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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第2章

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039.花丸


「んん~~!! やぁっと終わったぁ~~!!」


 ベタリと身体をテーブルに貼り付けて、うんと伸びをする遥が心からの言葉を口にする。

 それはまさしくここにいる少女たち全員の総意。同じテーブルを囲むもう1人の少女も、今回ばかりは嬉しそうに頷くばかりだ。


「ですね……。今回ばかりは遥さん、お母さんに褒められたのではないですか?」

「うんうん~! すっごく驚いてくれてママが持ってたエクレア貰っちゃった~! それに勉強するならもうちょっと遅くまでここに居てもいいって~!」

「それはよかったです。 このまま2学期も成績上がると良いですね」

「うんっ! でも、ここまで上がったのはレミミンにあかニャンのおかげだよ~! ありがと~!!」

「きゃっ! もうっ……いっつもいきなりなんですから…………」


 勢いよく起き上がった遥が向かった先は、正面に座る伶実ちゃんのもと。

 いつものように抱きつく姿は見ていて微笑ましい。伶実ちゃんも困った表情を見せつつも嬉しそうだ。


「そういえば灯さんが見えませんけど……まだ学校ですか?」

「あ、あかニャンは連絡が来てたよ。 ちょっとクラスの子たちとお喋りしてから来るんだって~! 無事溶け込めたようでよかったね~」


 ……そうか。灯もうまくやっていけてるようで何よりだ。その報告だけで、俺も一肌脱いだかいはある。


 クラスメイトとはきっと秋日和のことだろう。あれ以来、少しづつ灯が俺にも報告してくれるのを聞いていた。

 内容としては3人のお弁当の中身とか授業で面白い回答したとか、そんな些細なことだが楽しそうに話す姿は、聞いていて俺も嬉しくなる。


「もう学校も終わりだからね~。 んん~~!!やっぱりそう思うだけでもテンションが上がってくるよ~!!」


 うんと腕を天高く上げ、伸びをする遥は本当に楽しそうだ。


 それもそのハズ。今日は彼女らの通う学校最後の日。


 ……別に卒業とか退学とか、そういうことではない。ただ単に夏休みに突入するだけだ。

 もう学生からは退いてしまったが、やはりこちらから見ると学生という立場は羨ましく思える。1ヶ月丸々休めるとか、務め人からみたらずるいよね。


「でも、ちゃんと宿題はやるんですよ? ……ほら、今日渡された数学のテキスト。これ毎日やらないとダメな量じゃないですか」

「うっ……。でもぉ……夏休みなんだしちょっとくらい遊んでも…………」

「あと何配られましたっけ……。 あ、そうそう。これがありましたね。読書感想文に英単語の書き取り。今年はなかなかの量ですね。あとは――――」

「うわぁぁぁん!! マスター!レミミンママがいじめる~~!!」

「えぇ!?」


 続々とバッグから出てくる宿題の数々に、もう音を上げたのか遥は突然立ち上がって俺の元へ。

 俺たちの間を挟むカウンターに前のめりになった彼女は涙目になりながらグズグズと鼻をすすっている。


「ほらほら、あんまり遥をイジメちゃダメじゃないか。レミミンマ……………伶実ちゃん」


 そんな彼女に今まで摘んでいたピーナッツをいくつか渡しつつ、伶実ちゃんを諌めようと思ったものの、えも言えぬ視線に襲われたので即座に訂正する。

 やはりレミミンは遥専用の呼び名らしい。


「マスターも多いって思うよねぇ? この宿題の量…………」


 チラリと彼女が首を捻って向かった先にある、さっきまで座っていたテーブルの上に目を向けると、そこには伶実ちゃんが取り出したであろうテキストやノートの数々が。


 もしかして、あれ全部宿題…………?

