」
「っ――――!!」
幽霊――――。
その単語一つでボクは思わず身震いをしてしまう。
えっ……!?お化けが出るの!?
それだったらやりたくないんだけど……!!
「まぁ、とりあえずお盆に花火はつきものらしいのよ…………って、なんて顔してるのよ」
「だっ……だって…………お化け……出るんでしょ……?」
なんでお化けが出る儀式を好き好んでやらなきゃいけないの!?
やった日の夜なんて眠れなくなっちゃうじゃんっ!!
「出ないわよ。そもそもお化けと幽霊って別物………まぁいいわ。怖くないものよ。 みんないっしょだし、線香花火とか手持ち花火とかそういうのだから」
「ほっ……怖くないんだぁ…………」
それなら……ボクでもできるかな……?
手持ち花火だし、きっと大丈夫、かな?
「で、いい? いいならママに買ってきてもらうよう頼むけど……」
「う……うん。ウチのママがいいって言うなら」
「それじゃ決まりねっ!! 総くんママにはもういいって言ってもらってるからっ!」
いつの間に……!?ボクが最後だったの……?
なんだかボクより優佳ちゃんのほうがママとよく話してる気がする。
今日だって朝起きたら2人でおしゃべりしてたし……なんだかちょっと、寂しいな。
「でもっ! まずはっ!!」
隣を歩いていた彼女は一つ声を上げてボクの数歩先まで駆けていき、こちらに振り返る。
夕日に照らされた彼女の黒髪はほんのり紅く輝き、ボクにめいっぱいの笑顔を見せて…………。
「まずは総くんがお出かけしてたっくさん遊んでからねっ!!」
「…………。」
「楽しいお話……期待してるわよっ! もちろん、お土産もねっ!!」
「…………うんっ!」
ボクは差し出される手をギュッと握って残り僅かである帰り道を一緒に歩く。
そこから伸びる影は、2人繋がって長く、長く伸びていた――――――――。
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轟音――――
とてつもない音が辺りに鳴り響く――――
ガシャァァァ!!!と、まるで目の前に雷が落ちたような、鼓膜が破れるかと思うほどのつんざく音――――
「ん……んんっ…………」
ボクは、頬に当たる冷たい感触によって目を覚ました。
それは都会で遊びに遊んだ帰り道。
ボクは1から10までお出かけを楽しみ、お土産をいっぱい買っていつもの家へと帰ろうとしていた。
家族3人で車に乗り込み、夜遅くなる前に帰り着くと言われ、運転席と助手席に座るパパとママの話し声を聞き流しながら後部座席で眠っていた頃。
突然の衝撃音と浮遊感の後に目を覚ませば、頬に冷たい何かが伝っていた。
これは…………雨だ。どうも雨粒がボクの頬に当たっているらしい。
正確には、右側の頬へ。
おかしい。なんだか身体が横になっているし、なんだか雨に打たれる頬と反対側の頭が温かい。
そっと手を触れてみると、何かぬるっとした感触が伝わってくる。これは……なんだろう。
「パパ……?ママ……?」
2人を呼んでみるも、返事は帰ってこない。
しかしここで、ようやく真っ暗だった視界に慣れてあたりの様子がわかるようになってきた。
雨粒が右半分しか当たらないのは、ボクが横に倒れているから。
寝ているうちに倒れてしまった……?違う。キチンとシートベルトはしていたし、倒れているのは車だ。
右を向いて見ると天は闇に飲まれたように真っ暗で、しかし割れた窓からは雨が容赦なく打ち付ける。
「パパ……マ――――」
2度目の呼びかけをしたところで、ボクは現状を理解した。
パパとママは、たしかにそこに居た。座っていた。
しかし違うのは、意識が無いこと。眠っているとかそういう話ではない。明らかに大量の血を流しながら、2人揃って気を失っていたのだ。
幼い自分でも、その深刻さを理解するのは難しくなかった。
慌ててシートベルトを外して2人のもとへ向かおうとするも、足が挟まって身動きが取れない。
「くっ……うっ…………っ――――!」
グッと力任せに足を引き抜いたらどこか怪我をしたようで鋭い痛みが襲ってくる。
けれどそんなものに構っていられない。ボクは自らの身体に鞭打って運転席と助手席の間から身体を乗り出――――すことはできなかった。
一つは雨。割れた窓から叩きつける雨により手をかけたところが濡れていた。
もう一つは自らの額から流れ出る温かいもの。これが手についていたせいで雨の効果を更に加速させた。
最後に自らの体力。ボクの身体は足を抜いた時点で限界に達していたようだ。
この要素が合わさって手をかけたところが見事に滑り、ボクの身体は重力に従って後部座席の扉へ。
自らの身体が衝突してしまう寸前、ボクの意識は闇に刈り取られてしまうのであった――――。




