059.奥手/先手
「マスターが……養子?」
これまでずっとアルバムの中の光景に目を奪われていた2人の視線が一斉にこちらを見る。
驚き、困惑、そして心配。
もしかしたら、俺の地雷を踏んでしまったのかも。そう思ったのかもしれない。
俺は揃って床に腰を下ろす2人の後ろに腰を降ろし、ゆっくりと笑ってみせる。
「よ……養子ってあれだよね……? 血の繋がった子供じゃないとかそういう…………」
「お、遥。 よく知ってたな」
「もうっ! それっくらい知ってるよぉ!!」
張り詰めてしまった空気を弛緩させようと少し軽い様子で返すものの、それも無駄だったようだ。
俺は一人「ははは……」と乾いた笑いをしてみせながらこの空気の中口を開く。
「まぁ、だからといってそんな深く考えなくていいぞ。 俺にとっては過去の話だしな」
そう、もうとっくに過ぎ去った昔話。俺も軽く話題に出せるくらいには受け止めることができた話だ。
少なくともこの2人が気負うような話ではない。
「…………もしかしたら……そう思ってました。そうあってほしくないとも……」
「レミミン!?」
ふと小さくつぶやいてみせる伶実ちゃんの言葉に、遥が更に驚いたように反応する。
凄いな。伶実ちゃんにも言ってなかったけど、どこかでそういう兆候でもあったかな?
色々と聡い彼女だ。ちょっとしたやり取りで、そうかも知れないという候補が出てきたのだろう。
「マスター、よろしければ教えてもらえませんか? その……養子になった出来事について」
「レミミン!?それはマズイよっ! 辛い話なのにっ!!」
「いえ、お願い……したいです。 私もマスターの過去を…………受け止めたいです」
突然の伶実ちゃんのお願いを、必死に止めようとする遥。
しかし伶実ちゃんの意思は堅いようだ。まっすぐ俺の瞳を射抜き、そのうえでお願いされる。
あぁ…………2人とも優しいな。
遥はちゃんと気持ちを推し量れる子だ。普段明るくても空気を読むべきところで読み、それでいてしっかりと距離感を大事にする。
伶実ちゃんも同様だが、彼女は頭がいい。きっと今も様々な可能性について頭を回転させているのだろう。そして俺の気持ちを考えた上でそれでも教えてほしいと、自らも背負うと、そう言ってくれている。
しかし、それでも俺は……彼女たちの優しさだけでは…………。
「…………すまん」
「マスター!?」
「言うのは辛くも無いし全然いいんだ。 でも伶実ちゃん、伶実ちゃんは卒業して就職……その時にはバイトも辞めて俺との関わりも無くなるんだ。下手に重い話を受け止める必要はないよ」
そうだ。彼女たちは何の因果か、俺の店にバイトをしたり勉強をしに来たりと、殆ど毎日来てくれている。
しかしそれは今だけの出来事だ。いずれ……高校を卒業する頃には進学か就職か……どちらにせよ店に来る頻度も下がり、いずれは来なくなるだろう。
感受性の強い彼女たち。
そんな彼女たちへ下手に身の上話をして重しになってほしくはない。だから――――
「――――私、マスターのことが好きです」
「…………えっ?」
思わず。
唐突な伶実ちゃんの言葉につい聞き返してしまった。
…………聞き間違いだよな。そんな突然……こんなところで告白だなんて……。
「私、マスターが……総さんのことが好きです」
「レミミン……? 突然どうして…………・」
遥も彼女の告白に動揺しているようだ。
しかし聞き間違いではなかった。彼女は間違いなく俺の名を呼び、そして告白をしてくれている。
「私はマスターのことが好きだから……大好きだからマスターに無理言ってアルバイトをはじめました。 だから……マスターの事を知りたいです」
「レミミン…………」
彼女の告げる表情は真剣そのもの。
少なくとも冗談や酔狂の類では決して無い。覚悟を持って望む、そんな視線だ。
「それに遥さんもですよ」
「えっ!?アタシ!?」
「遥さんもマスターのことが好きなんでしょう? マスターにはきちんと言葉にしないと。キチンと言わないと通じませんよ?」
「うぇぇ!?」
思わず変な言葉が俺の口から出てしまった。
遥も!?いや確かに懐かれてるなとは思ってたけど、それは彼女の性格由来かと思ってたし……まさか本当に!?
「うぅ~……うぅ…………でもぉ…………」
「私もですけど遥さんも奥手なんですから。 言える時に言ってしまわないといつまでたっても言えませんよっ!ほらっ!!」
俺に背を向けるよう、アルバムの方へ身体を向けた彼女を無理矢理こちらに向けさせた伶実ちゃんは、そのまま両肩を持って言葉を紡ぐよう促す。
伶実ちゃんは何かスイッチが入ったようだ。覚悟を決め、勢いのまま突き進むように俺の視線をまっすぐ見つめる。
「うぅぅ………マスター……アタシもその……マスターのことが………す、すき…………なんだけど…………。ゴメンっ!やっぱり迷惑だよねこんなのっ!!」
「おっ……おぉ……。いや、迷惑じゃ無いよ……。ありがと……」
二人して上手く言葉にならないまま、身体は向き合っているものの顔を逸らしての会話。
なんと不格好か。それでも伶実ちゃんはゆっくりと満足そうに頷き、彼女の頭を撫でた。
「ありがとうございます、遥さん」
「レミミ~ン……アタシも言えたけどぉ……迷惑になってないかなぁ……?」
「きっと大丈夫ですよ。 優しいマスターですから」
恥ずかしさの頂点に達したのか遥は伶実ちゃんの胸へと飛び込み、彼女は優しく抱きしめる。
そして伶実ちゃんの視線はまたも俺のもとへ。
「――――なので、私達はただのアルバイトと雇い主とか、お客さんとマスターではありません。あなたのことが真剣に好きなのです。 だから…………教えてくれませんか?」
「それは…………」
驚いた。
確かに話すことを拒んだのは俺だが、それでも聞くために告白までしてくるとは。
そこまでの一直線な想いに。そして俺の過去を受け止めようとする覚悟に。
「…………あんまり面白くもない話だけど、それでもいい?」
「――――! はい……っ!」
俺は座ったまま天を仰ぎ、当時の事を思い出す。
あれはたしか……10年以上前のことだったか――――




