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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第2章

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040.いつもと違う風


 可愛い女の子2人が、カウンターでキャアキャア声を上げながらリラックスして1時間後。

 彼女たちはいつものテーブルに座って、早速持ち帰っていた宿題に手をつけていた。


 なんだかんだほぼ毎日ここに通って勉強をしてきた彼女たち。

 きっとそのおかげで習慣が出来上がったのだろう。

 あれだけ嫌がる素振りを見せていた遥も、ちょっとのんびりしてイヤイヤ元のテーブルに座ってからは、人が変わったように問題集に目を向けひたすらペンを動かしていた。



 どれどれ……今やってるのは…………ほう、数学か。

 開かれたテキストの中にはビッシリと、まさしく教員の執念と言うレベルで問題の数々が載せられている。

 しかも開いているページはよりにもよって俺の大嫌いな数列だ。シグマ記号を見るだけで脳がそれ以上読むことを拒否している。


「……ん?どったのマスター? どこか間違ってた?」

「いや………流石にパッと見じゃわからないわ。 ただ集中してて凄いなって」

「ありがと。 でもレミミンのほうがもっと凄いよ」

「…………そうだな」


 俺たちはチラリと反対側に座る伶実ちゃんへ視線を移す。

 彼女も同様に数学のテキストを開いて問題と向き合っていた。

 俺たちが会話しているのを一切気にすることなく、ひたすら手を動かしている。


 しかし凄いのはそのスピード。

 遥は時々忘れている部分もあるのかノートで過去の部分を見たりしているが、伶実ちゃんに関してはそれがない。ひたすらスラスラと問題を解いてるおかげで進行度も遥の少し先を行っている。

 これが成績優秀者のスピードか。天才の灯はこれ以上早く解くのだろうか。


「さっ、集中切れる前にまたやんなきゃね」

「おう、頑張れ。 ……じゃあジュースでも奢ってやるか」

「やたっ。 ありがとね、マスター」


 軽く言葉を交わした俺はまたカウンターに戻って冷蔵庫を開ける。

 今日は…………桃にしよう。


 別に毎回彼女らが来る度奢っているわけではない。むしろ驚くほどお金を落としていってくれるから、ちょっとしたお返しのようなものだ。

 以前、遥に聞いたら母親に貰っていると言っていた。まぁ………あの家の規模を考えたらここでの食事くらいなんの支障にもならないだろう。


 そして伶実ちゃんはここで働いているバイト代。彼女の払う姿を見る度、なんだか税金システムの感覚になるから変な気分だ。

 国が発行した紙幣を税金で回収する……なんとも言えない感覚。


「すみませ~ん、みなさんいますか?」

「いらっしゃ……って、灯か」

「どうもです。 遥先輩が居るって聞いたので」

「相変わらずだな……」


 2人へのジュースを注いでいると、扉の開く音とともに最近来るようになった3人目の少女、灯が現れる。

 彼女の手にはいつもより多い荷物……学期終わり特有の光景だ。


 にしても、ここに来たということはクラスメイトとの話は終わったのだろう。


「当然です。私は遥先輩一筋ですから」

「あ~、あかニャンおかえり~。ごめんぇね、もうちょっとでキリいいとこだから~」

「宿題やってたんですね!お構いなく! …………あ、遥先輩、ここ間違えてますよ」

「えっ? どこ!?」


 さすが灯といったところか、軽く流し見ただけでその誤答に気づいたようだ。

 俺なんて脳が考えてることすらやめてたのに…………。


「それで、えっと……ちょっといいですか?」

「ん、俺?」


 簡単に誤答した問題の修正を手引した彼女は、カウンターを挟んだ俺の目の前にきて問いかける。


「はい。 ここにもうひとり連れてきてるんですが……いいですか?」

「なんかこのやり取り前もあったような……。もちろんいいぞ。お客さんならなおさらな」

「……ありがとうございます」


 それだけを聞いた彼女は迷うことなく扉へ………ではなく、窓の方へと向かっていった。

 窓……?あぁ合図か。向こう側にいる何者かと目を合わせたであろう彼女は、大きく首を縦に振る。



 …………と、しばらくの後に鳴るのはいつもの扉の音。

 扉が開いてゆっくりと現れたのは黒い影――――ではなく、つい先日も見た真っ黒のコートだった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「いらっしゃいませ。 こちら、メニューです」

「ぁ…………ぁりがと……ございます……」


 俺は来店したお客さんにメニューを手渡す。

 それを両手で受け取った彼女は、か細い声でお礼を言ってくれた。


「では、お決まりになりましたら、呼んでください」

「ぁい………」


 お決まりの言葉を言って元のカウンターへと戻っていく。

 残念ながらここに呼び出しボタンなんて便利なものは存在しない。だから注文する時は呼んでもらっている。

 導入したいんだけどね……コストがね……。


「マスターマスター! あの子って……!」

「あぁ……。俺もビックリした」


 カウンターの俺のところまで駆け寄って小声で話しかけてきたのは遥だ。どうやらキリのいいところまで進んだらしい。

 彼女が言うのはさっきまで対応していたお客さん…………その子は、以前もここに来てくれた【ナナ】その人だった。


 ……正確には奈々未という女の子。

 真っ白な髪と真っ白な肌、そして蒼い瞳が特徴の、大人気アイドルだ。


 確かに以前、また来ると言っていた。

 しかしあれから1週間ほどしか経っていない。リップサービス程度にしか思っていなかったが、まさか本当に来るとは。


「おばあちゃんたち……いないのかな?」

「たしかに、いないな」


 そういえばあの時一緒にいた老夫婦の姿が見えない。

 一人で来るというのも、有限実行ということか。


「あかニャンあかニャン」

「はいっ!」

「あかニャンはあの子連れてきてたみたいだけど……どうしたの?」

「いえ、店に着いたら近くをウロウロしまして……声を掛けたんです。そしたら『入ろうと思ってた』って」


 ふむ、まったく気づかなかった。

 いつから居たのだろう。それに紫外線に弱いとされる肌は大丈夫なのだろうか。


 ……にしても、ウロウロってなんだかデジャブを感じるぞ?


「それって、梅雨の灯みたいに?」

「はい。ちょうど私みたいな感じで――――って、確かにそうですが、恥ずかしい思い出なんで忘れてくださいよ…………」


 どうも彼女にとってアレは消し去りたい過去みたいだ。

 まぁ、雨の日に滑って転んで、挙げ句洗濯しにくるんだから、わからないでもない。


「それでも恥ずかしがってたので私がまず聞いてくるって話になり、入ってきたんです」

「ふむ…………」

「――――すみません」


 どうしてウロウロしていたのか頭を整理しようとするも、それは小さくて微かに聞こえる、俺を呼ぶ声によって中断された。


「はいっ、ただいま!」


 俺は伝票を持って彼女のもとへ向かう。

 いつもと違う風が吹いたことで、心を弾ませながら――――。

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