060.キャッチボール
「お~いっ! 総く~んっ!どこ~!?」
――――今から12年ほど前。『ボク』が小学3年生の夏。
夏休みに入ったボクは、毎日午前中は山のような宿題を泣きながらこなし、そして午後になったら外に出て遊びに行って泥だらけの状態で家に帰るという日々を送っていた。
燦々と照り付ける太陽の下でも気にすることなく駆け回り、そして夏が終わるころには真っ黒こげの状態で2学期を迎える。ついでにパリパリと剥がれる肌に涙することが毎年の流れだった。
そして今日は明るい日の下いつもの公園にて一人、息を潜め近づいてくる音を隠れてやり過ごす。
それはボク一人を探す影。ボクは決して見つかってたまるかと身をかがめ、頭を下げてその人物に見つからないようにジッとしていた。
「総く~んっ!! …………今日は随分と隠れるのが上手ねぇ」
すぐ近くからそんな声が聞こえるが、反応しないように口を抑える。
ボクは今、彼女とかくれんぼ中なのだ。
ジャンケンで鬼を決め、鬼は事前に隠れた人物を探す、シンプルな鬼ごっこ。
参加者はボクと彼女の2人だけだが、それでもボクはこの時間が楽しかった。
……しかし、いつもはすぐに見つかるのだけれど今日は上手いところに隠れたと思う。
現に捜索開始から5分経った今でも見つけられる気配がない。
これは、もしかして初の勝利となるか!?
「――――! 今なにか……。そこね…………」
しまった!!
初の勝利への喜びに少し身体が揺れ動いて音が出てしまったかもしれない。
慌てて更に身をかがめて隠れるよう努めるも、彼女の足取りはまっすぐこちらに向かってくる。
「み~つけたっ!!」
ガサッ!
と、草を分ける音がすぐ近くから聞こえた。
今まで公園の茂みに隠れていたが、ついに見つかった!!……そう思ったが、違うようだ。
チラリと音を立てずに首を曲げると、草枝の隙間から見える彼女はボクが居るところとは違う場所を分けたようだ。辛うじて見えるその表情は少し驚いている。
「あらっ…………あなたは…………」
「ひっ…………。そのっ…………」
公園にはボクと彼女の2人しか居なかったはずだが、何やら3人目の声が聞こえてきた。
誰だろう……?聞き覚えのない声だけど……。
「何? 何かあったの!?」
「ひゃっ!……って総くんかぁ。 そんなところに居たのね。驚かせないでよ」
何か普段と違う雰囲気を感じ取って自ら茂みから顔を出すと、一瞬だけ驚いた顔を見せた彼女がホッと一安心といった表情に変わる。
どうやら本当にボクの場所がわからなかったようだ。このままジッとしていればボクの勝ちだった事実に少し悔しい思いをしながら、さっきの様子を問いかける。
「ごめんごめん。 でもさっき、ボクらとは違う声が聞こえなかった?」
「えぇ、それが見てよ。 総くんだと思ったらこの子が隠れててね……」
彼女が分けた草むらの先。
その方向へ視線を向けると、小学生のボク達よりはるかに小さい女の子がうずくまっていた。
髪は茶色の小さな女の子。小学……低学年だろうか。もしかしたら園児かもしれない。
「どうしたの? 迷子?」
「ふぇ……わ……わたし…………」
語りかけても、今にも泣きそうな女の子はここから動こうとはしない。
どうしようかと難儀していと、今まで隣に居た少女がスッとボクに場所を譲って自らは関わらないとばかりに後ろに下がってしまう。
「あれ?」
「……あたし、年下って苦手なのよ。こういうのは総くん得意でしょ?」
あぁ……そういえばそうだった。
一緒にいた少女――――優佳ちゃんは、昔からこんな感じだった。
興味があるものは徹底的に追求するが、逆に興味のないものには触れようともしない、むしろ苦手視する傾向がある。
それ故か、同学年からはもちろん年下にも怖いと言われて近寄られないことも多々あった。
だから学校でも彼女は孤立気味だ。けど何故かボクとは波長が合うようで、こうして毎日のように一緒に遊んでいる。
「ごめんね怖がらせて。ボクは総っていうんだ。 どうしたの?ママは?」
「わ……わたしは…………ママ……どこぉ…………グスッ……」
やっぱり迷子だったか。
でもなぁ……近くにそれっぽい人は見つからないし……。
「……遊んであげたら? ちょっとは気も紛れるんじゃないの?」
ふと、いつの間にか遠くに行ってしまった優佳ちゃんが声をかけてきた。
