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029.デラックスパフェ


「はい、2人とも。 パフェと……ジュース」


 無事店へとたどり着いた俺は、いつものテーブルにて座っている2人の目の前にパフェとジュースを置く。


 テーブルの上にはフルーツたっぷりのパフェと、これからの季節にピッタリなパイナップルジュース。しかしそれを見ることはすれ、手を動かすことはない。

 来れば毎日というほど何かを頼み、毎回美味しそうに顔を綻ばせる遥ですら、2つの甘味を目の前にしてもただ見つめるだけだ。


 それは例えるならお通夜のようだろう。

 しかし決して誰かが不幸になったわけでも、誰かが海外に旅立つなど別れることでもない。

 ただ学校で高芝の妄言を耳にしただけだ。それだけで、これほどまでに様子がおかしくなるとは。


 遥が落ち込むのはまだわからないわけではない。

 これまであだ名を付けて仲良くしてきた2人だ。この店でも勉強を教えるにかこつけて抱きついている姿を何度も見てきた。

 片方にとってそれは邪な気持ちがあったにせよ、はたから見ればお互い楽しそうにしていた。だからこそ、あの言葉を真に受けて祝福するか、転じて落ち込むこともあるだろう。


 しかしもうひとり……伶実ちゃんはどうだ。

 勉強しているうちに仲良くなったこともあるが、それは遥ほどではない。

 先程の言葉を信じて驚く気持ちはもちろん分かるが、あの取り乱しようは何だったのだろう。

 無感情で無感動の、伶実ちゃんの瞳。アレを目の当たりにした時は驚いたが、今は比較的落ち着いているようだ。


 彼女も高芝とそこまで親密だったのか……いや、それよりむしろ…………俺か?

 ……いやいや、ないない。確かに最近仲良くなってきたと思うが、それは彼女も親愛やそれに類するものだろう。

 少なくとも俺には彼女を口説いたという自覚も、彼女が恋に落ちる心当たりも全くない。だからこそありえないのだ。そもそも俺に人を好きになる資格などないのだし。



「……食べないのか?」

「今は……そんな気に……なれないかな」

「私も……です」

「そうか……」


 デザートを前に黙りこくった2人に目を配りながら俺も間に挟み込まれるように椅子を持ってきて腰を下ろす。

 2人心の内では色々なものが渦巻いているのだろう。しかし、まずはこれまでの経緯を説明しないと話が進まない。

 さて、どこから説明したものか…………


「マスターは、さ……。5時間目終わってトイレに行ってたけど……あかニャンのとこに行ってたの?」


 どう説明したら一番スムーズに進むか考えていると、俺が口を開くよりも早く遥が問いかけてきた。

 確かに高芝のとこに行ってたが、それはなんというか…………


「まぁ……結果的にはな」

「そうなんだ…………」

「結果的にだぞ。 トイレ行って校舎内を見てたら迷っていつの間にかって感じで。 授業受けてなかったし……。そもそも俺と高芝はそういう関係じゃないからな?」

「……授業、を?」


 遥は伏せていた顔のまま、視線だけこちらに向けてくる。

 それは上目使い……とも取れるが、睨んでいるようにも捉えられる。ほんの少しの角度によって印象の変化する彼女の表情に、俺は平静を保ちながら口を開いた。


「なんていうか……俺が話しかけたら屋上前まで引っ張られてな。それから高芝がクラスメイトに疎まれてることを知って、二人して授業終わりまでボーッとしてた感じ」

「そう……なんだ。 あかニャン、教室行ったらいつも一人だから、もしかしたらって思ったけど…………」


 気づいていたのか。それでもあえて聞かなかったのは、見極めていたのかそっとしていたのか……。どちらにせよ、今の彼女は冷静だしどうにかできそうだ。


「だから、繰り返しになるが俺と高芝は付き合ってもなんでもないからな?俺も驚いたくらいで……」


 あのドタバタの中出てきてしまったが、高芝は元気でやれてるだろうか。2人に詰め寄られていたし、誤解が加速していないといいが……。


「そっか…………うん。 それなら……よかったぁ。マスターとあかニャンがそういう関係じゃなくって」


 ふぅ……とため息をついて安堵の表情を見せる遥。


 信じてくれた……だろうか?

