056.不定期の女子会
「これは……ダメっ! これは……かわいくないっ!!」
私はクローゼットにあるお洋服を端から順に見定めて、ああでもないこうでもないと嘆きの言葉を口にします。
ベッドの上にはタンスから引っ張り出した様々な色のシャツやアクセサリーが所狭しと並べられていました。
クローゼットから上着をだして、ベッドのお洋服と重ね合わせて、戻す。これをもう何度繰り返してきたでしょう。
『レミミ~ン! そっち決まったぁ~!?」
『いえっ……! 全然です…………』
『だよねぇ~! 可愛いのが見当たらないよぉ~!』
勉強机の上に置かれたスマホから聞こえてくるのは焦りと若干の諦めの色が混じった遥さんの声。
私達は揃って自らの部屋にてタンスやクローゼットをひっくり返していました。
それもそのハズ。
マスターのお姉さんである優佳さんが店へとやってきた今日、帰り際にあろうことか突然の大イベント、マスターのご実家に挨拶が決定したのです。
ご挨拶というのは本当に嬉しいのですが、幾分突然のことに驚いた私達はあろうことか「明日にでも構いませんっ!」と口にしてしまい、そのままスルスルと話が進んでいって本当に明日、マスターのご両親とお会いすることが決まってしまいました。
当時は私も遥さんも冷静に物事を考えられず帰ってしまいましたが、帰り着いてから服についての問題に気づいたのです。
何を着ていくべきか、何か手土産はいらないのか。その危機感に襲われた私達は互いに通話をしつつ、明日の準備に追われています。
あぁ……!せめてもう一日ずらすようお願いすれば……!
それなら明日中に街へ買い物に行って、万全の状態で臨めましたのに!!
『遥さん、もういっそ制服で行くのはどうでしょう? それならここまで考える必要も無いと思うのですが』
『それはナイって~! せっかくだから可愛く見せたいじゃん!?』
『むぅ…………』
いい案だと思ったのですが。
冬ならまだ適当な服で体型も隠せますが、夏は色々と難しいところがありますからね……。
お店で美味しいものを食べすぎました……。
体型には普段から気をつけてますが、少し……ほんの少し脂肪が増えてしまったような気がします。
『遥先輩っ! 本当に気をつけてくださいよ!私もついて行けたら良かったのですが……』
2人して慌てていると、心配するような3人目声が耳に届いてきます。
その主は心配性なあの子。
『もぉ~!大丈夫だってばぁ! あかニャンは心配性だな~!』
『だって……私行けませんし、うらや……心配するのは当然ですって! うぅ……今からでもそっちに帰れれば……』
『今あかニャンのいる場所から遠いんでしょ!? ちょっとお話して終わるだけだよ~』
3人目……灯さんは今、祖父母のお家へと行っているようです。
それもなかなか遠い場所に行っているそうで、明日までに戻るのは無理らしいですね。
『私……も、お仕事が入ってなかったら…………』
『ナミルンは売れっ子だもんね~! でも、おじいちゃんがなんとも無くてよかった~!』
そして更に増える4つ目の声……奈々未さんです。
今年に入って仲良くなった私達。
期末テスト前から、雑談目的で時々、こうしてみんなで通話をつなぐようになりました。
話すのは勉強の事から化粧品のことなど様々ですが、いつも有意義で楽しい女子会です。
そしてつい最近その輪に加わったのが、奈々未さん。
彼女は【ナナ】という大人気アイドルということもあって多忙ですが、そんな中時間を見つけるとこうやって話に加わってくれています。
まだまだ話すのはぎこちないですが、それでも積極的に入ってくれて嬉しいです。
『ん……。心配してくれて、ありがとね?』
『ん~んっ! 今は元気?検査してたんでしょ!?』
『なんにも。元気過ぎて……退院してから、もっと元気になったくらい』
以前、彼女のおじいさんが倒れたという連絡が入ったときは驚きましたが、大事ないようでよかったです。
それに以前迷っていた事、アイドルを続けるという結論が出たことも。
でも、病院で何があったのかは私達の誰も知らないんですよね。
マスターも教えてくれないですし……アイドルを辞めるって言ってトラブルにならなかったのでしょうか?
『よかった~! でも今は明日の服だよ~!今からでもどこかお店やってないかなぁ?』
『さすがに10時越えてますし難しいと思いますよ……』
『そんなに……悩むもの?適当で……いいんじゃない?』
『悩むよ~! だってマスターのお母さんだよっ!お世話になってるし、変に思われたくないじゃんっ!!』
奈々未さんには悪いですが、私も同じ考えです。
今後長いお付き合いがあるかもしれないマスターのお母様。第一印象で失敗なんてしたくありません。
『でも……遥も伶実もかわいいから……適当でいいんじゃない?』
『そう言ってくれて嬉しいけどぉ……そうだ!ナミルンそういうの詳しくない!?業界でのトレンドとか!』
なるほど!
遥さんいい発想です!トレンドから方向性を探るのですね!!
『ん…………ごめん。あんまり同年代とは合わなくって』
『そっかぁ……。じゃあ仕方ないねぇ』
『でも、遥はスタイルもいいからシンプルなのがいいと……思う。 ワンツーとか』
『ワンツー? そんなのでいいの?』
彼女はピンときてないようですが、その指摘に私はハッとさせられました。
確かにワンツー……上下1枚ずつのシンプルなものは遥さんに似合いそうです。彼女自身が明るいですから邪魔にならないシンプルな形で。
『うん。 それで伶実は……マキシ丈のワンピとか……。スタイル気にしてそうだったし……清涼感あるし』
『……気づかれてましたか』
スタイルを気にしていたこと、通話の中で声に出てしまっていたのかもしれません。
マキシ丈といいますと…………ありました。真っ白のレースです。これならたしかに……。
『うんっ!じゃあそれで明日行ってみるよ! ありがとナミルン!!』
『私も……ちょうどありました。 ありがとうございます』
『ううん……。役にたったなら……よかった』
クローゼットから取り出した目当ての服を綺麗に畳んで机に置くと、同時に階下からお母さんの声が聞こえてきました。
『あ、すみません。 私これからお風呂入らなきゃなので、ここで失礼しますね』
『もうそんな時間かぁ~。 レミミン、明日は一緒に頑張ろうね!』
『…………はいっ!!』
その後みんなと一言二言挨拶を行い、通話を切ります。
すると途端に静かになってしまう私の部屋。…………まずはお風呂に入る前に、やらなきゃならない大事なことがありますね。
冷や汗を垂らしつつ数歩後ろに下がって部屋全体を見渡すと、そこら中に散らばってしまったお洋服の数々が。
私は小さく苦笑しつつ、一枚一枚もとあった場所へと戻すために手を伸ばし始めました。




