055.許可制の強制
「なんだったんだ……優佳は……」
俺が表にあるコーヒー豆を取りに行って店に入ろうとすると、優佳は扉前ですれ違いながら帰っていった。
彼女が突拍子もない事をするのはもう慣れたが、今回は特に驚いた。
実に……1年以上会ってないだろうか。疲れた。
久しぶりに会ったからか、伶実ちゃんたちに慣れたトレードオフとして、優佳への耐性が無くなっちゃったかな。
しかもお客さんとして来たらしいのに何も注文せず帰っていったし……。
なんか、爆弾だけ落とされた感じだ。
伶実ちゃんも終始驚きっぱなしだったからなぁ……。人見知りが発動したのか俺と優佳が話してると様子がおかしい気がしたけど、今は大丈夫だろうか。
「伶実ちゃんごめん、うるさい姉が迷惑かけたね。 大丈夫だった?」
「…………」
「伶実ちゃん?」
「ぁ……。は、はい。 何でしょう?」
聞こえていなかったのか、ボーッとしていた彼女は二度目の呼びかけでようやく俺の姿を認識してくれる。
やっぱりあの勢いに圧されちゃったかなぁ……後で文句言っとこ。
「優佳が……姉がごめんね。 昔っから色々と周りを巻き込むタイプでさ」
「い、いえ。明るくて美人なお姉さんじゃないですか」
「それだけだと良かったけどね……。大抵の被害は俺にくるからさぁ…………」
「ふふっ。 そんなこと言って。マスターったらお顔がにやけてますよ?」
「!?」
うそっ!?
思わず自分の顔をムニムニと手で触れるもわからない。
そんなににやけてたかな…………。
「……さっ、早くコーヒーを片付けないといけませんね」
「あぁそうだった……早くしないと鮮度が……」
「いえ、いいですよ。私が持っていくんでマスターはゆっくりしていてください」
「あっ――――」
その言葉に慌てて豆を奥に持っていこうとするも、それより早く彼女は台車の取っ手を持ちまっすぐ奥へと向かっていってしまう。
まぁ……片付けてもらうのはこれが初めてでもないし大丈夫か。任せよう。
きっと俺がやるって言っても掃除のときみたいになりそうだし。
ガラガラと台車の音とともに彼女が去っていき、ポツンと取り残されるのは俺一人。
台風の後の静寂。まさしく焼け野原といった気分だ。
久しぶりに会ったからかな……ドッと疲れた。
「たっだいま~! マスター!レミミンいる~!?」
いつもの椅子に腰掛けながらふぅ……と息を吐いていると、勢いよく扉が開いて突如やってきたのはいつもの少女、遥だった。
彼女はパタパタと普段と変わらぬ調子でカウンターを挟んだ俺の前へとやって来る。
その明るさはさっきまでの台風とは違い、引っ張るのではなく周りを明るくするような感じで――――
「遥か…………。あぁ、安心する……。もうずっとここに居てくれ」
「ふぇ!? マママ……マスター!?それってどういう……!?」
ダラーっとテーブルに上半身を預けていると、そんな驚いたような声が聞こえてくる。
決して優佳が嫌ではない。むしろ好ましいのだが、リハビリが必要だ。
一方で遥は人のことでも自分のように喜怒哀楽を感じてくれるからな。その優しさと明るさは今は癒やしだ。
「いやねぇ……さっきまで業者の人が来てたんだけど、俺の姉になっててさ……それがなかなかの嵐で……」
「ぁ…………。なぁんだ、そうだったんだぁ。 ……ってお姉ちゃん!?マスターってお姉ちゃんいたの!?」
まさしく顔を伏せていてもわかるような驚きが聞こえてきた。
身体を起こして遥と向き合うと、その目はいつも以上にまんまるとしていてまさしく典型的な驚きの表情だ。
「あぁ、同学年のな。 俺も会うのは1年以上ぶりにだったか」
「へぇ~! どんな人どんな人!? マスター!写真ある!?」
「写真かぁ。あったかな…………お、これとかどうだ?」
スマホの写真を適当にスクロールしていくと、直近で見つかったのは高校卒業式の頃の俺と優佳。
バックの校門に『卒業式』と書かれた看板を置き、2人揃って撮った写真。確かこれ、母さんに撮って貰ったんだっけ。
「えっ!?すっごい美人さん!! こんな凄い人がお姉さんな…………って、んん? ムムム…………」
そう言ってくれるのは家族として嬉しいけど、どうしたの?
