030.計画立案
「でも……やっぱりあかニャン……疎まれてたんだね……」
ポツリと。
目の前の鎮座していた利益度外視のパフェをペロリと食べた遥が、カランとスプーンを鳴らして小さく呟く。
その声に向くのは俺と伶実ちゃん。と、同時に脳内には今日最後に見た高芝の表情が浮かぶ。
教室中が沸き立つ中、苦虫を潰したように辛そうな顔。
あの時の誤解は今解くことができた。しかし、まだ問題自体は取り除けていない。彼女が真にクラスに溶け込むまで、あの顔はいつでも表に出てしまうのだ。
彼女は自らもクラスで浮いていると言っていた。
まだ高校生活が始まって3ヶ月ほど。その段階で陰口言われるまでに孤立したとなっては今後の生活に支障が出るだろう。
だからこそ、安息の場所を提供してくれる遥に感謝しているのかもしれない。そう考えると心酔する理由にも納得だ。
「私は詳しく知らないのですが、それほどまでなんですか?」
「う~ん……アタシももしかしたら~ってくらいだったけど、そうなんでしょ?マスター」
「まぁ…………な」
さて、どこまで言うべきか。
俺も知ってることといえば頭の良さを疎まれてるくらいだしな。
もっと詳しい部分は言われている本人しかわからないところだろう。
「――――それ以上は、私が説明します」
「…………高芝」
どう説明しようか頭を悩ませていると、扉に取り付けた鈴の音とともに現れるのは、さっきまで見た顔、高芝だった。
彼女は無表情のまま、顔色を変えることなく俺たちの座るテーブルまで歩いて、俺の正面に椅子を移動させ腰を下ろす。
「あかニャン……大丈夫なの……その…………」
「はい。慣れてますので。 それと、先程はすみませんでした」
淀みない言葉とともに頭を下げる彼女に俺たち3人は揃って面食らう。
そんな……大変なのは高芝だろうにと。「もう誤解は解いたから心配するな」と、俺が口を出そうとしたところで、それより早く行動に移す人物が居た。
「あかニャーーンッ!!」
「ひゃっ!! は……遥先輩!?」
そう。遥だ。
彼女は高芝が頭を下げると同時に勢いよく立ち上がり、その小さな頭を勢いよく抱きしめる。
「あかニャンっ! 虐められてるなんて気づかなくってごめんね~!私がもっとしっかりしてればみんなに言ってあげられてのに~!」
「そんな……疎まれてはいますが虐められてるってほどでは……。 ――――でも、ありがとうございます」
遥の大きな胸部にすっぽりと頭が収まった高芝は、段々とその表情が穏やかなものに変わっていき遥を受け入れる。
そして高芝は俺の正面にいるものだから……抱きしめられているおかげで顔が穏やかを通り越してだらしないものに…………。
伶実ちゃんと遥からは見えてないだろうけど、ほら、こっちからは完全に見えてるよ。今は真面目な雰囲気なんだからちゃんとしないと。
「それで灯さん、虐められてるより疎まれてるって言ってましたが……」
なんとなく緩んだ空気を締め直したのは伶実ちゃんだった。
彼女の言葉に気づいた高芝も、埋もれている胸から抜け出してその視線を彼女へ向ける。
「あ、はい。 私……元々あんまり人と話すことが得意じゃなくって……。それで話しかけられないよう本を読んでたら、今度は頭がいいから見下してるって思われちゃったみたいで……」
「でも、私達とは普通にお喋り出来てますよね?」
「それは遥先輩のおかげというか……。今でこそ話せてますけど入学当初は全然でして。それに外部入学ですし……」
あぁ……最初のスタートダッシュで失敗しちゃったのか。
高校一発目の、外から入ってきたが故に友達もいない状態は明らかに不利だ。
女子って怖いって聞くしな……。
「俺からも一ついい?」
「はい?」
「あの……秋日和だっけ?あの3人が昼は学校に居ないって言ってたけど、それは?」
もう一つ気になったことといえばそこだ。
確かにあの雨の日ここに連れてこられるまで、ポルターガイストという名の彼女に張られていた。しかしそれ以降。あれからは気配もなかった。
普通に学校行っているものかと思っていたが、あの3人の言い方だと今日は珍しくって感じだったんだよな。
「お昼は……中間以降、遥先輩が放課後時間取れなくなったのはここに入り浸ってるって知って、それから最近までここに……」
「最近まで!? あの雨の日以降も!?」
「はい……。 いやらしい店じゃないって信じきれなかったので…………いえ、これは言い訳ですね。学校に行きづらかったんです」
うっそぉ!?
