041.あなたにとっての一番
「はい。ご注文ですか?」
「…………です。チョコケーキと――――」
メニューを広げた少女は、その細い指で記載された文字をなぞりながら小さな声で注文をしていく。
服も、髪も、肌も、何もかも。
真っ白が特徴の、可愛さと美しさが両立する、儚げな少女。
彼女が座るは窓も近くにない、どんな時間でも影になってしまう隅のテーブル。
それは 自らの特徴であるアルビノだからだろうか。
肌が弱いらしいらしく直射日光の当たらない影にて身を守る上着を脱いだ彼女は、小さく、そして簡潔に欲しい物を伝えた。
「わかりました。少々お待ち下さい」
彼女が頼んだものといえばチョコケーキにホットコーヒー、そしてトーストとシンプルなものだ。
こんな暑い日にホットということに驚いたが、身体を冷やしたくない人も多いらしいし、きっとそういうことだろう。
「あっ……あの…………」
「どうしましたか?」
注文を承った俺はカウンターに戻ろうとした途端、背後からかかる声にゆっくりと振り返る。
しかし戻ったはいいものの、彼女は呼びかけた事を後悔するように少しだけ目を伏せた。
「…………いえ、なんでもない……です……」
「……? わかりました。何かあればお呼びください」
はて、何を言いかけたのだろう。
しかしなんでもないと言った以上更に問うわけにもいかず、俺は黙ってカウンターまで戻っていく。
「どうでした? 何か言ってました?」
「…………灯か」
いつものように注文されたものを提供するため準備をしていると、ヒョコッと現れるのは前髪を切り揃えた黒髪の少女、灯。
やはり彼女も…………いや、当然ながらみんな気になっているようだ。伶実ちゃんと遥もテーブルに座っているも視線はこっちを向いている。
「普通に注文しただけだな。 それ以外は特になにも」
「そうですか……。また前みたいに話に行っていいと思いますか?」
「…………いや、ゆっくり食べたい時もあるだろうし、最初はそっとしておくのがいいんじゃないか? 何かあれば言ってくるだろ」
彼女たちの思いを汲んでそれを許可するのは簡単だが、彼女はアイドルだ。様々な人と関わって外でも気を遣って……人と話すのが疲れる日があるかもしれない。
それにいくら顔見知りと言ってもまだちょっと話しただけだ。それでグイグイ行くのは戸惑われるだけだろう。
「……ですね。何かあれば呼んでください。 お仕事手伝いますので」
「殊勝だな……。 でも悪い。手は伶実ちゃんで十分だから大丈夫」
そう言ってくれるのは嬉しいが、ここには伶実ちゃんというなんでもできるスーパーアルバイトがいる。
調理関係は流石に任せていないが、接客に関しては俺以上だ。まだ時間外とはいえ、手が回らなくなったらまず彼女を呼ぶから灯はゆっくりしてくれて大丈夫だ。
「ムッ……。 やっぱりあなたにとっての一番は伶実先輩なんですか?」
「一番? まぁ……そりゃあバイトとしていつも頼ってるしなぁ……」
もう掃除なんか、俺なんか足元にも及ばないからすべて任せてしまっているレベル。
道具だって伶実ちゃんが必要な物を買い揃えてるし……彼女が居なかったらすぐこの店は汚れて誰も寄り付かなくなっていたかも。
「そういう意味ではなくって……いえ、だからあなたはいいんでしょうね……」
「? どゆこと?」
「なんでもないです。 ほら、トースト、焼けましたよ」
「お、ほんとだ」
彼女が指を指した瞬間、チーンと音がなって出来上がるトースト。
……うん、焼き加減もよし。コーヒーもできたしこれで準備万端だ。
(やっぱり、あの文脈じゃ好きの意味だってわかりませんよね)
「なんか言った? 灯」
「いえ何も。 ほら、早くいかないと冷めちゃいますよ。早く届けてあげてください」
「お、おう…………」
色々食器とか動かしてたおかげで途中灯の言葉を聞き逃した気がする。
しかし彼女は気にするなと言うように背中を押し、料理を待っている少女のほうへ促される。
なんだったんだ……?さっきの。
「おまたせしました」
「…………ありがと……ございます……」
出来上がったものを置いていくと、か細くも透き通るこえが聞こえてくる。
やはり……以前来た時と様子が違う。あの夫婦が居ないから?いや、あの時も遥と話す時なんか言葉が今回みたいに途切れ途切れだったし、これが普通なのか。
「では、ごゆっくり」
「あ……あの……」
お皿を全部置き終えて引き返そうとすると、またも後ろからかけられるは彼女の小さな声。
…………なんだ?なんだかまたデジャヴ感。
「どうされましたか?」
「ぇっと……その…………」
やはり問い返しても返ってくるのは要領の得ない言葉。
しかし、今回ばかりは違うようで――――
「その……後でいいか……ので……あの方々の席まで行っていい……です、か?」
「あの方々って、あの3人?」
この店には人数など限られているのに、思わず聞いてしまった言葉に彼女はゆっくりと頷いて肯定してみせる。
……そっか。やっぱり前に盛り上がってた会話、楽しんでくれてたんだな。
「もちろんです。3人も喜びますよ」
「ぁりがとうございます……。すぐ食べ……ますね」
憂いの表情にほんのりと口角が上がり、喜んでくれる真っ白な少女。
これはいい知らせができた。早くみんなにみ知らせ………って、全員こっちすっごい見てきてるし。
「ほら三人とも。そうやって見てるとあの子も食べにくいから……!」
「どうでした? さっき何か話してたようですけど」
「あぁ。 灯、ついにご指名がきたぞ」
真っ先に聞いてくる灯に、ちょっとした冗談。
間違ってはないんだけどね。でもちょっと違う。日本語って難しい。
「あかニャンにご指名?なんの話?」
「な……な……! やっぱりこの店って本当はそういう……!?」
「あっ……。ははは……」
何のことかさっぱり見当のついていない遥に、真っ先に気づいた灯。そして何も言わず苦笑いする伶実ちゃん。
三者三様の違いを見せる少女たちに苦笑しつつさっき聞いたことを伝えると、遥が突然立ち上がっていつものごとく件の少女へと抱きつきにいくのであった。