遥は続けようとしていた言葉を自ら中断し、更に注意深く見るように顔とスマホとの距離を縮めていく。
何か変なのあった?俺の顔が変とか言わないでね?心に尋常じゃないくらいのダメージが来るから。
「遥?」
「あっ!思い出した!! この人ってあのカフェの店員さんだぁ!」
「……カフェ?」
「ほら、マスターも前アタシ達と行ったじゃん! コーヒーがいっぱいあって隣にカフェが併設されてるお店!そこのすっごい綺麗な店員さん!!」
…………あぁ~。
あの店か。いつも豆は卸売に頼んでたから工場みたいなとこでバイトしてるかと思ったけど、結局卸売もカフェも全部繋がってるわけね。
ってことは、あの日持ち帰りじゃなくて店内で食べてたら優佳と会っていたわけか……。
「この人がお姉さんなんだぁ……アタシも会いたかったなぁ……」
「たぶん、呆気にとられると思うよ」
昔っから優佳のグイグイ引っ張る感じは変わらないからな。遥とベクトルは似てても圧倒されるだろう。
返されたスマホをテーブルに放おっていると、店の奥から片付け終わった伶実ちゃんが姿を現した。
「マスター、片付け終わりました……って、遥さんじゃないですか。どうしました?」
「ありがと、伶実ちゃん。 そういえば遥はこんな時間にどうしたんだ?もう日が暮れるぞ」
ついつい話がそれて彼女が来た理由を聞きそびれていた。
もう夜も近いし、今から勉強するにしては遅いだろう。
「ちょっと近くに寄ったからっ! レミミンのバイトも終わりが近いし一緒に帰ろうと思って!」
「まぁ……。ありがとうございます。……そろそろ時間でしたね」
チラリと確認した時計は、バイト終了時刻のすぐ手前。
なるほど、タイミング的には丁度いい。俺としてもいくらまだ日中とはいえ、一人で帰すより二人のほうが安心するしな。
「伶実ちゃん、少し早いけど上がっていいよ。お迎えも来たみたいだし」
「いいんですか?ありがとうございます。 ……マスター、スマホ鳴ってますよ」
まだ終わりまで10分程度あるが誤差だ誤差。今日は色々あったし彼女も疲れただろう。
そんな彼女の言葉に目を向ければ、テーブルの上で振動が鳴っている俺のスマホ。
中身は…………母さんからのメッセージか。
「…………ゲッ」
「?」
ロックを解除して中身を確認すると、ついつい漏れてしまう嫌な声。
まじで……?これ、ホントにしなきゃダメ…………?
「なになに?どったのマスター? もしかして……前のナミルンみたいな?」
「マスター……?」
「いや、大変なことじゃないんだけどさ……。 ちょっと、伶実ちゃんに関係することが……」
二人が心配してくれるのは嬉しいが、そういう切羽詰まったことではない。しかし、この内容は無いだろう。
俺が伶実ちゃんに画面を向けると「えぇ!?」と大きな驚きの声が出る。
そして遥にも見せると「わぁ……!」と感嘆の声を上げた。
「伶実ちゃん……どう? いいかな……?」
「えっ……!?あ……!いやっ……! 私としてはマスターがよければ……ですが…………」
「マスター! アタシも行っていい!?邪魔しないから!!」
「まぁ、もちろんいいが…………」
突然の連絡に当然のことながら挙動不審になってしまう伶実ちゃん。そして遥は興味津々だ。
スマホの画面には、『優佳から聞いたわよ。バイトとして可愛い子を雇ったんですってね。その子がいいなら絶対ウチに来てもらいなさい』と、簡潔に書かれていた――――
許可制かつ強制って、矛盾してるじゃん。