全然気づかなかったよ!?
堂々と入ってくればいいのに。
「じゃあ……思いつきだけど、あかニャンが飛び級してウチの学年来るっていうのは?」
「えっ!?そんな事できるんですか!?」
「どうだろ……思いつきだからなぁ……。できそ?レミミン」
驚きの発想に高芝が目を丸くするも、遥は頬を掻きながら伶実ちゃんに問いかける。
しかし、その希望は無残にもすぐに打ち砕かれる。促された彼女はは残念そうに首を横に振った。
「残念ですが……私達の学校に留年はあっても飛び級制度は存在しません」
「そっかぁ……。 じゃあじゃあ!アタシが留年してあかニャンと同じクラスになるっていうのは!?」
「えぇ!? それは確かに……不可能ではないですが…………」
そんな勝手に……!?いいの!?一生がかかったものだよ!?
赤点取ったら学校やめさせられるって母親に言われてるのに、よりにもよって留年なんて……!
「じゃあそれでっ!あかニャン!これからはアタシがついてるからねっ!」
「ま……待ってください遥先輩!」
もう決定事項のように遥は笑顔を向け、再度抱きしめようとするところを高芝はグイッとその身体を押しのける。
その目は困惑の色が浮かんでいた。それもそうだろう。俺だってびっくりしてる。
「留年しても年度末じゃないと無理ですから半年以上先です! それに中間の頑張りが無になっちゃいますよ!期末も頑張るんですよね!?」
慌てたように引き止めると、遥は残念そうに肩から力が抜けていく。こころなしかそのサイドテールも弱々しくなっていた。
「ごめんねぇ……アタシじゃ力になれそうもなくって……」
「いえっ!いいんです! いつも話しかけてくれるのすっごく嬉しいですし、最近はこの店も楽しいものだと思えるようになったので……遺憾ですけど」
遺憾かぁ……。
でも楽しいって言ってもらえるのは嬉しい。クラスに行った時も喜びを隠しきれてなかったし、少しは俺への警戒も解けたかな。
「私達が直接言っても反感買うだけですしね…………あっ、もしかして、それでさっきの設定、ですか?」
ふと何かに気づいたように伶実ちゃんが問いかけると、高芝が黙って首を縦に振る。
さっきの設定……?あ、俺がフィアンセとかそういう?
「……はい。人は色恋などで同じ人を狙う同士や、立ち位置のあやふやな人を敵視しますので、私もその位置かと思いまして。そこで自らの行動理由や狙いを提示すれば解決できるかなって……話の取っ掛かりにもなりますし」
「…………そうですか。先程の、私達が出ていってからはどうでした?」
「あの後は――――はい。みんな私を疎んでいるなんてウソみたいでした。ありがとうございます」
そりゃ恋人を連れてきたなんてなったら、誰だって気になるよ。女子校ならなおさらだ。
でも前もって言ってほしかったな。ビックリしたよ、色々と。
「…………伶実さん、本当にすみませんでした」
「私です? 何故でしょう?」
「え、だって伶実さんってこの人のこ――――」
「――――! あっ!いやっ!いいです! わかりましたので言わなくていいです!!」
伶実ちゃんは一瞬何事かと頭に疑問符を浮かべたものの、すぐに思い当たったのか顔を真っ赤にして言葉を遮る伶実ちゃん。
こ? 『この人』は俺のことだよな…………その後に続いた『こ』ってなんだ?「この人のことを殺す気」……なんて物騒なことは言わないよね?
それにしてもびっくりしたぁ。
伶実ちゃんのあんな慌てた顔なんて初めて見たよ。
「でも、ずっとこのままでいいとも思ってません。 いつか落ち着いたら、ちゃんとクラスの人達にホントのことを話そうと思ってますので――――」
「――――いや、いい方法がある」
ふと――――。
とある方法を思いついた。
高芝の言葉を遮るように口を開くと、三人の顔が一斉にこちらを見る。
俺は三者三様の表情を浮かべる全員の顔を見渡してから、最後の1人にたどり着いたところで、俺はその人物と視線を交差させる。
「なっ……なに……かなマスター?そんなジッと見つめちゃって……恥ずかしい……かな?」
「遥……。悪いが俺と付き合って…………恋人になってくれないか?」
「へっ…………? え……ええええええぇぇぇぇ!?」
一瞬、その言葉が理解できなかったのだろう。
ふと目をパチクリさせながら首をかしげた彼女は、その後すぐに言葉の意味を理解したようで驚くような絶叫を、店の隅々まで行き渡るほどの声量で響かせるのであった。