 なかなか多いな……当時の俺がどれくらいだったか定かではないが、確かに毎日やらないと終わらなさそうだ。


「多いと思うけど、でもやらなきゃいけないんだろ?」

「そうだけど~……そうだけどさ~!」


 カウンターの上で人差し指から親指まで波打つように動かしてみせる彼女は、宿題の多さにご立腹のようだ。

 理解はしているんだけれど心が納得していない。まさしくそんな様子。


 そうやって抗う遥を慰めるかのように、伶実ちゃんが隣に座ってきた。


「遥さん、私も手伝いますから頑張りましょう? 一緒に進めるって約束したじゃないですか」

「グスンッ……。レミミンママァ……」

「はいはい、お母さんですよ~」


 まさしく慈愛の母のように、遥を自らの胸へと収めていく伶実ちゃん。

 落ち込んでいる遥の頭を撫でながら、彼女は優しげな視線を俺へと向けた。


「ふふっ……本当にお母さんになったみたいですね」

「遥が娘で?  伶実ちゃんならいいお母さんになれるだろうね」

「ありがとうございます。 ……となると、お父さんは誰になるんでしょう?」

「…………さぁ」


 お父さん。

 それは誰の事を指しているのか知らないが、俺は下手を打たないよう下を向き、からかうような視線を躱していく。


 彼女はそんな俺の動作にも小さく微笑むだけに留め、抱きしめていた遥をそっと離した。


「さ、遥さん。早速ですが灯さんが来るまでちょっとでも進めちゃいます?」

「え~? もう~?今日くらいは休んでもいいんじゃない~?」

「そう言ってたらいつまでたっても始められないじゃないですか。 こういうのは始めが肝心なんですよ?」

「むぅ~~……」


 きっと遙も理解しているのだろう。

 ちょっとした唸り声しか出さなくなった彼女はまたカウンターへと身体を突っ伏した。そのまま顔だけまっすぐ正面を向き、こちらを見る。


「マスタぁ~。お願い~。やる気出させてぇ~……」

「やる気って、俺に何しろと?」

「うんっとねぇ…………」


 彼女はその中身までは考えていなかったのか、「うんと、うんと……」と言葉を繰り返して逡巡させる。

 しかしすぐに思いついたようで、あっと声を上げ人差し指を天に突き刺した。


「そうだっ! マスター!頭撫でてぇ!」

「…………頭?」

「そうそう。前もテスト見せたらママが頭撫でてくれたのっ! その日はフワフワして勉強も出来たし、きっと撫でてくれたらやる気出ると思うっ!!」


 それは……いいのか?

 きっとやる気が出たのは母親に撫でられたおかげなのは間違いないだろう。

 しかしそれが、俺にも適用されるかがわからない。むしろ逆にやる気が削がれてしまわないだろうか……


「は~や~く~! ま~す~た~!」

「お、おぅ……」


 恐る恐る…………

 かなりゆっくりとした動作で俺は手を彼女の頭へと近づける。

 どれだけ近づいていっても彼女は目をつむっているだけでされるがままだ。俺はそんな遥の小さな頭を、そっと触れていく。


「んっ…………。 んぁぁ……いい感じ……」

「こんな……感じか?」

「ん~。 いいよマスタぁ……ぁぁ……落ち着くぅ…………」


 心地よさそうな声を出す遥と、おっかなびっくり腰が引けている俺。

 段々ととろけるように。彼女は全身の力が抜けていってしまう。


 サラサラとして、スルスル通る髪。

 ダメージケアもしっかりしているのか一切引っかかることのない髪は指の間を綺麗に通り抜け、その度に感嘆の声が聞こえてくる。


 …………そろそろ終わっていいだろうか。なんだか隣が…………。


「えへへぇ……ますたぁ……もっとぉ…………」

「そろそろ……終わっていいか?」

「えぇ~。もう~? もっとぉ……」

「だってだな……隣の……伶実ちゃんの視線が……」

「レミミン?…………はっ!!」


 完全にだらけきっていた遥はノソノソとしたスピードで首を動かした途端、、伶実ちゃんと視線が合ったようで機敏な動作で姿勢を正す。

 遥の見た伶実ちゃんは――――笑っていた。しかしその奥に、何か底しれぬものを感じ取って…………。


「……ふぅ。マスター、あんまり遥さんを甘やかしちゃいけませんよ?」

「俺はそんな甘やかしてるつもりは……」

「随分と甘いじゃないですか。 でも、そこまで言うのなら…………はいっ!」

「…………はいっ……って?」


 ほんの少しの母親モードだった彼女は、何を考えたのか自らの身体をカウンターに倒し、顔だけをこちらに向ける。

 それはまさしくさっきまでの遥と同じ格好。伶実ちゃんは俺と目を合わせながらニッコリと微笑んだ。


「甘やかしてないと言うなら、私にもお願いします。 遥さんが気持ちいいって言うそれ……気になりますので」

「えぇ~! レミミンずるい~!じゃあアタシも~!」

「遥さんはさっきまでやってもらってたじゃないですか。 マスター、お願いします!」

「え……えぇぇ…………」


 まさかの伶実ちゃんまでもナデナデのご所望のご様子。

 俺はしばらく抵抗したが、結局諦めて伶実ちゃんの頭をも撫で、花丸をもらうのであった。

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