同時に彼女が転がしたのは、ボクが家から持ってきたゴムボール。……そうだね、いい考えかもしれない。
「ねぇ、お母さんが来るまで少し遊ばない? ほら」
「……ぐすっ…………。うん……」
よかった。なんとか泣き止んではくれそうだ。
今考えたら、この時適当な家を訪問してでも交番の場所を探し出し、連れて行くのが良かったのかもしれない。
けれど当時のボクたちは交番の場所も知らず、その上頭の中が遊びに先行しすぎた。
ボクは女の子にボールを渡すと、小さな鼻をすすりながらも拙いモーションでボクに投げてくれる。
休憩だというように少し遠くでベンチに座って休みはじめる優佳ちゃんにお礼を言いつつ、ボクはゴムボールで小さな女の子と遊び始めた――――
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―――――――
「ママっ!!」
女の子と遊び始めておよそ1時間。
ボール遊びのおかげでもようやく涙も止まり、ほんの少し笑顔が生まれて来たところで、女の子は突然叫びだして駆け出していく。
進行方向に目をやると、公園の入り口には大人の女性が女の子に向かって手を一杯広げて待っていた。
女性のもとへたどり着くやいなや、2人ともギュッと力いっぱいハグをする様子を見て、ボクは母親が見つけてくれたんだなとホッと一安心した。
「お母さん、見つかったみたいね」
「うん……よかった……」
隣から声がしたかと思えばいつの間にか直ぐ側に立っている優佳ちゃん。
そういえばこの1時間、彼女の姿を見ていなかったな。ずっと座っていたのかもしれないが、どこか行っていたのかもしれない。
もしかしたらあのお母さんを呼んできてくれたのかもしれないが、ボクには知る由もない。
「それじゃ、無事会えたことだし、また何か次の遊びでも――――」
「待って。 またあの子が来た」
優佳ちゃんが次の遊びを模索し始めたところで、ボクは女の子がこっちに駆け寄ってくるのを見て止める。
女の子は少し肩で息をしながらボクの目の前で止まり、その小さな頭を見上げてボクと目を合わさせた。
「えっ……えっとね………」
「どうしたの?」
ボクも女の子に合わせてしゃがみ込むと、その小さな手をモジモジしながら視線を一旦下に下げる。
しかし何か思い切ったように突然視線を上げ、ボクを必死に見るようにしながらその小さな口を力いっぱい開いて声に出した。
「あのねっ……! また……また明日……遊べる!?……また……ここで……」
「明日? 明日も学校は休みだし、別にいい――――」
「ダメよ」
別に夏休みだし、明日も全然大丈夫。そう思ったボクの言葉を遮ったのは、優佳ちゃんだった。
彼女は年下が苦手だということを体現するかのように、不機嫌なオーラを醸し出しながらボクたちに近づいてくる。
「総くん、明日からお出かけでしょう? だからダメよ」
「ぁ……そうだった。 ごめんね。明日はお出かけなんだ」
そうだった、すっかり忘れていた。
明日から2泊3日、パパとママとの3人でお出かけするんだっけ。優佳ちゃんが覚えていてくれて助かった。
「じゃあ……いつ…………?いつ遊べる……?」
「んんと……4日後かな? 月曜日なら大丈夫だけど、遊べそう?」
「んっ…………」
ボクの問いかけに小さく頷いてくれた。
この週末、世間は『お盆』と言うらしい。ママが言ってた。
それに合わせてお出かけし、帰ってきた後ならきっとまた遊べるだろう。
「じゃあその日で。……待ってるね?」
「うんっ……! またね……!」
女の子はニッコリと笑顔のままお母さんのところまでかけていき、2人揃ってお辞儀した後公園を出ていってしまう。
そんな2人を見届けた後振り返すと、ほんの少し不機嫌そうな優佳ちゃんが腕を組んで待ち構えていた。
「……総くん、やっぱり年下にモテるわね」
「そういうのとは違うでしょ。 むしろ優佳ちゃんこそ友達と仲良くしないと」
「あたしは別にいいのよ。 ふんっ! 総くんのバカ…………」
「えぇぇ…………」
なんだか理不尽な怒られ方をした気もしたが、優佳ちゃんはそのままボールを手に持ち距離を取った上でボクに投げつける。
そうして彼女の不満を受け止めるように始まった2人のキャッチボールは、門限近くまで続くのであった。




