049.一人での考えごと
「あぁ~~~~……‥」
誰も居ない空間に一人、俺は声にならない声を発する。
それは狭い空間故に反響し、少しエコーのかかったかのように耳へと届いていく。
もう何度そうしたかわからないけれど、未だ飽きること無くボーッと不審者のような声を発していた。
「ハァ…………。~~~~~」
次第に息も疲れたのを感じてから身体を滑らすように沈み込んでブクブクと水に浸かりながら泡を吐き出す。
それは目の前で弾け、辺りの空気と一つになる。俺はそんな様子を視界に収めながら気にすること無く今日の事を思い出していた。
『私っ!マスターさんのこと……好きになっちゃった!!』
白い髪を持つ少女から告げられた、思いもしなかった言葉。
俺はその言葉を受け止め、咀嚼し、理解する頃には何をする気にもなれないでいた。
早々に店を閉め、2階の部屋でボーッと日の落ちるまで何もせず、ただふと汗を流そうとお風呂に入って浴槽へ浸かっていた。
殆ど無意識の、ルーティーンのような行動。身体の記憶にすべてを任せながらその心は今日の事を思い出すも、全く思考が進むこと無く無為なループを繰り返してしまっていた。
今日は朝から色々あった。
店を開けると彼女が来て、唐突におじいさんが倒れたという連絡を貰い、アイドルを辞める事を告げたら怒鳴られて迎えに行き、そして最後に…………。
喫茶店を初めて以降色々なことがあったが、今日は群を抜いて色々だった。
特に最後の言葉。未だに信じられない。
だって最近出会ったばかりの、超有名アイドルだ。そんな彼女があんな事を言ってくるとは。
確かに、病院に行く前にはコーヒー仲間として打ち解けた実感はあった。けれどここまでとは予想していない。
一体何が琴線に触れたのか、今の俺にはわかりようもなかった。
「それだけじゃ……ないんだよなぁ…………」
湯船に浸かりながら奈々未ちゃんの事を置いておいて思い出すのは、最近仲良くなった3人の女の子たち。
その中でも特に強いのは、灯だった。
俺は鈍感じゃない……と思う。だからこそ灯から頬へのキスや、積極的に仕事を手伝おうとしたり、意味深な事を呟いたり……。
落ち着いた場所で改めて考えるともしや……と思う事柄がいくつかあった。
もしかしたら彼女も俺の事を……でもただちょっと仲良くなっただけで俺が自意識過剰で勘違いしているだけかも……。そう考えて、えも言えぬ感情に襲われる。
遥は…………わからない。
最も俺と会話し、ボディータッチも多いのは遥だ。
しかし彼女の性格故に、それが恋愛的なものを含むかどうかはさっぱりだ。
誰とでも仲良くなれ、他人の気持ちをわかりあえる優しい性格。それこそ俺の勘違いと言える可能性も高いだろう。
そして伶実ちゃんは、遥以上にわからない。
アルバイトという都合上、最も俺と関わりが多いが、最も彼女についてはわからない事が多すぎる。
未だに開店初日でこの店を志願した理由も謎だし、あれだけ俺を尊重してくれる理由も謎だ。
少なくとも悪意が無いことは分かる。だからこそ、わからないということでもあるのだが。
「まぁ……わからないことは考えても仕方ないもんなぁ……」
とりあえず謎はいくら考えても解けない。俺に解く頭があるとも思えない。
だからすべてを棚に上げて、湯船から出る。
いつものようにお湯の栓を抜き、洗面所に戻って身体を拭いていると、ふとスマホに通知が来ていることに気がついた。
メッセージか。相手は…………アイツか。
『やっほ。生きてる?』
なんだその開幕は。
『知恵熱で頭爆発しそうだけど、生きてる』
『なにそれ~? 知恵熱とか似合わな~いっ!』
水っ気を拭き取りながら適当に返信をしていると、まさに今見ていたかのような速度で返事が返ってきた。
あいも変わらず、返事が早すぎる。
『何かあったの~? 私が聞いてあげよっか?』
『いや、いい。 大したこと無いし』
実際には大したことあるのだが、下手に知られると面倒だ。
ホントどうしよ……奈々未ちゃんにはなんて返事したらいいのかなぁ……。
『まぁいいけど。 どうせ総のことだし喫茶店にお客が来ない~!って話だろうし』
『…………俺、店の状況話したっけ?』
『うんにゃ。あんな場所の店なんて誰も来ないのわかりきってるじゃん~!今になって寂しくなったのかな~って』
完全に見透かされているようだが、実際には俺にも予測できなかったイレギュラーによって寂しさなんて感じる余裕なんて無い。
特に夏休みに入ったこの時期……暇になるタイミングって……あるのかな?
『まぁ……色々とな。それで、わざわざ連絡してきて何か用あったのか?』
『うん。ちょっと早いけど、お盆は今年も一人で?』
あぁ、そうか。
夏といえばお盆。もうそんな時期だったなぁ。
『あぁ。もちろん』
『そっか…………。うん、それが聞きたかったの』
今年は忙しくって準備を忘れてた。
お盆用の道具は大体実家に置いてきてたし、新しいの買っておかないとな。
『それだけか?今風呂なんだが……』
『あっ!あと一つ! そろそろお店行っていい!?いい加減私も見てみたんだけど!』
『ダメだ』
それだけを淡白に告げてスマホを適当に放り投げ、自らの服を順に着ていく。
放ってからもしばらくスマホは振動を続けていたが、次第に向こうが諦めたのか、静かになってくれた。
「アイツはともかく……父さんと母さんはウチに呼ばないとなぁ」
2人とも話題に出さないからすっかり失念していたが、そういえば店を開けて以降招待していなかった。
店には優秀過ぎるアルバイトもいることだし、そろそろ呼んでもいいかもしれない。
「でもまずは、目の前のことか」
俺はお盆に必要な物を頭の中でリストアップしながら洗面所を出る。
手にしたスマホからチラリと見えた画面には、さっきまでやり取りしていたメッセージ画面に大量のスタンプが送られてきていて、アイツらしいなとほんの少し微笑むのであった。
―――――そして、俺は気づかなかった。大量のスタンプの中にコッソリと、とある一文が送られていることに。
『近いうち、店に様子見に行くからね!!』
 