 彼女はこちらに向けていた視線を再度デザートに戻し、ゆっくりとした動作でコップを手に取りジュースを口に運ぶ。

 これまでのように顔を綻ばせるほどではなかったものの、心なしかその雰囲気が和らいだように思えた。


 遥は――――優しいな。

 何の根拠のない俺の言葉を一応とはいえ信じてくれた。その上、高芝の心配さえも。

 しかし、遥も確証が無かったとはいえ感づいてはいたらしい。

 だからこそ今日も授業が終わって真っ先に教室に来たのかもしれない。今回はそれが仇となったか。


「マスター」

「……伶実ちゃん」


 続いて俺を呼ぶのは反対側に座る伶実ちゃん。

 彼女こそ、どう説明しよう。あの目、あの取り乱しよう、そこには普通以上の思い入れが合ったようだ。

 対象こそわからないものの、どう説明すれば理解してくれるだろう。


「さっき……さっき『設定』って言ってたじゃないですか。あれ、どういうことなんですか?」

「あぁ…………」


 よかった。さっき言ったことを覚えていてくれた。

 よくよく見ると彼女の瞳は涙が溜まっているものの、虚空を捉えてはいない。

 まだ理性的に、まだ感情を抑えていてくれる。これなら取っ掛かりが得られるかもしれない。


「結論から言うと……俺にもわからない。 教室まで引っ張られてから、突然高芝が言い出したことで」

「……?」

「つまり、突然俺がフィアンセだって言い出して俺も混乱してるとこ…………」


 2人が現れて混乱してるのを見てついつい思考の隅に追いやっていたが、俺だって混乱しているんだ。

 多少は予想はつくものの何故彼女が突然あんなことを言い出したのか、何であんな無理のあることを押し通そうとしたのか、未だにわからない。


「じゃあ……じゃあ…………! マスターは灯さんと付き合ってない……って、ことです?」

「もちろん。 むしろ高芝の好きな人は別に居るし」

「マスターは!?」


 突然席を立って食い入るように聞いてくる様に俺も目を見開いてしまう。

 俺は……?それは、好きな人って意味か……?


「……すみません。 マスターは、灯さんのこと好きなんですか?」

「いや……。俺もそういうのはない……かな」

「そう……ですか」


 しどろもどろの回答になってしまったが、一応納得してくれたのか大人しく席に着いてくれた。


 そんな様子に安堵しつつ、チラリと高芝の好きな人……遥を見ると、彼女はいつの間にやら調子を取り戻してパフェをパクパクと口にしていた。

 俺の視線には全く気づいていない遥。


 しかし突然、伶実ちゃんは視線を逸らすなと言わんばかりに俺の袖を何度も力強く引っ張ってきた。


「マスター……もしかして、灯さんより遥さんにフィアンセって言ってほしかったんですか?」

「えっ……? いっ……いやいやいや!違う違う!なんでそういうことになるの!?」

「だって、さっきからずっと遥さんの方ばかり見てましたし……」


 なんでそうなる!?


 口をとがらせて不機嫌そうに告げる彼女に、俺は自然と遥の方へ向きそうとなった視線を無理矢理元に戻させる。

 ただ遥の機嫌が元に戻ったことによる安堵と、いい食べっぷりだということで見てただけなのに……。


「じゃあ、マスターは今、誰ともお付き合いしてないってことですよね?」

「もちろん!……って自信を持って言うのは寂しいけど、そういうことになるかな」


 そんな、恋人が居ないことを誇らしげになるのはちょっとだけ寂しい。

 いや、それが悪いことってことじゃないんだけどね。自身を持って言うことでもないかなって。


「繰り返しになりますが、灯さんの言ってたことは真っ赤なウソ……なんですよね」

「うん。 それに、伶実ちゃんが一番俺について詳しいでしょ?最近毎日会って距離が近いのって伶実ちゃんだし」

「そっ…………そうですか……ね……?」


 ここのところ、バイトの日に留まらず勉強だとか普通に食べに来たりで、彼女は毎日俺の店へと足を運んでいた。

 そんな中俺に恋人が出来たら真っ先に伶実ちゃんが気づくだろう。そうではないってことは、さっきの言葉はウソという説得力を持たせられるはず。


「そうですか……はい……。確かに私が一番……。えぇ。それなら確かに、マスターは付き合ってはいないようです」


 ほんの少しだけしどろもどろになりながらも、彼女は頬を軽く紅潮させて小さく呟く。


 彼女も納得したのか、さっきまでの落ち込みようはどこかへ消えてくれたようだ。

 少し恥ずかしそうにしながらも頬をほんのり紅く染めて茶色の髪をいじくっている。


 よかった。とりあえず最悪の状況は回避できたようだ。最悪はもちろん、俺が刺されること。

 でも、それはそれで次の問題に向き合わなければならない。高芝があの時言ったことの後始末について―――――


「レミミン! これ食べてみなよ!すっごく美味しいよ!」


 また更に思考を深く潜っていこうとすると、これまでパフェに舌鼓をうっていた遥が伶実ちゃんに呼びかける。

 …………まぁ、考えるのは後でいいか。


「これ……なんですか? フルーツがいっぱい……メニューにはなかったと思いますが」

「これは……種類使いすぎて値段設定するとかなり高くなるしね。 今日はちょっと在庫放出とかそんな感じ」


 きっと食べ物でなんとか心情を緩和しようという気があったことなんて、彼女らにとってはとっくにお見通しだろう。それでも直接言わないのはちょっとした見栄。

 彼女もそれ以上言及することはなく、一つゆっくりと口に運んで、その涙跡の残る目の端と口を綻ばせる。


「美味しい……! マスター、こんな美味しいものを……ありがとうございます!」

「でしょ~! マスター!ありがとねっ!!」


 2人の美味しそうに食べる姿を見て、俺も自然と顔が緩む。

 やっぱり、2人はさっきみたいに暗い表情なんかではなく、こうした笑顔が一番可愛く、そして魅力的に映るんだなと、俺は今一度確信するのであった――――




「あ、でも灯さんにはしっかりお話を聞かないといけませんね。 しっかり……しっかりと…………」

「アハハ……。レミミン、お手柔らかにね…………」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 取りあえず機嫌が直ってよかったですな。 [一言] (⚭-⚭ )そう、しっかりとね。
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